秋生の整った顔立ちは女の気を惹くに十分だった。憂鬱と退屈が同居しているような表情は、どこか投げ遣りではあったが、崩れた感じはしなかった(同書p60)。
女性は男性のどんな点をを見つめるのでしょうか。鈍感な私には、これがなかなかわからない。
女性に人気のある男性なら、女性の眼差しや表情、交わし合う言葉から女性の気持ちを敏感に感じ取るのでしょう。天性の感覚がある男性はいそうです。
唯川恵や、Saganの小説には女性から観た世界が描かれています。上記は、私にはわかりにくい。
不器用な私には、なかなか理解しにくい世界ですが、読んでみると自分の人間観や人間把握の一面的だったことを実感させられます。男女では人物評価の基準が異なっている。
交通事故で死んだ高瀬秋生(30代後半)になぜ女性たちが惹かれたのか
この小説は、不思議な人物高瀬秋生と、彼と性関係や交際のあった女性たちそれぞれの愛のあり方を描いています。秋生は30代後半ですが大学卒業後はフリーターだったようです。
下記はそれを示唆しています。
「秋生は頻繁に仕事を変え、そのたびに住む場所も変わった。いったいどんな仕事をしていたのか、今も佑美にはよくわからない。
聞いたこともあるが、秋生は笑って、心配することはないさ、と答えるだけだった」(同書p29より抜粋)。
秋生は交通事故で急死してしまいました。私には秋生がなぜ女性の気を惹くのかわかりません。
端正な顔立ちで憂鬱と退屈が同居しているような表情をすると、女性はしびれてしまうのでしょう。
俳優の豊川悦司ならそんな役柄を演じられそうです。
女性にとって、魅力のある男性、素敵な男性から愛されるか、愛され続けるかが全てなのでしょうか。そうであるなら、男性の魅力とは何なのでしょうか。
男は仕事が全てだ、といったら言い過ぎでしょうが、30代後半まで定職を持っていなかった男性が、女性の気を惹くとは考えにくい。
仕事とは別に、秀でた才能を持っていればそこに惹かれる女性はいるでしょうけれど。
三十代後半の女性たちが、困難をどう打開していくか
以下、この小説の登場人物の言動で私が理解しがたい点を列挙しておきます。女性たちは皆、三十代後半です。
鹿島七恵は、なぜ秋生を後々まで意識していたのでしょうか?若い頃の恋人の動向を、女性は気にするのでしょうか?私にはそうとは思えない。
佑美は秋生と六年間も同居していながら、性的関係がなかったそうです。佑美は次のように述べています。
「いつも抱き合って寝てましたけれど、セックスはないんです。六年間、一度も」(p144)。
秋生は真以子、協子、七恵と性的関係を持ちました。大学四年生のとき、演習の担当教員の妻とともに姿をくらましたこともあります。
そんな秋生が、六年間暮らした女性と性的関係がないなど考えられない。
七恵は別れた夫、秀一に未練があります。秀一との間に小さい娘がいますが、秀一はすでに若い女性と再婚し、子供もいます。
秋生が死亡したことをきっかけに、七恵の秀一への想いが蘇るという話ですが、そんなことがあるでしょうか?
登場人物の言動の現実性に多少の疑問はありますが、この小説は三十代後半の魅力的な女性たちがぶつかる人生の困難、そしてそれをのりこえて行く姿をよく描いています。
どういう生き方が最も素晴らしい、という模範解答はなかなか見つからない。数十年後に目を閉じるときまで、悩むのかもしれません。