志位さんら日本共産党の民さんは、大企業の利益は専ら大株主、富裕層に配分されてしまい、労働者、庶民とは無関係と宣伝しています。
大企業の株式を保有している庶民はいくらでもいるー大企業があげた利益により配当を受け取り、恩恵をうける
平成31年4月6日
令和6年8月3日
本ブログでは、北朝鮮による日本人と韓国人の拉致問題や政治犯収容所、核軍拡などの北朝鮮問題、中国によるチベットやウイグルでの人権抑圧問題の他に、日々の暮らしのなかで思ったこと、感じたことを書き留めていきます。
志位さんら日本共産党の民さんは、大企業の利益は専ら大株主、富裕層に配分されてしまい、労働者、庶民とは無関係と宣伝しています。
大企業の株式を保有している庶民はいくらでもいるー大企業があげた利益により配当を受け取り、恩恵をうける
平成31年4月6日
令和6年8月3日
中朝露による日本攻撃を起こさせないためには、日本は米国を戦争に巻き込むべきなのです。
日本が中朝露により攻撃されたとき、米軍が参戦してくるなら、中朝露は負けてしまう可能性が高くなります。
習近平、金正恩とプーチンは負ける戦争を決意できません。この件、私は本ブログやX(旧twitter)で繰り返し訴えてきました。
戦国時代を思い起こし、歴史にもしも、を考えてみましょう。
信濃の豪族は、武田信玄による自分たちの領土攻撃を抑止するためには、上杉か北条と強力な同盟関係を築くべきでした。
信濃の豪族が、長尾景虎をいちはやく関東管領に祭り上げ、自国領を守って下さいと依頼すれば武田信玄による信濃攻撃は困難になったでしょう。
まあこれは、長尾景虎が越後を統一する時期とも関係しますので、想像でしかないかもしれません。
武田信玄から見れば、信濃に攻めていくより、長尾景虎と組んで北条を攻撃した方が良かったかもしれませんね。
長尾景虎は北条を憎悪していましたから、北条はけしからん、共に成敗しようと信玄が持ちかけたら大歓迎したのではないでしょうか。
信頼できる国と強力な軍事同盟を建設できれば、自国防衛に貢献します。若い頃に家康は信長の事実上の家臣になって大変だったでしょうが、大成功しました。
日本共産党、左翼の皆さんにも戦国史が好きな方はいるでしょう。そういう方は、日本は中朝露と同盟関係になれば良いと見ているのでしょうね。
日本共産党、左翼の皆さんは日米安保を批判する中朝露を平和・進歩勢力と把握します。
基地のない沖縄、が実現すれば中朝露は気軽に日本を攻撃できる
日本共産党と左翼の皆さんが目指す基地のない沖縄、が実現すれば米軍はグアムに撤退します。その時中朝露は共謀して日本を攻撃するでしょう。
習近平、金正恩とプーチンは勝てる戦争なら、気軽に決意できます。
金正恩は父と祖父ができなかった核ミサイル攻撃を日本に実行し、民族の英雄になりたいと考えられます。
日本共産党と左翼の皆さんが目指す、敵基地攻撃能力を一切持たない日本、が実現すれば、どれだけ日本にミサイル攻撃を断行しても全く反撃されません。
日本は敵基地を攻撃できないのですから。
敵基地攻撃能力を一切保持しない日本、が実現すれば中朝露はミサイルの雨を日本に降らせる
中朝露はミサイルの雨を日本に降らせ、ミサイルの破壊力を試すことができます。無数のドローンで攻撃し、ドローンによる攻撃がどの程度都市を破壊するかを実験できます。
中朝露は日本をミサイルやドローンの破壊力実験場にすればよい。
そんなことをやられたら、反撃すればよいと怒る方がいるでしょうが、反撃能力がなければ中朝露を批判する集会を開催しておしまいになってしまいます。
その集会がドローンで攻撃されるかもしれません。
酷い話ですが、中朝露による蛮行の歴史を思い起こすべきです。中朝露なら日本人に何でもやりますよ。
日本人にとんでもない残虐行為をやればやるほど、習近平、金正恩、プーチンへの求心力がそれぞれの国内で高まっていくと考えます。
日本共産党と左翼の皆さんは日本は唯一の被爆国として、中朝露により核ミサイルやドローンで攻撃されても一切反撃せず、外交に徹するべきと考えているのでしょう。
敵基地攻撃能力保有に断固反対なのですから。軍事にはあくまで外交で対抗するべきとお考えなのでしょう。
田村智子委員長、いかがですか。
寒い日が続いていますが、日本共産党の田村智子委員長はたむともストリート対話と題し、新宿駅東南口近辺で通行人と対話をする試みをされました。頑張っていますね。
こちらの開始2分24秒くらいで、田村智子委員長は日本政府が大量保有を目指しているミサイルに関して、日本の国を攻撃してくるものを撃ち落とすのならわかると明言しました。
それなら、田村智子委員長ら日本共産党の皆さんはミサイル防衛網整備に大賛成するべきです。防衛省・自衛隊:統合防空ミサイル防衛について
日本の国を攻撃してくるミサイルを撃ち落とすのは、ミサイル防衛網しかありません。
田村智子委員長、街頭演説でミサイル防衛網増強支持を訴えましょう
田村智子委員長はイージス艦による上空での迎撃、パトリオット(PAC-3, Patriot Advanced Capability- 3)による次の迎撃に大賛成の筈です。
日本共産党は、選挙での公約でミサイル防衛網の増強を支持すると明言するべきです。日本の国を攻撃してくるものを撃ち落とすのならわかると党首が明言したのですから。
勿論、ミサイル防衛網は万能ではありません。
中朝露が日本に核ミサイル攻撃を断行したとき、迎撃だけでなく中朝露のミサイル基地や最高指導者の居場所を徹底攻撃できれば、中朝露は日本への核攻撃を決意しにくくなります。
田村智子委員長は、自衛隊が敵基地攻撃能力を保有することには断固反対なのでしょう。上記の発言と大きく矛盾しますが、日本共産党はミサイル防衛網整備にも大反対してきました。
日本共産党員の本音は、中朝露による核ミサイル攻撃受忍論
結局日本共産党は、中朝露による核ミサイル攻撃受忍論者です。
日本の国を攻撃してくる中朝露の核ミサイルを、被爆国の国民として日本人は受忍すべきと考えている。
これを露骨に言うと角が立つので、内緒にしていると考えます。田村智子委員長、いかがですか。
昔から共産党は歴史を修正します。歴史は宣伝物である、という発想です。
日本共産党の51年綱領とは、昭和26年10月の第五回全国協議会(五全協)で採択された文書です。
今の日本共産党は、これを綱領とは認めず、51年文書と呼んでいます。
「日本共産党の百年」によれば、51年文書はスターリンらがつくりました。
徳田球一さんらはこれを日本国内で確認するために第五回全国協議会を開き、武装闘争を持ち込む方針を確認しました。
その内容は、朝鮮戦争に向かう米軍への日本国内でのかく乱・妨害活動を主としたものでした(「日本共産党の百年」p. 105より抜粋)。
「日本共産党の百年」は「中核自衛隊」と称する組織や根拠地の建設を任務とした「山村工作隊」が昭和26年末から昭和27年前半に集中的に作られたことを認めていますが、これは日本共産党の正式方針ではないことにしています。
当時の日本共産党が、51年綱領を綱領として認めていたのなら、それから導き出される「中核自衛隊」による武装蜂起方針や「山村工作隊」活動も日本共産党の正式方針だったことになってしまいます。
白鳥事件などのテロも同様です。そうなると都合が悪いので、今の日本共産党は51年綱領は正式の綱領ではなかった事にしています。
宮本顕治さんは日本共産党第七回大会で、51年綱領の積極的意義を報告した
しかし、宮本顕治さんは昭和33年7月に開催された日本共産党第七回大会での中央委員会報告で、51年綱領の積極的意義を強調しています(「日本共産党第七回大会決定報告集」p. 91)。
宮本顕治さんによれば、51年綱領はアメリカ帝国主義の日本に対する占領支配の闘争とそれからの解放を革命の課題と強調しました。
アメリカ帝国主義との闘争を強調したことは、第六回大会後、党内外で提起されつつあったアメリカ帝国主義との闘争解題に一つの重要な定式化をあたえたものだったそうです。
51年綱領は、アメリカ帝国主義が日本を目下の同盟者として戦争に引き入れようとしている事、吉田政府はアメリカ占領当局のついたてと支柱になることに賛成しているというように、米日反動の利害の一致について正しく問題を提起しているそうです。
そうした積極面があったにもかかわらず、51年綱領には誤りと欠陥があったので、新しい綱領をつくろうと宮本顕治さんは中央委員会報告で訴えたのです。
若き不破哲三さんは、宮本顕治さんによる中央委員会報告を読んだとき、親中で拍手喝采したのではないでしょうか。
若き不破さんも、51年綱領を日本共産党の綱領と把握していたに違いありません。
日本共産党第七回大会決定報告集を若い共産党員が読み、宮本顕治さんが51年綱領の積極的意義を強調していた事を知ったら驚くでしょうね。
共産党員は最高指導者の指示を普及、実行することが、歴史の法則的発展に貢献するとみる
志位さんや「日本共産党の百年」を執筆した方々が、宮本顕治さんのこの報告を読んでいないなどありえません。
志位さんや「日本共産党の百年」を執筆した方々は、都合が悪い史実を隠蔽、修正する道を選択したのです。
勿論、都合が悪い史実をいち早く隠蔽、修正したのはその後の宮本顕治さんです。不破さん、志位さんは宮本顕治さんに追随しました。
共産党員は最高指導者の指示を普及。実行する事が社会進歩、歴史の法則的発展に貢献するとみなします。
51年綱領から導かれる武装闘争を断行した昔の日本共産党員は、最高指導者の指示を普及、実行したのです。
今は都合が悪いので、武装闘争は分派活動だったとみなされていますが、昭和33年7月の第七回大会の頃は、武装闘争も日本共産党の活動だったとみなされていました。
古今東西、共産党は歴史を修正するのです。
志位さん、32年テーゼの全文を日本共産党のHPに掲載しましょう
「日本共産党の百年」は、32年テーゼ(「日本における情勢と日本共産党の任務に関するテーゼ」)を高く評価しています。
「日本共産党の七十年」も同様で、32年テーゼはわが国の革命運動のすすむべき道を示す画期的な指針であり、侵略戦争反対と絶対主義的天皇制打倒という決定的重大任務に党と労働者階級をたちあがらせる革新的な展望を与えたそうです(同書上巻、p. 90より)。
32年テーゼは、岩田義道の依頼で河上肇教授がドイツ語から翻訳したと同書に出ています。
これを作成したオットー・クーシネンはフィンランド人でしたが、どういうわけかドイツ語に習熟しており、国際共産党の組織方針をドイツ語で作成していたそうです(アイノ・クーシネン「革命の堕天使たち 回想のスターリン時代」平凡社刊行の第二章より)。
勿論、国際共産党本部にはロシア語版、英語版もあったのでしょう。野坂参三さんは英語で読んだと考えられます。
志位さんも32年テーゼを素晴らしい文書とお考えなのでしょうから、これの全文を日本共産党中央のHPに掲載したらいかがでしょうか。
日本語訳だけでなく、ドイツ語の原文、英語訳も掲載したら共産主義運動の歴史研究者も注目するでしょう。
32年テーゼは勿論、スターリンのソ連を絶賛
32年テーゼには、以下のようなソ連礼賛の記述もあります。大嘘ですが、これを書いたオットー・クーシネンが、優れた宣伝・扇動家だったことを思わせます。
志位さんはこれも内緒にしたいのでしょうね。「日本共産党綱領問題文献集」(日本共産党中央委員会文献集、pp. 62-63)より抜粋して引用します。
資本主義のこのうえなく激烈な現在の世界恐慌を背景にして、ソビエト体制のいっさいの長所はとくに鋭く浮かび上がり、社会主義建設の成果はとくに輝かしい光の中に現れている。
プロレタリア独裁の国の工業化は、未曽有の速度をもって前進しつつある。
農業の社会主義的改造と全面的集団化と、またこれらを基礎として行われつつある階級としての富農の一掃にかんしては、非常な大成功がとげられた。社会主義経済の基礎の建設は完了した。
第二次五か年計画を実現するための諸前提はすでにできあがった。
しかもこの計画によって階級なき社会主義社会の建設は充分に確保され、人類の歴史に一つの新たな時代の端緒が開かれるのである。
現在の経済恐慌によって、大衆的失業と、言語に達する窮乏と、残酷をきわむる搾取とを忍ぶ
運命におかれている資本主義国の勤労大衆にとっては、ソビエト連邦は、恐慌からの革命的
活路のため、資本主義撤廃のための闘争の必要を示す雄弁な実例であり、確固たる証明であ
る。
1930年代は世界恐慌の時代だった
32年テーゼが出た頃の世界は、1929年から始まった世界恐慌の時代でした。32年テーゼを受
け取った国際共産党日本支部の皆さんは、日本をソ連化すれば恐慌など無くなり、労働者の
暮らしは大幅に向上すると信じていたのでしょう。
ソ連は労働者が主人となっているのですから、搾取や貧困があるはずがありません。
国際共産党日本支部の皆さんは、ソ連が恐慌からの革命的活路のため、資本主義撤廃のため
の闘争の必要を示す実例であると信奉していたのです。
昔の日本共産党はソ連信者の集団でした。
古今東西、共産主義者は自分達の宣伝のために歴史を修正します。
朝鮮労働党は、金日成と朝鮮労働党が日本と戦争をし、日本軍を撃退して朝鮮半島から追い出した事にしています。
実際には、金日成は日本の官憲の捜索から逃れるために満州からソ連領に逃げ、ハバロフスク近郊で昭和20年8月15日を迎えました。金正日はそちらで生まれました。
そもそも金日成は中国共産党員として満州で山賊行為を行っていたのですから、朝鮮の解放とやらには何の貢献もしていません。
これらは北朝鮮では勿論、朝鮮学校でも内緒になっています。朝鮮学校の教職員の皆さんも御存知ないかもしれません。
金日成が中国共産党員だったことぐらいは御存知かな。
「日本共産党の百年」は昔の日本共産党がソ連信者の集団だったこと内緒にしている
朝鮮労働党と同様に、日本共産党も歴史を修正してきました。
「日本共産党の百年」は、昔の日本共産党(国際共産党日本支部)の皆さんがソ連に心酔し、日本のソ連化のために武装蜂起を策していた事を内緒にしています。
昔の日本共産党は、ソ連信者の集団でした。
「日本共産党の百年」によれば、「32年テーゼ」は日本の情勢の具体的な分析に基づいて、専制政治の打破と民主的変革の不可避性を明らかにし、その後の党活動の最も重要な指針となったそうです(同書p. 41)。
「32年テーゼ」がそれほど素晴らしいというなら、全文を日本共産党のHPに掲載すべきです。
実際には、昔の大会決定と同様に今の日本共産党員には「32年テーゼ」全文は入手しにくくなっています。
昔の日本共産党(国際共産党日本支部)は日本のソ連化を目指し、武装蜂起を策していた
「32年テーゼ」は、共産主義者の任務として次をあげています(「日本共産党綱領問題文献集 昭和53年日本共産党中央委員会出版局発行、p. 75より)。
・革命的情勢の存在する時、天皇制の転覆の瞬間に、全国にわたり広範囲に労働者農民兵士ソビエトを樹立すること。
・ブルジョア=地主的独裁の国家機構の完全なる粉砕。
・警官、憲兵、陸海軍の士官の武装解除。
・労働者農民の武装。
・プロレタリア赤衛軍の創設。
・議会や中央および権力機関の解散。
・労働者農民による官吏の選挙制の実施。
要は、武装してプロレタリア赤衛軍とやらをつくり、議会と政府を解散させろという話です。武装集団の逮捕、投獄は当然です。
上記にあるように、昔の日本共産党(国際共産党日本支部)は、プロレタリア赤衛軍とやらにより全国にわたり労働者農民兵士ソビエトとやらを樹立し、議会と政府を解散させようとしていました。
ブルジョア=地主的独裁の国家機構の完全なる粉砕、とは物騒な表現です。
国際共産党は労働者農民兵士ソビエトとやらが全権力を握る事を狙っていましたから、大日本帝国政府の全ての組織は解体されるのです。
労働者農民兵士ソビエト、とやらを指導するのは勿論、国際共産党日本支部です。国際共産党日本支部を指導するのはソ連共産党です。
「日本共産党の百年」は32年テーゼを誰が作成したのかを内緒にしている
「日本共産党の百年」はソ連共産党の指導の下でつくられた32年テーゼが、日本のソ連化綱領だったことを内緒にしています。
「日本共産党の百年」は、1931年から32年にかけてコミンテルン(国際共産党)で片山潜、野坂参三、山本懸蔵らも参加して日本問題の検討が行われ、32年テーゼを決定したと述べています(同書p. 40)。
コミンテルンの誰が、どうやって日本問題を検討したのかについては何も記されていません。
野坂さんなら、この辺りを日本共産党中央の担当者に話していたのではないでしょうか。
オット-・クーシネンというフィンランド出身のソ連共産党幹部が中心となり、32年テーゼを作成しました。これも日本共産党は内緒にしています。
32年テーゼが日本の情勢の具体的な分析に基づいて、専制政治の打破と民主的変革の不可避性を明らかにし、その後の党活動の最も重要な指針となったのなら、日本共産党にとってオットー・クーシネンは大恩人です。
この人物は、母国のフィンランドでは大変評判が悪いようですが、国際共産党日本支部の大恩人のはずです。
「日本共産党の百年」は、1922年から32年テーゼ作成の頃までは、コミンテルンは国際組織としての健全さを持っていたと述べています(同書pp. 28-29)。
現在の日本共産党が何を根拠としてそのように評価しているのかについては、一切記述がないので不明です。オットー・クーシネンの存在も内緒です。
昔の日本共産党がソ連信者の集団だったことを内緒にするためには、志位さんは次から次へと大事な史実を内緒にせねばなりません。
今の日本共産党には、歴史家として史料に依拠して歴史を語る方はいないのでしょう。
自分の印象で歴史を語ればそれでよい、という方ばかりなのでしょうね。日本共産党では、印象の判断基準すら内緒になっています。
宮本徹前議員が、Xで不破さんの業績について紹介なさっています。
第十六回大会決定など、昔の日本共産党の大会決定は日本共産党中央のHPに掲載されていません。
古今東西、共産党は歴史を修正する
宮本顕治さんが主導していた時期の大会決定は、一般党員には入手しにくくなっています。
日本共産党は無謬だ、という調子の歴史観を普及するためには、都合の悪い史実を内緒にせねばなりません。
古今東西、共産党は歴史を修正します。不破さんは真の共産主義者でした。