個人営業は2004年から流行し始めた。当初、金持ち個人が当局の許可を得て営業を始めた。徐々に私金融が活性化し、個人営業者と投資者が分離した。(同論文p47より抜粋)。
2002年7月1日の経済管理改善措置以後の北朝鮮では、相当な勢いで経済の資本主義化が進んだと考えられます。
イム教授は、研究者が脱北者からのインタビュー調査により得た情報を再編成し、北朝鮮経済の変化を描き出しています。
北朝鮮の内閣、計画機構傘下の経済は第一経済と呼ばれます。第二経済は、朝鮮人民軍が管轄する経済です。第二経済委員会という組織があります。
第一経済は1990年代中頃以後の資材不足、原材料不足により稼働率が著しく低下し、所属する住民への配給ができなくなっていました。
しかし、この部門所属の企業所や工場が「銭主」に賄賂で移譲され、生産された製品を総合市場で販売することにより息を吹き返している例があるようです。
勿論、それぞれの企業には朝鮮労働党の組織が「指導」と称して監視をしているでしょう。
朝鮮労働党の企業担当幹部としても、銭主が経営者となって市場で製品を販売し、稼いでその一部が自分の懐に入るのなら文句はないはずです。
以下、この論文の興味深い点を抜粋して紹介します。金正恩が銭主の外貨獲得能力に依存せざるを得ない可能性を指摘しています。
「金が金を生む」私債市場、「石炭基地」という石炭採掘・運搬の下請け会社を銭主が運営
北朝鮮の住民によれば、北朝鮮は表では完全な社会主義だが、内部では市場原理が定着し『金が金を生む』私債市場が形成されていると述べている。
最近の脱北者への質問調査では、『金商売』(金貸し)で月平均50万ウォン以上の収益を得たものがおよそ50%になる。
銭主たちが投資をする代表は住宅市場である。北朝鮮では個人の住宅所有権は認められておらず、利用権のみだけである。
それでも、高価なアパートに対する投機がなされている。一部の党幹部は、10万ドル(一億ウォンあまり)を越える高級アパートをいくつか保有している。
石炭基地という、小規模の坑道を運営する小企業が増えてきた。
これは、新興富裕層と権力階層周辺の人々が軍や党など権力機構傘下の会社の看板を借りて設立し、国営の石炭鉱山の採炭と運搬を下請けで運営する会社である。
北朝鮮ではウォンも使用されているが、外貨が銀行貯蓄に代わり貨幣価値を保存する金融資産と評価されている。
外貨は、交換手段としても使われている。
北朝鮮の庶民も、市場で外貨により物資を購入できる。北朝鮮では人民元が普遍的な通貨になってきている。
銭主と呼ばれる新興富裕層と、彼らを庇護する富裕な権力層が形成されてきている。彼らは、忠誠度と出身成分を基礎とする北朝鮮社会に微妙な影響を与えつつある。
銭主は政治的に上層部にいる階層より身分安定という点では劣っている。
銭主は各種の不法活動または非社会主義活動に従事してきたので、必然的に権力層に依存せねばならない。
金正恩は外部からの外貨獲得が制裁で困難になってきているので、内部の私金融市場に外貨調達機能を高めさせる可能性がある。
金正恩は中国共産党流の政治、経済運営を考えているのか
金正恩は銭主の商業活動をかなり認めたと言えるでしょう。
旧ソ連で、新経済政策によりネップマンと呼ばれる富裕な商人層が現れました。
スターリンとソ連共産党はネップマンを危険視し、新経済政策を中止し計画経済に移行しました。
金正恩が豊かになった銭主を危険視する可能性はあります。彼らの一部を強権手段で弾圧しても、他の銭主がその市場を取るだけです。
金正恩は中国共産党のように、治安維持機構と朝鮮労働党による住民監視、支配機構を残して経済を資本主義化させ体制の維持、安定を図っているのかもしれません。
しかしこれは、恐らく故張成澤が考えていた道です。張成澤は金正恩をそのままにしておいては、中国共産党のようにはできないと考えた。
党の唯一思想体系確立の十大原則による住民支配をいつまでも続けていたら、多くの住民の思考力が麻痺させられてしまいます。
しかしこれを放棄したら、金正恩を首領様と祭り上げる人はいなくなってしまう。
金正恩がソウルを訪問したら、豊かで自由な韓国の実情を多くの住民が実感として把握してしまう。
金正恩と金与正の悩みは尽きないことでしょう。