「軍国主義と征服はマルクス主義理論にとってまったく無縁のものである。そして、社会主義社会というものは、帝国主義諸国の大資本家のように、他の国や国民を隷属させる政策によって利益を売る階級や集団をふくんでいない」(同書p225-226より抜粋)。
バラン(Baran)とスウィージー(Sweezy)は、米国の代表的なマルクス主義経済学者でした。
昭和40年代から50年代にマルクス主義経済学を学んだ方なら、彼らの著書「独占資本」を思い出す方は少なくないはずです。
「団塊の世代」くらいで左翼運動に参加した方々にはベトナム戦争のイメージから、今でも米国を極悪国家、戦争国家と認識している方がいます。
上記は、レーニンの「帝国主義論」以来、マルクス主義経済学者が共有するテーゼともいうべきものです。
マルクス主義の影響を受けて、種々の社会運動に参加している「市民派」や左派ジャーナリストは、このテーゼに依拠し、社会運動と言論活動を行っています。
最近では、レーニン「帝国主義論」を真剣に読んでいる左翼人士は少なくなりました。
現実と大きくかい離したイメージに依拠して米国と日本や韓国、欧州諸国が戦争を起こす側であり、ロシア、中国と北朝鮮や途上国は基本的に平和国家だと信じているジャーナリストや運動家は少なくない。
人は、世界を言葉で把握し、世界の中での自分の位置と役割を見出し、自分も言葉を発してそれを確認します。
日米は戦争国家だ!平和憲法を守れ!という左翼の宣伝文句に慣れ、自分でも連呼するうちに脳裏に焼き付いてしまうと拭い去るのは難しいのでしょう。
このテーゼは、ソ連や中国、北朝鮮の歴史を少しでも調べて考えれば暴論、愚論でしかない。バランとスウィージーがなぜこんなテーゼを信じたのか不可解です。
この本が米国で出版された昭和41年頃では、旧ソ連や中国の数々の侵略行為や、大量餓死の史実が米国、日本ではあまり知られていなかった。
この本を今日評価するなら、それも考慮せねばならないでしょう。
バラン、スウィージーの戦争論はカウツキーの「超帝国主義論」に近い
1929年の世界恐慌の時期、計画経済で運営されているソ連は着実に経済成長を達成したと信じている学者は少なくなかった
バランとスウィージーは、レーニン「帝国主義論」のように「金融資本」という概念を使っていません。
戦争についての二人の立場は、レーニンが徹底批判したカウツキーのそれに近いと考えられます。
レーニンによれば、カウツキーは帝国主義の政策をその経済から切り離し、併合を金融資本の「好んで用いる」政策であると説明しました。
バラン、スウィージーによれば、米国が第二次大戦以後急速に軍事力を拡大させたのは、競争相手としての社会主義体制の台頭が資本主義的指導国家としての米国の軍事的必要を高めたからです(同書p223-224)。
回りくどい言い方ですが、要はソ連や中国の軍事力に対抗し、彼らを封じ込めるため、米国は軍事力を拡大させたという話です。
資本主義体制の生き残りのための軍拡という視点ですから、ソ連や中国と何らかの妥協ができれば軍拡は不要ということになります。
これはカウツキーの主張した「超帝国主義」の理論に近い。
「経済的余剰の増大」について
私見ではこの本の経済理論面での最大の理論的特徴は「経済的余剰の増大」と、「独占資本主義は停滞する」という主張です。
経済的余剰の簡単な定義は、ある社会が生産するものと、それを生産するに要する生産費との差額です(同書p13)。社会全体での利潤といえるでしょう。
以下、彼らの主張を簡単な経済理論で考えてみます。
「余剰の増大」を後期ケインズ派理論のモデルで解釈すると、投資増ないしは貯蓄率低下
バランとスウィージーによれば独占資本主義の下では大会社の価格・生産費政策の性格のために余剰は絶対的にも、総産出高に対する比率としても増加していきます。
余剰は消費、投資と浪費により吸収されます(p101)。この記述を、後期ケインズ派の理論で解釈すると次のようになります。
貿易を無視するとこの関係は、労働者が賃金所得(実質賃金w×雇用量N)を全額消費し、資本家は利潤の一部を消費(浪費)すると想定することにより得られます。
簡単化のため、費用を賃金支払いのみとします。利潤Πは総産出高Y―賃金支払いと定義できます。
利潤からの消費割合×利潤が資本家の消費(浪費)です。総産出高Yは均衡において、資本家の消費需要(浪費)cΠ+労働者の消費需要wN+投資需要Iです。数式では次になります。
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Y=cΠ+wN+I Π=Y-wN
内生変数は総産出高Yと利潤Πです。実質賃金w、雇用量N、投資I、消費性向cは外生変数です。
少し計算すると、(1-c)Π=I、Π=I/(1-c)という式が得られます。1-cは貯蓄率sです。
両辺を社会全体の資本存在量Kで除すると、貯蓄率×利潤/資本存在量=資本蓄積率(I/K)、sr=gという後期ケインズ派(Post Keynesian)がマクロ経済を説明するためによく用いる式が得られます。
Sweezyは、このような式を想定していたのかもしれません。産出高は次になります。
Y=I/(1-c)+wN
この簡単な経済モデルで考えると、余剰(社会全体の利潤率)の増加は投資(資本蓄積率)の増加ないしは貯蓄性向の低下によると解釈できます。
資本主義経済の特徴は、投資水準の動向により産出高とそれに比例した雇用量の変動が生じる、ということを強調するモデルになっています。
雇用量Nについては、例えば生産量の一定倍になると定式化すれば内生変数にできます。
モデルの問題点と「独占資本主義は停滞する」
バランとスウィージーは第二章で、独占資本主義では生産費が下降傾向にあり、それが利潤を高めていると主張しています。このモデルではそれが反映されていません。
実質賃金が外生変数になっている点がこのモデルの大きな問題点です。このモデルでは、企業経営者、資本家や労働者の行動様式が把握されていない。
長期の経済状態をこのモデルで語るのも無理があります。このモデルでは生産性、技術の変化と産出高の関係が把握されていません。
バランとスウィージーの主張「独占資本主義は停滞する」は、余剰の増加という主張と矛盾するように思えてなりません。
余剰が増大する、即ち投資が継続してなされるなら独占資本主義での持続的な経済成長が達成されるでしょう。
この点については、改めてじっくり検討したいと考えています。
北朝鮮の核ミサイル攻撃により日本は「不況」になる―生産関数の下方移動
ともあれ、ロシア、中国と北朝鮮は日本を侵略する意思と能力を備えた戦争国家です。
特に北朝鮮は最近、「朝鮮中央通信」で繰り返し日本に対する核ミサイル攻撃を示唆しています。
実際に北朝鮮により核ミサイル攻撃が日本に対してなされたら、甚大な被害がでてしまいます。
経済学の言葉でこれを語れば、生産関数の大幅な下方移動、あるいは完全雇用線が大きく左に移動することになります。
「日本独占資本主義の停滞」どころではありえません。
とんでもない「不況」になってしまうことが明らかなのに、経済学者がなぜ北朝鮮の核ミサイル攻撃にどう日本が対応、反撃するべきかを議論しないのは不可解です。
北朝鮮は途上国ですから、高成長を達成した日本に侵攻してくることなどありえないと考えているのでしょうか。
むしろ、途上国だから豊かだが無防備な日本の資源収奪のために侵攻してくると考えるべきではないでしょうか?
H. Grossmanのように戦争をモデル化すればそういう結論が出るはずです。
残念ですが、冒頭に指摘したマルクス主義のテーゼを信じている学者、知識人が相当数いるようです。