「もし農民が自分の地所に尻をおろして、よぶんの穀物、すなわち彼自身にも彼の家畜にも必要でない穀物をわがものとしているのに、ほかの人々はみな穀物をもっていないとすれば、その農民はすでに搾取者に変わっているのである。
彼の手もとにのこる穀物が多ければ多いほど、彼にはますます有利であり、ほかのものは飢えようとかわまない、ということになる。」(「レーニン全集」第31巻, p290より抜粋)。
上記のごとくレーニンは農民の商業活動を搾取とみなし、徹底的に禁止せねばならないと青年同盟に説きました。
農民は自分と家畜が食べる分量の穀物以外は、全て国家に供出せねばならない、という話です。
穀物を隠して手元に残し、「担ぎ屋」のような商人に売る農民は、レーニンによれば「搾取者」です。
「青年同盟の任務」でレーニンは、共産主義社会を建設するための若者の心構えを説いています。
私は30数年前にこの論文を読みました。
当時の私は、レーニンの「農民が穀物を売ると搾取者になる」論の異様さに気づかなかった。
何となく読み飛ばしてしまっていたのです。レーニンの言説に間違いなんてあろうはずがない、と思い込んでいたようです。
ペテログラードの社会秩序崩壊とレーニンの穀物徴発指令
「青年同盟の任務」をレーニンが書いた時期、モスクワやペテログラードでは物資の生産と流通網が大打撃を受け、庶民は飢餓状態になっていました。
ロシア革命期のペテログラードについては、長谷川毅「ロシア革命下 ペトログラードの市民生活」(中公新書)がとても参考になります。
この本は、ロシア革命の中でペテログラードの市民がどんな生活をしていたかを、当時のペテログラードで発行されていた新聞の社会面に注目して描き出しています。
この本によれば二月革命以降ペテログラードの社会秩序は急激に崩壊し、食糧問題、住宅問題、衛生問題が生じ、犯罪が急激に増加しました。
衛生環境悪化により発疹チフスが蔓延しました。
ロシア革命の過程で、公共の秩序と市民の安全を保証する公的な暴力機関が崩壊してしまったのです。
「現在ペトログラードには約4万人の犯罪者が活躍していると想定されるが、この犯罪分子に対処する刑事の数はたったの80人である」(同書p306より。1918年3月10日)。
大東亜戦争後の日本でも、都会の闇市を暴力団関係者が仕切っていた時期がありました。ロシア革命の頃のペトログラードはもっと酷い状況だったのです。
社会秩序の崩壊に直面したレーニンとボリシェヴィキは何としても、都市住民に食糧を供給せねばならなかった。
そのためには農民から穀物を強制徴発するしかない、とレーニンは判断しました。
確かに、それができなければ、ソヴェト権力は崩壊してしまったでしょう。
来年の播種のための穀物すら国家に取り上げられてしまうなら、農民は再来年生きられない
しかし農民が自分で汗水流して収穫した農産物の殆どを国家に供出せねばならないという指令が国家から出たら、まず農民は穀物をどこかに隠そうとするでしょう。
そもそも自分と家畜の食用分しか穀物を手元に残せないのなら、来年の播種のための穀物も取り上げられてしまうことになります。
レーニンの指令は、農民の相当な反発を引き起こしたことは疑いの余地もない。
都市で食糧が不足しているのなら、都市に穀物を運べばひと儲けできます。こういう時期には、「担ぎ屋」のような商人が沢山出てきます。
「担ぎ屋」により都市への物資の流通網が回復し、都市住民の生活が維持されます。日本でも、戦後の一時期に闇市が繁盛していた時期がありました。
この程度のことは、難しい経済理論を知らなくても社会の動きに関する現実的な感覚を持っている人ならすぐにわかりそうなものです。
スターリンによる「階級としてのクラーク(富農)撲滅」はレーニン「青年同盟の任務」の路線
レーニンは「青年同盟の任務」執筆の約1年後、新経済政策(ネップ、New Economic Policy)を提起し、農民の「穀物投機」を認めます。
「戦時共産主義」による経済崩壊から脱却するためには、「搾取の自由」を部分的に認めるしかないのです。
新経済政策により経済は回復しますが、商業活動により富裕になった商人層が出現します。彼らはネップマンと呼ばれました。
農民の中にも、富裕になった層も形成されます。彼らはクラーク(富農)と呼ばれました。
レーニンの死後、指導者となったスターリンがネップマンやクラーク(富農)を社会主義の敵と考えたのは当然です。
「青年同盟の任務」から学んだボリシェヴィキの若者たちも、ネップマンやクラーク(富農)を徹底抑圧せねばならないと考えたに違いありません。
スターリンが断行した「富農」の徹底弾圧は、レーニンの教えに依拠していたからこそ、当時のボリシェヴィキに支持されたのです。
レーニンは「青年同盟の任務」で次のように述べていました。
「資本家とブルジョアジーの権力をふたたび復活させないためには、小商売根性を許してはならず、個々人がほかの人々の犠牲で金もうけをすることのないようにしなければならず、勤労者はプロレタリアートと結束して、共産主義社会を建設せねばならない。
共産主義的青年の同盟と組織との基本的な任務の主要な特質は、この点にある」
レーニンは「小商売根性を許すな」「他人の犠牲で金儲けをさせるな」旨繰り返し主張し、それが共産主義青年同盟の基本的な任務だとまで断言したのです。
当時のソ連共産党員らはレーニンのこの言葉をよく覚えていたことでしょう。
クラーク(富農)を徹底的に抑圧、弾圧したスターリンはレーニンのよき弟子でした。
ソ連共産党員が、スターリンをレーニンの後継者と認識したのは、「青年同盟の任務」をスターリンが忠実に実践したことも大きな要因です。
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