2016年2月29日月曜日

井筒俊彦「イスラーム生誕」(中公文庫、第一部ムハンマド伝)を読みました。

「ムハンマドは無道時代の人間の立っていた存在の根基そのものに恐るべき一撃をくらわせた。アラビア騎士道の聖なるスンナを彼は狂愚迷妄と断言し、一挙に抹殺しようとした。この意味において、ムハンマドの宗教運動は大胆無謀極まりない宗教革命であった」(同書p28より)。


イスラームとは一体どんな宗教なのでしょうか。専門的に深く勉強することは無理ですが、少しばかりは知っておきたいものです。

この本は、普通の歴史書と異なり、テキストを解釈して歴史を語るという手法をとっています。この手法は、人々の精神、心の動きを歴史の原動力として把握する。

人々の精神、心の動きは、人々が交わしていた言葉により表されていると言えるでしょう。過去の人々が交わしていたであろう言葉は、例えば当時の詩歌により推測できる。

以下、わかったことを記しておきます。

意味論的社会学からイスラームを語る


この本は、「意味論的社会学」「文化の意味論的解釈学」の立場からイスラームを語っています(同書p9)。

イスラーム生誕以前の時代を「無道時代」(ジャーヒリーヤ)というそうです。

コーランの宗教的世界像を意味論的社会学の見地から分析するためには、それの発生してきた歴史的地盤としてのジャーヒリーヤとの関連で観察せねばならないと本書は述べています。

ムハンマドの興した宗教運動は、古アラビアの騎士道モラルへの果敢な挑戦でした(p25)。無道時代のベドゥインたちの生活は、伝承された無道時代のアラビア古詩に出ています。

ベドゥインは自分たちの過去、自分たちの祖先が幾百年となく行ってきた人生の途を「慣行」(スンナ、sunnah)と呼び規範としていました。

これは、正邪善悪の区別なく、いついかなる場合でも部族と行動を共にし、部族によって生存の方向を決定することです。

社会倫理も個人倫理も、一切の人間的価値はその人の所属する部族の慣行によって決まります(同書p29)。部族は血の共同性を基礎として成立します。

血のつながりほど、砂漠的人間にとって神聖なものはない。ムハンマドは血のつながり、血統の優位性を否定しました。

人間の高貴さは、生まれや血統から来るものではなく、ひとえに敬神の念の深さから来るというのです。ベドゥインの人生観では、ペシミズムと享楽主義が表裏一体でした。

本書はそれを古アラビアの詩歌で論証しています。

宗教家ムハンマドは天成の政治家でもあった(同書p95)


ムハンマドの説く教えは瞬間的享楽主義の正反対でした。しかし、ムハンマドの教えはメッカではムハンマドの出身部族の有力者から反発を受け、ムハンマドはメディナ市に移住します。

本書によれば、同じ血を分けた部族民に背いて、異部族に味方を求めるのは古アラビア社会では絶対に考えられないことでした。

ムハンマドは凱旋将軍のごとく歓呼に迎えられてメディナに入ったそうです。これイスラーム史家は「遷行」(ヒジュラ)と言います。

メディナに移ってから、ムハンマドの発表する啓示の性質が大きく転換しました。メッカではコーランは「警告」でしたが、メディナでは肯定的な「導き」になりました(同書p101)。

祭政一致の大国家を建設するためには、それを阻むものを絶滅せねばならない。これが「聖戦」です。コーランに次の記述があるそうです。

「汝らに歯向かう者あらば、神の途において彼らを撃滅せよ。何処にてもそのような者どもを見つけ次第、これに戦いを挑み、また彼らが汝らを追い出したる処より逆に彼らを駆逐せよ。反乱が根絶し尽くされるまで、また全ての宗教がただ一つアッラーの宗教となるその時まで、あくまで敵と戦い続けよ」(第二章186-189節)。

この教えを、ムハンマドが直面していた時代状況から切り離して現代に直接適用してしまったら、とんでもないことになってしまいそうです。

勿論、圧倒的多数のイスラム教徒はそんなことは考えていないでしょう。

ムハンマドはユダヤ教やキリスト教を批判していますが、ユダヤ教やキリスト教徒の絶滅など主張していない。「聖典の民」という記述があるのですから。

2016年1月13日水曜日

上田耕一郎の「核抑止論」について思う―「マルクス主義と平和運動」(1965年大月書店刊行)より

「社会主義の核保有は、絶対に他国への攻撃や侵略のための、まして核脅迫のための政治の手段ではなく、ただ社会主義を防衛し、帝国主義の核戦争放火計画を阻止するための、労働者階級の立場に立った人民的政治手段である。」(同書p9。「アカハタ」1963年7月9日、10日掲載論考「核戦争防止と修正主義理論」より)。


故上田耕一郎は、不破哲三の実兄です。この世代の日本共産党員としては屈指の理論家として知られた方です。「マルクス主義と現代イデオロギー」という本は、不破哲三との共著です。

マルクス主義、科学的社会主義の立場から現代世界を「分析」すると、旧ソ連や中国、旧東欧、北朝鮮、キューバ、ベトナムは社会主義国です。

社会主義国では搾取制度が廃止され、労働者と人民本位の政治が行われていますから、核兵器は平和のための手段そのものということでしょう。

上田耕一郎は昭和2年生まれのようですから、この論文を36歳の時に執筆したことになります。

マルクス主義の術語をちりばめてソ連の核保有を擁護したこの論文から、革命運動への情熱と秀でた宣伝・扇動能力を感じます。

最も、こんなことを被爆者の前で正々堂々と言ったら相当な反感を持たれただろうことも想像に難くない。原水爆禁止運動の分裂の一要因は、ソ連の核をどう見るかでした。

上田耕一郎はソ連の核を「平和の防壁」と宣伝した―かつての日本共産党は核抑止論者だった


36歳の秀才は社会主義国の核保有について、さらにこの論文で熱弁をふるっています。次です。

「そして万が一、帝国主義が社会主義諸国に対する侵略的核攻撃をおこなった場合、社会主義は、その人民的政治の継続として、あらゆる手段によって帝国主義を壊滅させるためにたたかうだろう。

それがどんなに犠牲が多く、苦難にみちたものであっても、このきびしい決意なしに現在の平和を守りとおすことはできない」。

要は、米英仏からソ連が核攻撃を受けた場合、ソ連は必ずお返しの核攻撃をする。その決意を世界に誇示することにより、ソ連の平和と安全が保たれているというお話です。

これは現在の日本共産党が徹底批判している「核抑止論」そのものです。

やや奇妙ですが、私は上田耕一郎の「核抑止論」を「理解」できます。現在テロ国家北朝鮮が着実に核兵器開発、量産を進めています。

北朝鮮の核兵器の標的は日本と韓国です。場合によっては、北京に北朝鮮の核ミサイルが飛んでくることもあり得る。中国共産党はそれを熟知しています。

北朝鮮に日本攻撃を思いとどまらせるためには、上田論文が指摘するようにあらゆる手段によって北朝鮮を壊滅させるためにたたかうべきなのです。

それがどんなに犠牲が多く、苦難にみちたものであっても、このきびしい決意なしに現在の平和を守りとおすことはできない。

昔の日本共産党員はソ連の核攻撃で「帝国主義」の領内に住む人々が犠牲になることを想定していたのか


上田耕一郎は「帝国主義」の領内に住む人々、米国人、日本人、英国人、フランス人なら、ソ連の核攻撃により犠牲となることもやむを得ないと考えていたのでしょうか?

上田耕一郎は故人ですから、同世代の日本共産党の理論家聴濤弘に当時の青年党員の気持ちをお尋ねしたいものです。

かつての日本共産党員は、「米国とソ連を対話のテーブルにつかせる」などといった、「自分たちは中立だ」式の甘い国際政治認識を持っていませんでした。

かつての日本共産党員は徹底してソ連を擁護する「理論」を宣伝、普及していたのです。科学的社会主義の立場から見ればこれは当然でしょう。

ソ連では搾取制度が廃止されていたはずですから。戦争が帝国主義の政治的支配の継続として生じるなら、労働者の国である社会主義が侵略戦争などするはずがない。

上田耕一郎はソ連の核保有を「平和の防壁」と規定しました(同書p8)。

今日の日本共産党員には北朝鮮による核攻撃、生物・化学兵器攻撃の犠牲になる決意があるのか


今日の日本共産党員が、日本の平和と安全を真に願っているのなら、若き上田耕一郎のリアルな国際政治認識、核抑止論から学ぶべきです。

六か国協議で日本が金正恩、北朝鮮に憲法九条の価値を訴えれば、金正恩は感動して核兵器を放棄するでしょうか?

憲法九条完全実施、すなわち自衛隊を解散すれば金正恩も心を打たれて核兵器を放棄しますか?

六か国協議は9年近く開催されていません。北朝鮮が出席を拒否しているからです。北朝鮮からすれば、六か国協議に出ても何の益もない。

今日の日本共産党は、北朝鮮は社会主義と無縁だと宣伝しています。

それならば、北朝鮮が金日成、金正日、金正恩を批判する日本人がいることを口実に核攻撃や生物・化学兵器攻撃を日本に仕掛けうることを認めるべきです。

「首領冒涜罪」「朝鮮民族敵対罪」を犯している日本人がいるのですから。北朝鮮は、大真面目に北朝鮮の刑法が全世界で適用されると規定しています。

志位和夫ら今日の日本共産党員に、北朝鮮による核攻撃や生物・化学兵器攻撃の犠牲になる決意ができているとは思えません。どうでしょうか?

志位和夫は在日本朝鮮人総連合会に北朝鮮の核実験糾弾の意思を伝えるべきだ


志位和夫が、北朝鮮の核実験を糾弾するならそれを在日本朝鮮人総連合会の皆さんに直接伝えるべきです。

「金日成民族」の方々の中には、「主体革命偉業」「全社会の金日成・金正日主義化」のために核兵器や生物・化学兵器開発のための物資と資金を北朝鮮に届けてきた方がいるはずです。

「愛国的商工人」の中に、暴力団と密接なかかわりを持つ方もいることを指摘しておきます。

若き上田耕一郎は、前掲論文で帝国主義の核脅迫を絶対に恐れてはならないと力説しました。次の文章の「帝国主義」を「北朝鮮」に差し替えたら、面白い指摘です。

「帝国主義にとって核戦争準備政策の有利さがわずかでも残っているあいだは、かれらの軍備と軍事機構の背骨となり、世界支配をめざす核脅迫政策の主要な武器となっている核兵器を自発的に廃棄することはありえない」(同書p20より)。

吉良よし子ら若い共産党員が、一昔前の日本共産党の「理論」、例えば上田兄弟の著作や聴濤弘の著作を真剣に読むことを願ってやみません。

(文中敬称略)。

2016年1月1日金曜日

蓮池透著「拉致被害者たちを見殺しにした安倍晋三と冷血な人々」(講談社刊行)より―ファナティック(fanatic, 狂信的)な言論とは何か

「いかに北朝鮮が報告しやすい環境を作るか・・・これが日本政府にとって大きな課題なのである」(同書p65)


「大きな構想力を持って日朝双方にメリットがあるような絵を描き、最終的には日朝の国交正常化を目指して北朝鮮側と真剣に交渉すること。」(同書p278、青木理氏の発言より抜粋)。



蓮池透さんは、北朝鮮に拉致された蓮池薫さんのお兄さんです。薫さんが昭和53年7月31日に突然消え去って以来、透さんは必死に弟さんの行方を捜してこられました。

当時は北朝鮮に拉致されたなどわかるはずもない。御両親は「家出人捜索番組」で「薫、このテレビを観ていたら連絡ください」と訴えられたそうです(同書p35)。

ようやくかかってきた電話は「東京の山谷で見た」「名古屋のパチンコ屋で見た」というものでした。それでも御両親は山谷の木賃宿を、薫さんの写真をもってまわりました。

透さんは名古屋のパチンコ屋を、薫さんの写真をもって「この人を知りませんか」と巡られたそうです。御家族の心痛、心労はどれほどのものだったでしょう。

蓮池薫さんは北朝鮮工作員に眉間のあたりを突然殴られた


薫さんが帰国されてからわかったことですが、薫さんはのちに奥さんとなった祐木子さんと二人で海岸に座っていました。

背後に嫌な気配を感じたところ、屈強な男が「おい、煙草の火を貸してくれないか」と日本語で話しかけてきました。

薫さんが「いいですよ」とライターを差し出したところ、突然ガツンと眉間のあたりを殴られました。

一時的に視力を失った薫さんは、体中をロープで縛られ、大きな袋に詰められたそうです(同書p37-38)。祐木子さんも袋に詰められ、二つの袋は人目につかないところに隠されていたそうです。

あたりが真っ暗になり、薫さんたちは接岸してきたゴムボートに乗せられ、沖の母船まで連れていかれ、北朝鮮に連行されました(同書p38)。

本書は、北朝鮮の国策として行われてきた日本人拉致の手法を具体的に暴いています。

テロ国家北朝鮮に通常の「話し合い」「交渉」は成立しない


これほどの残酷行為を断行する北朝鮮に対して、上述のような普通の国家との外交手法で「交渉」「話し合い」が成立するでしょうか?

普通の「交渉」「話し合い」が北朝鮮当局と成立するなら、拉致された日本人の皆さんがじっくり拉致した連中と話し合えば帰国できたはずです。ありえない。

拉致した日本人の皆さんが北朝鮮当局とじっくり話し合えば帰国できたはずだ、などという主張は私には「ファナティック」と思えます。

こんなことを言う人はいないでしょうが、北朝鮮と「交渉」「話し合い」だけを主張する方ならそういってもおかしくない。

日本の右派勢力により北朝鮮が日本人拉致について報告しにくい環境が醸成されているから、報告ができなくなっているのではありません。

そんな繊細な神経の持ち主が突然他人の眉間を殴るはずがない。

私はある元北朝鮮工作員(在日の方)から、「つがいで連れてくると精神が安定して良い、と向こうの奴は言っていた」という話を伺いました。つがいとはペアという意味です。

「日朝双方にとってメリットがあるような絵」とは具体的に何か不明ですが、北朝鮮当局に何らかの形で金品を渡すなら核ミサイルや生物・化学兵器開発資金となるだけです。

食糧支援、電力などのインフラ整備でも同様です。日本の資金と技術で発電所を作れば、政治犯収容所の周囲に張り巡らされている鉄条網の高圧電流にされてしまいます。

「北朝鮮と真剣に交渉」とやらをしているだけなら、拉致した日本人は全員死んだからそれを認めろ、日本人妻を数名一時帰国させてやるからそれで大金をよこせと言われるだけです。

「拉致問題の解決」とは、拉致した日本人全員を直ちに返すこと、拉致指令を出した金日成、金正日の残虐行為と奢侈生活を公開し、金正恩が日本人と日本国民に謝罪と償いをすることです。

このために、日本政府は対北朝鮮ラジオ放送や海外衛星放送で金日成、金正日の残虐行為と奢侈生活、特に金正日の派手な女性関係を暴露するべきです。

これをやれば金正恩は全力で日本を脅迫してくるでしょう。そのとき日本政府は、「放送をやめてほしければ横田めぐみさん、有本恵子さん、増元るみ子さんらを返せ」と放送で言えばよい。

「最高尊厳」とやらを徹底批判すれば北朝鮮当局は激高し「真剣な交渉」「対話」ができるのです。

金正日と高英姫の愛情物語を海外衛星放送でドラマ化して放映するべきだ


金正恩が拉致した日本人を返さなければ、金正日と高英姫、金正日と他の女性たちとの愛情物語をドラマにして海外衛星放送で放映するのも良いでしょう。

金正日の正妻になることを、故高英姫は切願していたに相違ない。しかし元在日朝鮮人という出自の壁は、金正日でも超えられなかった。金正日は金日成に高英姫の存在を言えなかったのです。

最愛の女性を、父に紹介すらできなかった金正日はどんな気持ちだったでしょうか。

金正日は30代から40代にかけて、側近の張成澤らと毎晩のように、「喜び組」を侍らせて豪華な酒宴を催していました。酒宴でも金正日は気を抜けなかった。

金正日は側近たちの動向を酒宴で探っていたのです。

独裁者の孤独さを、西側社会の自由な雰囲気を体得している元在日朝鮮人高英姫は推し量れたのではないでしょうか。

ドラマの主題歌を韓国の実力歌手WAXにお願いしたらどうでしょうか。

番組には、金正恩と妹金予正の役も出てくることになるでしょう。中国で脱北者を逮捕するために動いている国家安全保衛部の皆さんが視聴者となって下さるかもしれません。

ふざけるな、と蓮池透さんは言うかもしれません。

しかし北朝鮮当局のいう「最高尊厳」とやらを北朝鮮の一般国民が気軽に批判できるようになったら、拉致した日本人を監視している連中を買収するのは難しくない。

「首領冒涜罪、皆でやれば怖くない」という状況を北朝鮮国内で形成するような思想攻撃を北朝鮮にするべきなのです。首領冒涜罪の蔓延により国家安全保衛部の機能を麻痺させねばならない。

日本政府の対北朝鮮政策を「圧力と思想攻撃」に転換するべきなのです。

2015年12月31日木曜日

島田裕巳・中田孝「世界はこのままイスラーム化するのか」幻冬新書より「全ての貸与は喜捨である」(同書p181より抜粋)

中田孝「ムハンマドがこういう言葉を残しています。全ての貸与は喜捨である。二回お金を貸すことは、喜捨を一回することに等しい」(同書p181より)


「貯めるというのは、イスラーム的ではないんです」(p190)。


昨年のパリでのテロに衝撃を受けた人は少なくないでしょう。テロがなぜ生じたのか、どうやって防ぐのかについては様々な議論がなされています。

テロを実行した人たちが、イスラム教徒だったからといってイスラム教徒全体を特別視するべきではない。

しかし、欧州に定住しているイスラム教徒の中に、欧州社会に対する不満や鬱憤が蓄積しているのは確かでしょう。どこの国でも移民が良い仕事に就くのは難しい。

また欧州人にも、イスラム教徒を毛嫌いする人が増えていることも想像に難くない。

現在フランスには、イスラム教徒が500万人いるそうです。中東の混乱が続けば欧州に流入するイスラム教徒は増えるでしょう。

定住した欧州諸国でも、イスラム教徒の比率は増えていくでしょう。

ローマ帝国崩壊の一要因はゲルマン民族大移動―フン族(匈奴)の侵入が背景


イスラム教徒の世界観は基督教のそれと大きく異なる。

世界観により、経済の慣習、すなわち勤労態度や消費と貯蓄決定、投資と資金調達決定は大きく影響されます。

欧州人と大きく異なる世界観、経済慣習を持つ人々が人口の多数派となっていったとき、欧州社会と経済は大きく変容します。

仮に30年、40年後のフランスやドイツでイスラム教徒が人口の過半数近くになれば、フランスやドイツ、欧州社会は大きく変容しうる。

移民が定住した社会に同化しなければ、定住した社会が変容していくことになる。ローマ帝国崩壊の一要因は、ゲルマン民族大移動でした。

ゲルマン民族大移動は、フン族(おそらく匈奴)の侵入によるという説もあります。勿論、イスラム教徒の大量流入によりEUが崩壊するとまでは言えませんが。

私たちはイスラム教徒の世界観、経済観について多少は知っておくべきでしょう。前掲書には中田孝氏による興味深い説明が、上記のほかにも多々あります。以下、抜粋して引用します。

イスラームは近代西欧が生み出した「領域国民国家」と両立しないのか


「もともとイスラームには、国家の概念も国境の概念もありません。そこに、西欧のような国家がつくられてしまったら、その国々に支配層が生まれます。神以外の支配層が生まれる時点で、もうイスラームではないんです」(p139)。

「(イスラームと)近代西欧が生み出した『領域国民国家』とは両立しません」(p140)。

「イスラームは『服従すること』『帰依すること」を意味する言葉です。要するにイスラームとは、唯一神アッラーだけに従うものであって、アッラー以外のどんな人間も組織も他者を支配する権利はありません」(p138)。

「カリフ制を復活させるということは、国民国家システムで押し付けられた国境をなくして、イスラームが本来持っていたグローバリゼーションを回復することです」(p149)。

「カリフ制というのは、イスラーム教徒にとって義務なのですから、イスラームを真剣に考えれば、カリフ制を目指すのは当然のことなのです」(p149)。

「イスラームは、個人と神との関係からなる宗教なので、神から命じられているかどうかだけがあらゆる行動の基準となります」(p53)。





2015年12月20日日曜日

草下シンヤ「闇稼業人」(双葉文庫)にみる金正日と側近、対南工作機関と暴力団関係者

朴によれば、総書記は酒が飲めない人間は信用ならない、酒は体質ではなく気合いで飲むものだという考えらしい。宴会は体育会系のサークルのような雰囲気で進んでいった(同書p257より)。


裏の世界に通じている方は、テロを国策としている北朝鮮についてよく「理解」できるようです。私見では、暴力団関係者と朝鮮労働党の思考・行動方式はよく似ています。

故金正日の私生活については、「金正日の料理人」だった藤本健二による一連の著作や、金正日の甥李韓永の手記により細部までわかってきています。

30代から40代のころ金正日は毎晩のように側近を集めて酒宴をしていました。

北朝鮮の外交官だった高英ファンによる「平壌25時」は早くから金正日と側近との酒宴で重要な政策決定がなされていることを指摘していました。

金正日は酒は度量で飲むものだと述べ、側近にウイスキーの一気飲みをさせていました。

金正日の妹金慶喜の亭主だった張成澤や、対南工作機関の責任者だった金容淳はよく酒を飲めるので金正日から信頼されていました。

金正日や張成澤は若い頃、酒池肉林のごとき生活をしていたのでしょう。

朴は対南工作機関に所属する暴力団関係者


北朝鮮に関連する文献を多少読んだ人なら、この程度のことは知っています。しかし現場の状況を想像だけで仔細に叙述するのは難しい。筆力が必要です。

草下シンヤ「闇稼業人」(双葉文庫)では、主人公の沖縄出身の仲間和也は石光という仲間と、悪の稼業に手を染めています。

二人は北朝鮮関係者の朴という人物を相手に覚せい剤の取引をします。

小説ですから全て架空の話なのでしょう。しかし朴という人物の言行は、北朝鮮による対南工作機関の一員とはこんな人物だと私が想像している姿にぴったりなのです。

在日朝鮮人で暴力団と密接な関わりをもつ人物の中には、朝鮮労働党の対南工作機関に所属し金日成、金正日に忠誠を誓っている人物がいるはずです。

彼らは日本人拉致や覚せい剤の密輸等の凶悪行為と、金日成や金正日の奢侈生活を支える物資と資金調達、運搬を長年行ってきました。

暴力団関係者には遊興産業や性産業の企業経営者もいます。建設業や運輸業にも暴力団関連企業があります。その中には、北朝鮮関連団体に所属している人もいます。

朝鮮商工人の中には、暴力団と密接な関わりを持つ人もいます。

警察や国税庁が、在日朝鮮人が経営している暴力団関連企業による脱税行為を取り締まるのは困難です。朝鮮商工人関係団体だけではなく、場合によっては暴力団とも対峙せねばならない。

国税庁の一担当者が、担当地域の企業だからと言ってたった一人で暴力団関連企業の脱税摘発に取り組めるでしょうか。

暴力団関連企業の取り締まりのためには、国税庁が業務上得た情報を警察に全面的に提供することができるようにせねばなりません。

北朝鮮の核兵器、生物化学兵器開発に暴力団関係者が協力してきたかもしれない


仲間和也と石光は朴に使嗾されて核開発のための遠心分離機をある大学から盗み出し、北朝鮮に船で運びます。

その功績が北朝鮮の対南工作機関に認められて二人は金正日酒宴の末席を連ねることになります。その酒宴の記述は、高位幹部だった脱北者たちが伝えるそれとそっくりです。

暴力団関係者が、実際に北朝鮮による核兵器開発のための物資運搬をやってきた可能性はあります。生物・化学兵器開発にも協力してきたかもしれません。

物資運搬のためにも、資金が必要です。朝鮮商工人が出した「忠誠金」が、朝鮮労働党の非公然組織ないしは暴力団関係者が行うテロ物資運搬資金に使われたかもしれません。

草下シンヤ氏の筆力に敬服します。

2015年12月15日火曜日

宮部みゆき著「蒲生邸事件」(文春文庫)よりー「まがい物の神」とはー

時間旅行者は、まがいもの(紛い物)の神なのか?


紛い物とは、真実のものと区別がつかないような偽物のことです。精巧な偽宝石、偽のブランド品は紛い物ですが、人間にも紛い物がいるのでしょうか?

時間旅行のできる人物なら、歴史を変えられるから神のごとき存在なのでしょうか。時間旅行ができても限界があるのなら、紛い物の神です。

この小説には、叔母((黒井)と甥(平田)の関係にある2人の時間旅行者が出てきます。架空の事件である「蒲生邸事件」は昭和11年2月26日に起きたことになっています。

青年将校らが起こしたクーデターだった2・26事件の日です。高橋是清蔵相らが殺害されています。現代っ子の主人公は、平田により昭和11年2月26日に時間旅行してしまいます。

時間旅行者は歴史の大きな流れを変えることはできない


彼らは「歴史が頓着しない個々の小さなパズルの断片」を変えることはできますが、歴史の大きな流れを変えることはできません(同書p220-222)。

時間旅行者平田によれば人間は歴史の流れにとってはただの部品、取り換え可能なパーツです。個々の部品の生き死にがどうあれ歴史は自分の目指すところに流れます。

古来から哲学者や宗教家は、自分が歴史の中でどんな存在なのかを問いかけてきました。歴史はちっぽけな自分の言動がどうあれ、流れていきます。

人間は皆、ちっぽけな存在でしかない。ちっぽけな自分が何をやっても、何も変わらないのではないか?そもそも変える必要があるのか?こんな問いかけをしてきたはずです。

人間を大きな視点から見守り、導く神は存在するのか?哲学者や宗教家はそれぞれ答えを出してきました。

この小説の「歴史」とは、人を導く存在ともいえそうです。

時間旅行者の周辺は薄暗くなっている―人に愛されない。


時間旅行者である黒井と平田は、光にとっては異分子ですから光の恩恵を受けることができません。時間旅行者の周囲では光が本来の力をそがれてしまうので、時間旅行者は暗く歪んでみえます(同書p99)。

この描写は、時間旅行者の宿命を暗示しています。時間旅行者は例外なく「暗く」、気味悪い雰囲気をもち、人に愛されない(同書p98)。早死になので子孫を残せません。

時間旅行能力を持つ黒井と平田の叔母・甥は、「歴史」ないしは「神」からなぜそんな能力を与えられたのでしょうか。

答えはわかりません。それでも、黒井と平田の二人は、自分なりのの生き方、死に方を見出し生涯を終えていきました。どちらも、死を覚悟してそれぞれの選択をしました。

宿命を背負いつつも、自分なりの生き方、死に方を選択した二人が印象的です。



2015年12月4日金曜日

Romain Duris主演「ニューヨークの巴里夫」(Casse tête chinois, 英語題名The Chinese Puzzle)の問いかけ

40歳のXavierは問う。「わが人生はなぜ複雑になってしまったのか?」―生き方への問いかけこそ、人生そのもの。難題を突破するため、走れXavier!


順風満帆に生きるのは難しいものです。外見では素晴らしい暮らしをしているように見えても、心中では寂しく生きている人はいます。

良い生き方とは何なのでしょうか。単純な問いへの答えは難しい。

最近の私は、Cédric Klapish監督の上記映画をすっかり気に入り、繰り返し見ています。中高年なら、これまでの自分と主人公の生きざまに重なる部分をいくつか見つけられるでしょう。

Romain Durisが演じる主人公Xavierは自分の人生がなぜ複雑になってしまったのか、常に悩んでいます。Xavierの人生を簡単に紹介しましょう。

自ら難題を作り出しつつ煩悶するXavier


Xavierの妻Wendyは米国人と不倫関係になり、子供達を連れてNew Yorkに去ってしまいました。浮気はひどいですが、Xavierにも非があります。

Xavierはレズビアンの旧友Isabelleの懇願を受け入れ、彼女に精子提供をし子供を産ませたのです。Wendyの心はこれをきっかけに離れてしまったのでしょう。
いくら長年の友人とはいえ、夫が別の女性に子供を産ませたなら妻の心が離れても無理はない。

Xavierは子供たちと一緒に暮らすためにParisを離れてNew Yorkに行きますが、まずは就労ビザを取り、自分の暮らしを確立せねばならない。

就労ビザを取るためにXavierは在米中国女性と偽装結婚します。Xavierはレズビアンとの間に子供、離婚、外国への移住と偽装結婚と難題続きですが、これも子供たちのためです。

40歳のXavierがNew Yorkの街を走るシーンが何度か出てきます。これは難題に向かって走り抜け!という監督のメッセージなのでしょう。

一生懸命日々を生きていても、ふとしたことから人生はうまくいかなくなってしまう。中高年になれば心当たりがあるはずです。

そもそも、完全に順風満帆な人生を生きている人がどれだけいるでしょうか。なぜ自分の人生はうまくいかなくなってしまったのか?これを常に心中で問いかけ続けるのが、人生なのでしょうか。

Xavierの背中を見る子供たちと愛した女性たち


Xavierは若いころの恋人、Martine(Audrey Tautou)とNew Yorkで再出発する決意をします。Martineには息子と娘がいますが、父親が違うようです。

この二人もXavierと共に生活することになるのでしょう。Martineも偽装結婚することになりそうです。Isabelleの娘にとって、Xavierは大事な父親です。

映画の初めのほうでXavierが子供たちと小走りで偽装結婚の式場に向かうシーンがあります。子供たちの手を引きながら走るXavierの姿に、父親の深い愛情を感じました。

Xavierの父親は、Xavierに対して父親らしいことをあまりしなかったようです。Xavierの父親はNew Yorkまで訪ねてきますが、孤独な高齢者の哀愁を感じさせます。

そんな父親でも暖かく迎え、若かりし時代の父母の愛情を思い起こすXavierは、前作より随分成長しています。こんなXavierの背中を見ていれば、子供たちも立派に育つでしょう。

そんなXavierの良さ、素晴らしさをXavierと深い縁のあった女性たち(Wendy, Isabelle, Martine)は各自なりに理解しています。元妻WendyがXavierにかけた言葉が印象的です。

Xavier, you need a combination of three of us.