2016年8月14日日曜日

70年代の日本共産党のスターリン、ソ連評価について思う(上田耕一郎「先進国革命の理論」大月書店昭和48年刊行、小林栄三監修「科学的社会主義 上」新日本出版社昭和52年刊行より)

第一次世界大戦中における偉大な十月革命の勝利、そして第二次世界大戦後、東ヨーロッパとアジア、さらにキューバでの社会主義革命の勝利によって、社会主義は国際体制を形づくった。このことによって、マルクス・レーニン主義の真理性は、すでに最終的に実践によって証明された(上田耕一郎「先進国革命の理論」p6より抜粋)。


吉良よし子議員、池内さおり議員は上田耕一郎氏の「先進国革命の理論」や小林栄三監修「科学的社会主義 上」を御存知でしょうか?

「団塊の世代」くらいの日本共産党員、あるいは50代の日本共産党員なら、これらを熱心に読んだ記憶があるはずです。藤野保史議員なら、きっとこれらの本を御存知です。

上田耕一郎氏によればソ連、東欧、中国、ベトナム、北朝鮮、キューバが社会主義国になったので共産主義理論の真理性が証明されたそうです。

当時の日本共産党員は殆ど皆、そう思っていたのではないでしょうか。

ソ連と東欧、中国が資本主義化した今日、上田氏の論法からすれば共産主義理論の誤りが最終的に実践により証明されました。北朝鮮も市場経済化しつつあります。

上田氏は、マルクスやエンゲルスの予想と異なりなぜ資本主義の発達が遅れたロシアで革命が起き社会主義が建設されたのかをこの本で縷々説明しています。

スターリンは資本主義包囲のなかで、一国における社会主義革命と社会主義建設の勝利の可能性にさらに明確な展望を与えたそうです。

スターリンは世界の革命運動との連帯と相互支持のもとでソ連の社会主義建設をおしすすめましたそうです。

「一国でも社会主義は建設できる」というスターリンの主張は基本的に正しく、ソ連における社会主義建設の前進にとって大きな指導的役割を果たしたそうです(同書p13)。

吉良よし子議員、池内さおり議員は御存知ないでしょうが、1970年代になっても日本共産党はスターリンにそれなりの評価を与えていたのです。

1970年代には、スターリンによる大量虐殺の史実は明らかでしたが。

上田氏らは、社会主義建設には試行錯誤と犠牲者は避けられないという程度の認識だったのではないでしょうか。共産主義者には、共産主義国による人権抑圧を傍観する体質があります。

ソ連崩壊後不破哲三氏は、スターリン以後のソ連が「覇権主義の巨悪」であり、人間抑圧社会だったとそれまでの評価を変えました。

上田耕一郎氏の「先進国革命の理論」が間違いだったと御本人や不破哲三氏が認めたわけではありません。

しかし不破氏の「ソ連=覇権主義の巨悪、人間抑圧社会」論の観点からすれば、「先進国革命の理論」はスターリン礼賛本でしかない。

今日の日本共産党が下部党員に「先進国革命の理論」を推奨していない理由はそのあたりでしょう。

クーシネン「マルクス=レーニン主義の基礎」の観点で日本共産党は宣伝をしてきた


「先進国革命の理論」のスターリン評価は、クーシネンの「マルクス=レーニン主義の基礎2」(日本共産党中央委員会発行、p318-319)と基本的に同じです。

「マルクス=レーニン主義の基礎」が刊行された時期のソ連共産党の最高指導者はフルシチョフです。フルシチョフとは、1956年にソ連共産党の大会でスターリン批判を行った人物です。

日本共産党はフルシチョフ、クーシネン流のスターリンとロシア革命、ソ連観を長年宣伝をしてきました。

クーシネンは優れた宣伝・扇動者です。大嘘を読者に真実と思い込ませる文章力がある。

「マルクス=レーニン主義の基礎」には、レーニン、スターリンが何度も強調したクラーク(富農)の財産没収、撲滅が必要不可欠だという話がありません。

クラーク(富農)のレッテルを貼られた農民は政治犯収容所や遠方に連行ないしは処刑されました。犠牲者は100万人を越えるでしょう。

クラークというレッテルを恐れた農民は、家畜を殺しました。ソ連農業は大打撃を受けました。

ボリシェヴィキ(後のソ連共産党)による穀物徴発、富農というレッテル貼りに耐えかねて、沢山の農民が反乱をおこしたことも、「マルクス=レーニン主義の基礎」は一切ふれていません。

反乱を起こした農民たちはボリシェヴィキの「赤色テロル」の対象にされてしまいました。これらの史実をクーシネンは隠ぺいしたのです。

ロシア革命に対抗して、国内反革命勢力と国際大ブルジョアジーの広範な連合軍が行動をおこした、と、「マルクス=レーニン主義の基礎3」にあります(p555)。

「マルクス=レーニン主義の基礎」のロシア革命観を「科学的社会主義」(岡本博之・小林栄三監修、新日本出版社刊)も継承しています。

「科学的社会主義」「先進国革命の理論」は、ソ連や中国、北朝鮮の政治犯収容所の存在について完全に沈黙しています。「マルクス=レーニン主義の基礎」と同じです。

穀物徴発に反抗する農民、教会の財産没収に反抗する聖職者、トロツキー、ブハーリンも「反革命」


「反革命」とは便利な語です。レーニン、スターリンとソ連共産党の蛮行に反抗する人間はすべてこの中に含まれてしまいますから。

殺されると思えば、誰しも可能な限り反抗するはずです。「富農」「反革命分子」「スパイ」容疑で監獄に連行され、死刑判決を出されてしまえば反抗などできませんが。

レーニンとボリシェヴィキによる教会の財産没収、聖職者投獄や処刑に反抗したロシア正教会の聖職者たちも、共産主義理論から見れば「反革命」です。

トロツキー、ブハーリンも反革命です。ソ連工業化の原資についての彼らの主張は大きく異なっていたのですが、反革命というレッテルをスターリンに貼られた点では同じです。

「マルクス=レーニン主義の基礎」「科学的社会主義」には、トロツキーやブハーリンがロシア革命で果たした役割については一切触れられていません。

「ソ連邦共産党史」(日本共産党中央委員会宣伝教育部訳、大月書店昭和34年刊行)にはトロツキー、ブハーリンは10月革命で否定的な役割を果たした人物として記述されていますが。

ソ連共産党の内部抗争に勝利したスターリン、フルシチョフの都合の良いようにソ連の歴史が修正され、世界各地で「教科書」として共産党員により宣伝・普及されてきたのです。

「32年テーゼ」を誰が作成したのか、今日の日本共産党中央は下部党員に説明できない


今日の不破哲三氏によれば、スターリン以後のソ連は人間抑圧社会で、ソ連共産党は覇権主義の巨悪です。

この立場を徹底するならば、スターリンの指導下にあった世界共産党(コミンテルン)もその存在自体が覇権主義の産物であり、各国の共産党員は覇権主義者の手先ということになります。

覇権主義者が作成した「日本における情勢と日本共産党の任務に関するテーゼ」(32年テーゼ」を、小林栄三監修「科学的社会主義 上」は「わが国の革命運動が進むべき道をしめす画期的な指針」と高く評価していました(同書p14)。

そんな素晴らしい指針を宮本顕治氏ら当時の日本共産党中央に授けて下さったのなら、やはりスターリン、クーシネンとソ連共産党は偉大だったという話になってしまいます。「巨善」です。

このあたりを問いただすと、厄介なことになりますから、最近の日本共産党の文献では「32年テーゼ」を誰が作成したのかについてはふれられていません。

小林栄三監修「科学的社会主義 上」では、「32年テーゼ」は片山潜、野坂参三、山本懸蔵ら党代表が参加してコミンテルンで決定されたと記述されています(同書p14)。

野坂参三氏は、不破哲三氏により近年「覇権主義者の手先、内通者、党の破壊者」等と規定されましたから、「32年テーゼ」作成者の一人として下部党員に紹介することはできません。

「32年テーゼ」作成者は隠ぺいするしかない。共産主義者にとって歴史は、宣伝材料なのです。

旧ソ連はもちろん、中国、北朝鮮でも、宣伝・扇動を担当する部門が強大な権限を保持しています。在日本朝鮮人総連合会にも、宣伝・扇動を担当する部署があるはずです。

吉良よし子議員、池内さおり議員は「32年テーゼ」について何か御存知なのでしょうか。

この程度の文書について何も知らない方が日本共産党の国会議員をやっているなら、日本革命などできるはずがないですよ。

追記


「マルクス=レーニン主義の基礎」や、「ソ連邦共産党史」の朝鮮語版もあったのでしょうね。昭和36年ぐらいの北朝鮮なら、「主体思想の確立」前です。黄長ヨップさんなら、御存知だったでしょう。

ソ連共産党の本が当時の北朝鮮国民に紹介されていてもおかしくない。北朝鮮はソ連により解放されたとこの時期の金日成の著作には明記されていました。

ところで、満州で山賊行為をしていたときの金日成は中国共産党員でした。金日成は満州の治安を維持すべく尽力した日本軍に討伐され、ソ連領に逃げました。

朝鮮学校関係者はこれを御存知かな。







2016年8月13日土曜日

「マルクス=レーニン主義の基礎」(ソ連邦国立政治文献出版所1959年刊、日本共産党中央委員会発行)より思う

マルクス=レーニン主義を死んだ教条としてではなく、生きた行動の指針として身につけようとするものにとっては、これを統一した完全な一個の体系としてまなぶことが、なによりもまず肝心なことである。それゆえ、本書をまなぶさいには、この教科書の全体の構成と叙述にしたがって、忍耐づよく系統的にまなんでいくことが望ましい(日本共産党中央委員会議長 野坂参三の「マルクス=レーニン主義の基礎 日本語版の出版にあたって」1960年1月より抜粋)


吉良よし子議員、池内さおり議員ら若い共産党員の皆さんは、「マルクス=レーニン主義の基礎」というソ連共産党がつくった本を御存知でしょうか。

この本を日本共産党中央委員会が翻訳して「教科書」にしていたのは史実です。

当時の日本共産党中央委員会議長、野坂参三氏が「教科書」として党員や労働者に推奨しているのですから。

この本の執筆責任者は、オ・ヴェ・クーシネンというソ連共産党の大幹部で、スターリンの側近の一人です。

クーシネンは日本共産党が崇めていた「32年テーゼ」作成の中心人物でした。フィンランド人です。

スターリンの側近で、フルシチョフによるスターリン批判(1956年)以後もソ連共産党の大幹部で居続けたのですから、かなりの政治力をもった人物だったのでしょう。

本ブログでは何度も、宮本顕治氏、上田耕一郎氏、不破哲三氏、聴濤弘氏らがソ連を礼賛したことを指摘しました。

社会主義はソ連邦で完全な最後の勝利をおさめた、と昔の共産党員は信じていたのです。

この本が日本語に翻訳された昭和36年(1961年)ころ、1927年生まれの上田耕一郎氏は34歳、1930年生まれの不破哲三氏は31歳、1935年生まれの聴濤弘氏は26歳くらいです。

日本を必ず、ソビエト化するぞ!という志に燃えていた彼らは、「マルクス=レーニン主義の基礎」を何度も繰り返し読んだのではないでしょうか。

クーシネンの「マルクス=レーニン主義の基礎」と岡本博之・小林栄三監修の「科学的社会主義 上下」


私見では、岡本博之・小林栄三監修の「科学的社会主義 上下」(昭和52年新日本出版社刊行)の「理論」部分はこの本と大差ありません。

生産の社会的性格と取得の資本主義的形態の矛盾からの唯一の出口は、生産手段の社会的所有、すなわち社会主義への移行だそうです(「基礎」2、p227)。

労働者階級は権力を握った後、旧国家の諸機関(警察、裁判所、行政機関等)をどう処理するかという問題にぶつかるそうです。

どんな条件のもとでも、古い国家権力機関を破壊し、新しいものを創設することが、プロレタリア革命の第一の条件になすべき任務であることにかわりはないそうです(「基礎」2、p295)。

上田耕一郎氏、不破哲三氏らの若い頃の「理論」も、この「教科書」に依拠している部分が多々あります。上田耕一郎氏の自衛隊即解散論は、「古い国家権力機関の破壊」論と同じです。

現在の日本共産党は、公安警察と公安調査庁の解体を要求していますが、これもクーシネンの、「古い国家権力機関の破壊」論の影響によるものです。

現在の日本共産党は、中国や北朝鮮、〇〇〇〇原理主義者の策動から日本国家を守るために必要な諜報機能(インテリジェンス機能)の抜本的弱体化を主張しています。

共産主義者が、「米帝国主義と日本の独占資本による階級的支配の機構」である日本国家の弱体化と滅亡を策するのは当たり前です。

政府の諜報機能(インテリジェンス機能)がなくなってしまえば、政府が北朝鮮工作員や〇〇〇〇原理主義者によるテロを未然に阻止することは不可能です。

スターリンの側近、クーシネンが作成した「指針」を日本共産党は信奉してきた


小林栄三氏は、「科学的社会主義 下、p14」でクーシネンが中心になって作成した「32年テーゼ」を「わが国の革命運動の進むべき道をしめす画期的な指針」と高く評価しています。

今日の不破哲三氏によれば、1930年代以後のソ連は「人間抑圧社会」であり、「覇権主義の巨悪」です。

今日の不破哲三氏の観点からすれば、戦前の日本共産党は、「覇権主義の巨悪」が作成した指針を盲信して活動していた御仁たちということになります。

小林栄三氏は、「覇権主義の巨悪」が作成した指針を礼賛した御方ということになります。昭和52年当時の不破哲三氏も「32年テーゼ」を同様に評価していたのでしょうけれど。

ソ連が崩壊し、ソ連共産党員が落ちぶれると手のひらを返して罵倒するのが、共産主義者の生き方なのです。

日本共産党のソ連評価は、「マルクス=レーニン主義の基礎」が発行された昭和36年当時はいわば「巨善」だったのですが、およそ30年後には「巨悪」に変化しました。

「巨善」と評価していた時期に、野坂参三氏がソ連の秘密警察の諜報活動やスターリンによる殺人に協力するのは、共産主義者として栄えある活動だったはずですが。

今日の不破哲三氏の視点で昔の日本共産党員の活動を評価したら、「巨悪」の手下どもの妄動、愚行という話になるだけです。

今日の不破哲三氏の視点から、昔の日本共産党員に今の規約を適用すれば全員除名でしょう。野坂参三氏は長生きをしたことが災いしたと言えそうです。

ソ連を礼賛した若き不破氏も処分対象になりえます。

日本共産党は中国覇権主義に屈服した


中国は農村出身の労働者(農民工と言います)を二束三文の賃金で酷使して高成長しました。中国共産党員は国家による許認可などの権限を利用した利権あさりで巨額の資産を蓄積しました。

今の中国共産党員は、農民をこき使った昔の中国の地主のような存在です。

中国共産党との関係を正常化をすることにより、不破哲三氏は「野党外交」ができるようになりました(不破哲三「時代の証言」p194)。

不破哲三氏は、中国人民解放軍に射殺された「赤旗」記者の生命と人権を無視して、中国共産党との関係を正常化しました。

今日の不破哲三氏は、中国政府による過酷な人権抑圧、チベットやウイグル、モンゴルなど少数民族抑圧に沈黙しています。長いものにはまかれろ、ということなのでしょう。

宮本顕治氏は天安門事件の頃、中国の人権問題を強く批判しました。明治人の頑固さが、宮本顕治氏にはあったようです。中年以上の日本共産党員なら、この史実を覚えています。

日本共産党は、「中国覇権主義」とやらとの「生死をかけたたたかい」は敗北しました。

今でも、日本共産党が日本革命をやると主張していること自体、ソ連共産党の「マルクス=レーニン主義の基礎」の枠内にあると言えます。

「ソ連覇権主義との生死をかけたたたかい」とやらに日本共産党が勝利したわけではない。依拠している「理論」が大同小異なのですから。

不破哲三氏は結局、レーニン、スターリン、クーシネンの弟子なのです。吉良よし子議員、池内さおり議員には、「マルクス=レーニン主義の基礎」を読んでいただきたい。

2016年8月10日水曜日

朝鮮学校の生徒規則「生徒たちは、偉大な首領金日成大元帥様が開拓し、敬愛する金正日元帥様が継承開拓していく、主体偉業や総連愛国偉業の代を継いでいかねばならない」

北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会(山田文明代表)の理論誌「光射せ!第15号」p125-138掲載の朝鮮学校生徒手帳(主体90年(2001)学年度)より。


以下は同誌に掲載されている朝鮮学校の「生徒規則」の抜粋です。

一、生徒たちは、偉大な首領金日成大元帥様の教示や、敬愛する金正日大元帥様のお言葉を深く学んで、その志を自分の骨身に刻み、元帥様に限りなく忠実な息子、娘にならなければならない。

二、生徒たちは、偉大な首領金日成大元帥様と、敬愛する金正日大元帥様の幼いころの栄光燦爛たる革命歴史について深く学び、我が国の革命伝統や総連の愛国伝統を、代を継いで輝かせて行かねばならない。

三、生徒たちは、敬愛する金正日大元帥様に対する信念、社会主義祖国に対する信念を胸に深く抱いて、社会主義祖国を熱烈に愛し、祖国の自主的平和的統一を早めるための活動に積極的に貢献しなければならない。

「生徒生活準則」の「課外時間」の、「授業が終わったら、次のような活動に参加しなければならない」に次があります。

「偉大な首領様の教示や敬愛する元帥様のお言葉の学習に、熱心に参加しなければならない」

「金日成大元帥革命歴史研究室」「金日成大元帥革命活動研究室」の運営計画に従って行われる研究集会に、誠実に参加しなければならない」

「少年団および朝青生活に真面目に参加し、組織から与えられた任務を着実に遂行しなければならない」。

詳しくは、「北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会」の理論誌「光射せ!」第15号をご覧下さい。朝鮮学校の教育内容に関する貴重な内部資料がいくつも掲載されています。

左翼人士はなぜ朝鮮学校での金日成・金正日主義化教育を批判しないのか


これが「洗脳教育」でなくて何なのでしょう。「民主主義教育」とやらを叫ぶ左翼人士はなぜ沈黙しているのでしょうか。

「ヘイトスピーチ反対」を叫ぶ知識人や政治家には、朝鮮学校の洗脳教育に沈黙している方が殆どです。

在日本朝鮮人総連合会との人脈を維持したいからでしょうが、情けない話です。左翼政治家、知識人は節操がないと言われても仕方がない。

チュチェ思想学習を「民族教育」と思い込んでいる生徒・学生の皆さんは、「金日成民族」の一員としての誇りと自覚を持ってしまうのでしょう。

「金日成民族」の方を日本人や韓国人が毛嫌いするのは当たり前ではないですか。「ヘイトスピーチ」は不適切ですが、普通の韓国人は金日成民族ではありえない。

朝鮮学校では北朝鮮へ帰国した朝鮮学校の元教員や元生徒・学生の中に、「山送り」「学習に行った」方が少なからずいることなど教えていません。

朝鮮学校では、「苦難の行軍」期(1990年代後半)にも金正日が「招待所」で贅沢三昧の暮らしをしていたことも教えていません。

「喜ばせ組」(キップムジョ)という金正日お抱えの美女踊り子集団の存在など、朝鮮学校では一切教えていません。

朝鮮学校の副教材に「金正日の料理人」藤本健二さんの著作を採用するべきだ


朝鮮学校では副教材として、藤本健二さんの「核と女を愛した将軍様」(小学館文庫)を採用するべきです。この本のp190-195に、「喜ばせ組」の普段の生活と、金正日との交流が描かれています。

藤本健二さんが、素顔の金正日と高英姫との愛情生活を著作で克明に伝えたから、息子金正恩は藤本さんを平壌に繰り返し招待したのです。

どういうわけか、金正日は在日本朝鮮人総連合会の大幹部より、藤本さんを信頼していたのです。これは金正恩、金予正も同じです。

朝鮮学校で学ぶ生徒・学生に、素顔の金正日と高英姫の姿を伝えることを、息子金正恩、娘金予正は内心で願っているはずです。

北朝鮮の公式文献では、金正日の奥さんが誰だったのか、子供は何人いたのかすらわかりません。金正日は高英姫を、金日成に紹介できなかったらしいのです。

高英姫が元在日朝鮮人(帰国者)だからです。血統を何より重視する北朝鮮社会では、元在日朝鮮人(帰国者)は嫌われ、蔑まれることが多い。

元在日朝鮮人も、北朝鮮の人たちを「原住民」「アパッチ」という隠語で呼びます。これも、朝鮮学校で学んでいる生徒・学生に教えるべきではないでしょうか。

「ヘイトスピーチ反対」で在日本朝鮮人総連合会と協力している左翼政治家、運動家は朝鮮学校での洗脳教育の実態を直視するべきです。









2016年8月2日火曜日

金正日の朝鮮学校論「在日朝鮮青年を愛国偉業の頼もしい継承者に育てるために―朝鮮労働党中央委員会の責任幹部との談話―(1990年4月5日)、金正日選集第10巻掲載」より思う

「在日朝鮮青年にたいする思想教育で基本となるのは、チュチェの革命的世界観を確立することです。...総連は各階層の広範な同胞青年のあいだでチュチェ思想の原理教育を強化し、かれらがチュチェ思想の原理を深く体得してそれを自分の確固たる信念とするようにしなければなりません」(前掲論文より抜粋)


左翼の皆さんは在日本朝鮮人総連合会の皆さんが運営している朝鮮学校に、地方自治体が補助金を出すべきだと主張しています。

補助金支出に反対する私のような人間は、極右翼だそうです。レイシストとか言われそうです。

左翼の皆さんは、朝鮮学校での教育方針に関する金日成や金正日の文献を読んでいるのでしょうか?在日本朝鮮人総連合会の皆さんの言動を「理解」するためにこれは欠かせないはずです。

ある弁護士は、朝鮮学校への補助金支出を訴える記者会見で「朝鮮学校の教育内容は関係ない。在日朝鮮人の教育に日本の自治体が補助金を出さないのは差別だ」旨主張したそうです。

〇〇〇〇原理主義や、〇〇〇真理教の方々が「学校」をつくったのなら日本の自治体は補助金を出さねばならないのでしょうか?

北朝鮮、朝鮮労働党は大韓航空機爆破、韓国要人暗殺、拉致や覚せい剤の密輸など無数のテロを断行してきました。テロ国家を礼賛する「学校」に自治体は補助金を出すべきなのですか。

朝鮮学校の基本的教育方針は金日成の「社会主義教育テーゼ」と金正日の「労作」「お言葉」


私見では朝鮮学校の最も基本的な教育方針は金日成の「社会主義教育テーゼ」です。

これの具体化を、金正日が著作(労作、로작と言います)や「お言葉」(말씀と言います)で出しています。

「お言葉」は朝鮮労働党の担当部署から在日本朝鮮人総連合会関係者に様々な経路で伝えられるだけですので、部外者にはわかりません。非公開ですから。

しかし私たちは金正日の著作から、朝鮮学校の教育方針と内容をある程度知ることはできます。「お言葉」には、詳細な指示があるはずですが、そこまではわかりません。

金正日は「労作」で繰り返し、金日成と朝鮮労働党への絶対的忠誠心を在日朝鮮青年の間に培わねばならないと強調しています。

金正日によれば、北朝鮮は偉大なチュチェ思想の祖国であり、領袖、党、大衆が混然一体となった偉大な社会主義国だそうです。

「労作」を発表したころ、金正日は招待所で贅沢三昧の暮らしをしていた


「金正日の料理人」だった藤本健二氏の各著作によれば、この「労作」を発表したころ金正日は各地にある「招待所」で贅沢三昧の毎日を過ごしていました。

混然一体どころか、金正日と一般国民は隔絶していたのです。

飢餓状態だった北朝鮮の一般国民の苦しみなど金正日は全く考えていなかった。朝鮮学校では金正日の「招待所」暮らしとそのための莫大な経費についてどう教えているのでしょうか?

金正日によれば、在日本朝鮮人総連合会の各級学校は単なる学びの場ではなく、学生と生徒を民族幹部に育てる学院です。

金正日は在日本朝鮮人総連合会の初・中級学校で少年団組織を強化し、生徒が幼いときから組織生活に習慣づけられるようにするべきと述べています。

朝鮮大学校と朝鮮高級学校の朝青組織を強化し、学生を朝青組織生活を通じて絶えず鍛えねばならないと金正日はこの「労作」で述べています。

要は、朝鮮学校で生徒と学生の革命家養成教育を、授業だけでなく「少年団」「朝青」という組織を通じても行え、という話です。

朝鮮大学校の卒業生はチュチェ型の革命家、チュチェ朝鮮の永遠なる同行者なのか


金正日によれば朝鮮大学校は、在日本朝鮮人総連合会の強力な民族幹部養成組織です。

金正日がこういうのですから、朝鮮大学校の卒業生の皆さんは「我々の領袖が一番、わが祖国が一番、わが民族が一番」であるというゆるぎない信念を抱いて社会主義祖国を熱烈に愛している方々なのでしょう。

そういう方々をチュチェ型の革命家、チュチェ朝鮮の永遠なる同行者と言います。

「チュチェ」(주체)とは主体という漢字語なのですが、どういうわけか北朝鮮の近年の文献では片仮名を用いています。日本人には不気味なことこの上ない。

チュチェ型の革命家の方々なら、金正日とその取りまきに奉仕する「喜び組」の女性の装飾品や衣服を金正日に献上することを至高の喜びと受け止めていることでしょう。

金正日によれば、在日朝鮮青年が身につけるべき世界観はチュチェの世界観です。在日朝鮮青年にたいする思想教育で基本となるのは、チュチェの革命的世界観を確立することです。

地方自治体が朝鮮学校に補助金を支出するべきと主張する左翼の皆さんは、チュチェの革命的世界観とやらについて何か御存知なのでしょうか。

地方自治体は大韓民国滅亡策動に資金支援すべきなのか


チュチェ型の革命家の皆さんは、「南朝鮮解放」「全社会の金日成・金正日主義化」、要は大韓民国滅亡のために日夜戦っています。

そういう方をつくる教育に資金を出すべきということは、大韓民国を滅亡させる策動を地方自治体は資金支援すべきということです。

普通の韓国人からすれば、日本の地方自治体が朝鮮学校に補助金を出すことなど内政干渉そのものです。

金正日によれば、在日朝鮮人は在日本朝鮮人総連合会の組織によって社会的・政治的生命が保証されています。

別言すれば、在日本朝鮮人総連合会を何らかの件で批判し、その組織から離れている在日朝鮮人には、「社会的・政治的生命」とやらが保証されていないことになります。

在日本朝鮮人総連合会の皆さんが、北朝鮮と金日成、金正日、金正恩を批判する方々に「民族反逆者」「宗派分子」などという罵詈雑言を浴びせるのはチュチェ型の革命家としての使命感に依拠しているのでしょう。

朝鮮学校の副教材に藤本健二さんの著作を使うべきだ


腹が立ちますが、拉致された日本人の中には「南朝鮮解放」「全社会の金日成・金正日主義化」に何らかの形で協力させられていた方が相当数いたはずです。

田口八重子さんは、大韓航空機爆破犯人金賢姫の「日本語教育係」でした。「金正日の料理人」だった藤本健二さんも、金正日に美味しい寿司をふるまって貢献しました。

在日本朝鮮人総連合会の皆さんは、朝鮮学校の副教材として「金正日の料理人」藤本健二さんの著作を使うべきです。

晩年の金正日にとって最愛の女性だった元在日朝鮮人高英姫の生き方を、朝鮮学校の子供たちに教えるべきではないでしょうか。

これをやれば金正恩と妹金予正は、内心で喜ぶでしょう。藤本さんは亡き父母の「忠臣」の一人でした。

金正日は在日本朝鮮人総連合会の皆さんより、日本人の藤本さんを信頼していたのです。推測ですが、金正日に天ぷらを揚げる料理人もいたのではないでしょうか?

佐藤勝巳さんの本にそんな話が出てきます。

追記

佐藤勝巳「北朝鮮 『恨』の核戦略」(光文社1993年刊行、p102)で、故佐藤勝巳氏は金正日が握り寿司が大好物で日本人の寿司職人を抱えていること、天ぷらを揚げる日本人職人もいるらしいと指摘しています。



2016年7月28日木曜日

レーニンとボリシェヴィキ(後のソ連共産党)によるロシア正教会弾圧に思う(廣岡正久「ロシア正教の千年」1993年、NHK Booksより)

「安全である者は一人としてなく、誰もが欠乏、略奪、逮捕そして死刑に怯えながら毎日を過ごしている。毎日数百人にも上る無力な市民が捕えられ、何か月もの間不潔な牢獄に朽ち果てるままに放置され、審査も裁判もなしに処刑される。...


処刑されるのは、あなたがたに対して有罪である人たちだけでなく、ただ人質として収容され、あなたがたが無罪であることを知っている人たちなのだ。何の罪もない主教、司祭、修道士そして尼僧たちが、反革命などという大雑把で、曖昧かつ不明確な罪名で射殺されている」(「ロシア正教会の千年」p144-145掲載のチーホン総主教によるメッセージより抜粋)。


まるで北朝鮮社会のようです。不破哲三氏や聴濤弘氏(日本共産党元参議院議員)らが称賛する、レーニンの時代のロシア社会は、現在の北朝鮮と大差ない。

1917年のロシア革命の一年後にチーホン総主教はレーニンらボリシェヴィキ(後のソ連共産党)に勇気あるメッセージを送りました。

チーホン総主教はロシア革命の真っただ中に、ロシア正教会の第十一代総主教に選出された方です。この本によれば、1914年当時ロシアの総人口の約70%が正教会の信者でした。

ロシアは多民族国家です。ロシア人はほぼ100%が正教会の信者でした。

唯物論者すなわち無神論者のボリシェヴィキにとってロシア正教会は旧体制の重要な支柱の一つですから、徹底的に対決し根絶されねばならない存在だったのです。

チーホン総主教はレーニンとボリシェヴィキ、ソ連政府を正面から批判するメッセージを送ったのです。殉教を覚悟されていたのではないでしょうか。

ソ連政府はチーホン総主教を直ちに逮捕し、軟禁しました。

さらにボリシェヴィキは、教会財産の没収に乗り出しました。内戦の中、各地で教会財産の没収に反抗する信徒は抵抗しました。

この本によれば、教会財産をめぐるボリシェヴィキの迫害により8100人の聖職者とおびただしい数の信徒が殺害されました。

チーホン総主教は1923年4月の裁判で「反ソ的言動」の撤回を余儀なくされました(同書p152)。

チーホン総主教はかなりの拷問と、何らかの脅迫をされたのではないでしょうか。

遠藤周作の「沈黙」のフェレイラとチーホン総主教


遠藤周作の「沈黙」を思い出しました。私は基督教徒ではありません。ロシア正教会の教えについて何も存じません。

しかし「沈黙」のフェレイラとチーホン総主教が重なってくるように思えるのは、私だけでしょうか。チーホン総主教は、信徒たちを守るために「転向」を余儀なくされたのではないでしょうか。

チーホン総主教のボリシェヴィキに対するメッセージをもう少し抜粋しておきます。吉良よし子議員ら若い共産党員はロシア革命の現実について一切御存知ないようです。

共産主義者であることに誇りを持っているなら、「偉大なロシア革命」の現実について学ぶべきです。

「偉大なロシア革命」とは、基督教徒の虐殺と抑圧だったのです。北朝鮮と同じです。レーニンこそ、スターリン、毛沢東、金日成そして金正日の師です。

数家族が、そして時には一棟に住む全住民が立ち退きを強要され、その財産が路上に放り出されているのに、また市民が人為的に分類され、ある者は窮乏のゆえに盗人になることを余儀なくされるというのに、それが自由であるというのか。

言論の自由、表現の自由はどこにあるのか。説教を行う自由はどこにあるのか。

多くの勇気ある教会の説教者たちは、すでに血の代償を、殉教者の血を支払った。社会と国家についての討論は抑圧された。新聞は、一部の親ボリシェヴィキ派を除くと完全に窒息させられた。

2016年7月20日水曜日

「躍動する祖国朝鮮に帰って 帰国者からのたより」(「世界政治資料」臨時増刊『伸びゆく社会主義朝鮮』1960年3月号、日本共産党中央委員会発行)より思う

拝啓 お母さん、お元気ですか。ながい間迷惑のかけとおしだった私たち三人は、無事祖国の土をふむことができ、新しい人生のスタートをきりました。これはみな、愛情をもって理解してくれたお母さんのおかげと感謝しております。品川駅をでて、しばらくは涙がとまりませんでした。途中、高崎、前橋と夜中にもかかわらず同胞のあたたかいもてなしをうけ、予定どおりセンターに入りました。


これは、「世界政治資料」という日本共産党が刊行していた雑誌に掲載されている、北朝鮮へ渡った日本人妻林愛子さんによるお母さんへの手紙の一部です。

手紙の日付が昭和35年1月13日になっていますから、56年くらい前です。

林愛子さんはお子さん二人と北朝鮮に帰国されたのでしょうか。御主人が一足先に帰国なさっていたのかな。「キューポラのある街」に出てくる在日朝鮮人一家はこんな感じでしょうか。

手紙によれば、林さんはハムフン医科大学病院で働くことになったようです。ハムフンは北朝鮮の北方の港町です。かなり寒い。

一家は五階建てのアパートの四階の13号室に住むように手配されました。部屋は二つで台所、水洗便所もあります。一か月の食べ物が全て整っていました。

手紙によれば帰国した子供たちのための特別授業があり、お子さんも通学しているそうです。

千里馬の勢いで社会主義を建設する共和国は本当に素晴らしい。自分たちも帰国しよう!とこの手記を読んだ在日朝鮮人や日本人妻は決意を新たにしたのではないでしょうか。

林愛子さん一家のように帰国事業のごく初期に北朝鮮へ渡った方々は、平壌を見物することができました。もう少し後になると、清津で配置を決定され、すぐに移動させられました。

林愛子さんは金日成とも面会したそうですから、当時の朝鮮労働党が宣伝用に重視した日本人妻の一人だった可能性が高い。なぜ林愛子さんが重視されたのかは不明です。

北朝鮮は常に体制の優位性を宣伝する


「世界政治資料」には3人の帰国者の手紙が掲載されています。どの手紙も、北朝鮮の素晴らしさを熱烈に書いていますが、これは公表を前提とした体制宣伝文書とみなすべきです。

林愛子さんが金日成と会ったことに着目すべきです。当時の在日朝鮮人はこれで感激したでしょう。

共産主義国は、宣伝を最重視します。朝鮮労働党には、宣伝扇動部という強力な権限を持つ部署があります。昔の日本共産党のアジプロ部に該当するような部署です。

帰国者が親族にあてた手紙は当局の検閲を受けています。親族への手紙の中でさえ、帰国者は体制宣伝をせねばならなかった。林愛子さんの言動を監視する人物が複数いたはずです。

林愛子さん一家には一か月分の食べ物が給付されたそうですが、そのあとはどうなったでしょうか。当時でさえ、北朝鮮は慢性的な食糧不足でした。宣伝が終わればおしまいの可能性が高い。

食糧は一家ごとに割り当てられるチケットと引き換えで配給されるはずですが、その制度がハムフンでいつまで継続したか不明です。チケットがあっても物資をくれなければ空手形です。

小さい子供たちはお菓子を食べたがったはずですが、北朝鮮にお菓子やアイスクリームの配給制度はありません。玩具配給制度もありません。

若い女性なら、多少の化粧はしたいでしょうが化粧品など配給物資にはありません。闇市場でも化粧品購入は困難だったでしょう。洒落た衣服など買えるはずもない。

寒いことこの上ないハムフンで、暖房設備はどうだったか、寝具がどのくらい配給されたのかは不明です。寒さで風邪をひいても、北朝鮮では薬があまりない。抗生物質は貴重品です。

社会主義計画経済ですから、計画にないものは生産、配給されません。良い物資は平壌や、特権層に優先的に配給されます。ハムフンはさほど良い地域ではない。

子供たちは学校で、金日成崇拝教育を受けたはずです。この時期はまだ金正日が登場していないので、70年代と比較すれば軽度でしたが。

北朝鮮へ帰国した元在日朝鮮人の実情については、宮崎俊輔「北朝鮮大脱出 地獄からの生還」(新潮OH!文庫)が詳しい。宮崎さんの母、和歌子さんは日本人妻でした。

元在日朝鮮人や日本人妻は潜在的反体制派-「動揺階層」


元在日朝鮮人や日本人妻は日本の自由な生活を知っていますから、生活への不満はもちろん、気軽に体制批判をします。

朝鮮労働党の指示でも、非合理的なことがあればすぐに口答えしてしまいます。日本にいたとき、自民党政府を批判するような気持で金日成や労働党を批判してしまった方もいたようです。

北朝鮮で生まれ育った人々からみれば、これは信じられない奇行、愚行でした。

朝鮮労働党からみれば帰国者は潜在的な反党宗派分子(反体制派のことを北朝鮮はこう呼ぶ)です。

北朝鮮には全住民をその出自により差別する「成分」制度があります。核心階層、動揺階層、敵対階層の3つの成分があり、これにより物資の配給、進学、就職が区別されます。

殆どの帰国者は動揺階層に区分されたようです。金日成と朝鮮労働党に対する忠誠心が低く、動揺するとみなされたからです。

動揺するというより、人生には様々な選択肢があること、金日成や朝鮮労働党の命令とは違う生き方があること在日朝鮮人は実感として知っていました。これが危険とみなされたのです。

宮崎俊輔さんは上記著書で、帰国者は自由な思考ができるから危険視されたと述べています。

お前の夫は「学習」に行った―行方不明になった元在日朝鮮人は少なくない


体制への不満を口走ったことが監視役から当局に通報されれば、突如山間僻地に追放されてしまいます。日本の親族とは以降、一切連絡が取れなくなります。

僻地への追放を北朝鮮当局、労働党は、「学習に行く」と言います。ある日、夫が「学習に行った」と突然当局に言われ、その後二度と連絡が取れなくなってしまった日本人妻もいました。

林愛子さん一家がその後どうなったかは全くわかりません。90年代後半の「苦難の行軍」という飢饉のとき、御一家はどうしていたでしょうか。ハムギョン道ではかなりの餓死者が出ました。

昭和34年末より行われた在日朝鮮人による集団的な北朝鮮への渡航、帰国事業により北朝鮮へ渡った元在日朝鮮人とその家族は約93000人です。

日本人妻はそのうち約1800名でした。日本人妻のうち、再度日本の土を踏めたのは脱北して戻ってきた方を含めれば、1パーセントを越えているでしょう。

北朝鮮は住民の外国旅行を基本的に禁止しています。

外国へ行けるのは「外貨稼ぎ」のために建設現場などで低賃金重労働をする、当局が経営する料理店などで働く、工作員として策動する、韓国要人暗殺のために現地に行く方等です。

圧倒的多数の日本人妻は、親兄弟と生き別れになってしまいました。日本の親族が数千万円程度の寄付を在日本朝鮮人総連合会にした場合には、一時帰国を許可された例があるようです。

在日本朝鮮人総連合会関係者は日本人妻に「3年すれば里帰りさせてやる」と大嘘をついた


日本共産党がかつて、テロ国家北朝鮮をしつこく礼賛していたことを本ブログは繰り返ししてきました。

宮本顕治氏に至っては、北朝鮮がとんでもない人権抑圧国家であることを十分にわかっていても北朝鮮礼賛を繰り返しました。

宮本顕治氏は一人でも多くの在日朝鮮人を帰国させ、金日成の「奴隷」を増やすべく尽力しました。「地獄への片道切符」配布がそんなに楽しかったのでしょうか。

宮本顕治氏ら日本共産党員が昭和34年の帰国事業開始当時から北朝鮮の凄惨な現実を知っていたわけではありません。

「世界政治資料」臨時増刊「伸びゆく社会主義朝鮮」(1960年3月、日本共産党中央委員会発行)が出された頃なら、宮本顕治氏らも北朝鮮の現実をよくわかっていなかったでしょう。

昭和43年の訪朝時には、宮本顕治氏らはかなりの情報を得ていました。これは「北朝鮮覇権主義への反撃」(新日本出版社刊行)の不破哲三のインタビュー記事より明白です。

わかっていないなら、無責任な礼賛や宣伝を差し控えるべきでしょうが、共産主義者に共産主義国宣伝をやめろと言っても無駄です。

在日本朝鮮人総連合会の皆さんは、夫と共に北朝鮮へ渡る決意をした日本人妻に「3年すれば里帰りさせてやる」と言ったそうですが、これは大嘘でした。

日本人妻の中には、金日成に里帰りを直訴した方がいた


殆どの日本人妻には、数千万円もの寄付を在日本朝鮮人総連合会にする親族はいませんから、一時帰国すらできませんでした。政治犯収容所に連行されてしまった方もいます。

日本人妻の中には、金日成が現地指導に来たとき里帰りを直訴した方がいたらしい。剣徳鉱山というところでそういう「事件」があったとある脱北者から私は伺いました。

北朝鮮社会では金日成に直訴など、とんでもない違法行為です。「民族反逆者」のレッテルを貼られかねない。直ちに政治犯収容所とまではいかなくても、「山送り」になった可能性があります。

「山送り」とは、水道、電気がないような山間僻地の小屋のようなところに強制移住させられることです。そんな地域には配給などほとんどありませんから、何かの闇商売をやるしかない。

「学習に行った」日本人妻もいたことでしょう。

「楽園の夢破れて」著者関貴星氏の生き方に思う


北朝鮮へ渡った元在日朝鮮人らの惨状を、昭和35年8月に訪朝した関貴星さんは、そのときの体験談「楽園の夢破れて」を昭和37年に全貌社から刊行しました。

平成9年にこの本を「北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会」が復刻しました。

関貴星さんはこの本の刊行当時もその後も、在日本朝鮮人総連合会関係者から反動、スパイなどと罵られたそうです。

関貴星さんの著作は生前にはあまり顧みられませんでした。しかし関貴星さんが昭和37年に北朝鮮を徹底批判したことを、後世の私たちは忘れるべきではありません。

「楽園の夢破れて」がもっと多くの人に真剣に読まれていれば、日本人の朝鮮半島と在日韓国・朝鮮人に対する認識が変わっていたはずです。

日本政府は対北朝鮮ラジオ放送で金正日の女性関係を暴くべきだ


日本政府は北朝鮮に対し「対話と圧力」という方針にいまだに固執していますが、これを「圧力と思想攻撃」に転換すべきです。普通の「対話」が通じる相手ではない。

日本政府は対北朝鮮ラジオ放送で金日成、金正日を批判すべきです。

金日成が日本軍に討伐されてソ連領に逃げ込んだこと、金正日の女性関係を対北朝鮮ラジオ放送で放送すべきなのです。

金日成が、「朝鮮は偉大なソ連邦により解放された」と自ら論文で述べていたことを対北朝鮮ラジオ放送で指摘するのも面白い。北朝鮮の住民は、中国朝鮮族からその情報を得られます。

これをやれば、北朝鮮が直ちにラジオ放送をやめろ、さもなければ核攻撃を加えるというような脅迫をしてくる可能性があります。

そのとき日本政府は、「ラジオ放送をやめてほしければ横田めぐみ、有本恵子、増本るみ子さんらを返せ。返さなければ海外衛星放送で金正日の女性関係について放映する」と言えば良い。

これをやれば、テロ国家北朝鮮との「対話」「交渉」が始まるのです。金正恩、金予正は驚愕しうろたえるでしょう。これをやれば、労働党最高幹部さえ心中で喜ぶかもしれません。

労働党最高幹部には心中で、金正恩と妹金予正に激しい憎悪心を抱いている人物がいくらでもいるはずです。

金正日の女性関係が住民の中に広まれば、「最高尊厳」とやらの権威は地に落ちます。

「楽園の夢破れて」の一部を抜粋して引用します。関貴星氏の必死の叫びに、政治家の皆さんには耳を傾けていただきたい。

ところが社会主義の国、北朝鮮の現実はどうであったか。


社会はあまりにも階級的であり、党員と一般人民との差はあまりにもひどすぎた。そして自由であるべき人民は、共産主義を信奉するか共産主義に屈従しなければ、肉体も精神も自分の所有にならなかった。


北朝鮮では労働党員、とくに高級党員とさらにその上の特権階級だけが自由で、富貴で贅沢ざんまいの生活ができ、働く一般人民は一杯の冷麺を食うのにもびくびくしなければならない低賃金で苦しんでいた。







2016年7月17日日曜日

革命的階級は、反動的戦争の場合には、ただ自国政府の敗北を願いうるばかりである。政府軍隊の敗北は、支配階級にたいする内乱を容易にする(日本共産党の32年テーゼより抜粋)

帝国主義戦争の内乱への転化を目標とする日本共産党は、戦争の性質に適応してそのスローガンを掲げ、反戦活動を行わねばならぬ(「32年テーゼ」より抜粋。「日本共産党綱領文献集」掲載。発行は日本共産党中央委員会出版局、1996年)。


吉良よし子議員ら今の若い共産党員の皆さんにとって、80数年前の文書をいまさら持ち出されても困るかもしれません。自分たちには全く関係ない、と言いたいかもしれません。

若い共産党員の皆さんは、昔の日本共産党の文書を全く読みません。昔の共産党が実際にどんな主張をしていたのかを全く知らないで、駅前でビラを撒いているだけなのです。

図書館などで昔の共産党の「赤旗」掲載の声明や文献を調べてみるという知的誠実さが若い共産党員にはない。

北朝鮮の実態を、北朝鮮で長年生活していた脱北者の手記を読んで考えることができない在日本朝鮮人総連合会の皆さんと通じるものがあります。

80数年前には、宮本顕治氏や蔵原惟人氏、小林多喜二氏ら若者が共産党中央にいました。

革命運動に青春を捧げた彼らがどんな革命戦略を持っていたのか。何を思い、誰を信じていたのか。

小林多喜二氏はソ連の文芸理論に通じていた蔵原惟人氏を深く尊敬していました。「党生活者」からこれは明らかです。

吉良よし子議員ら若い共産党員は、昔の共産党員が信奉した文書は自分たちとは無関係だと本気で主張しますか?

本ブログでは何度も昔の日本共産党の文献を取り上げて論じていますが、共産主義運動の歴史を論じるなら当時の文献をきちんと読むべきではないでしょうか。

昔の日本共産党は、軍国主義政府の厳しい弾圧にも関わらず、主権在民を掲げ、平和と民主主義のために戦ったという類の宣伝を現在の日本共産党はしています。

これは大嘘です。

昔の日本共産党は、資金と「理論」を世界共産党(コミンテルン)に依存していました。昔の日本共産党は、スターリンとソ連共産党に忠誠を誓っていたのです。

外国から指示を受け、資金と武器を受け取り内乱を策している連中は売国奴かつテロリスト集団ではないですか。

「〇〇〇〇原理主義」「〇〇〇真理教」というテロリスト集団が主権在民、平和と民主主義のために戦っているわけがない。

〇〇〇〇原理主義の連中は、フランスやベルギー、欧州の平和と民主主義を守っていますか?

「32年テーゼ」は、大衆闘争を徹底的に行って帝国主義戦争を内乱に転化せよと明記しています。戦前も、戦後の一時期も宮本顕治氏らは一貫して「議会を通じての革命」を否定していました。

宮本顕治氏は武装闘争、テロの「理論家」だったのです。御本人の表現を借りれば、マルクス・レーニン・スターリン主義者です。

日本共産党はソ連に資金と「理論」で依存し、スターリンに忠誠を誓っていた


「32年テーゼ」と言っても、吉良よし子議員ら若い共産党員は何も知らないかもしれません。少し説明しておきます。

これは、宮本顕治氏ら戦前の日本共産党が信奉していた「革命戦略」の文書です。藤野保史議員ならきっとご存知です。

スターリンに対する宮本顕治氏の忠誠は、本ブログで何度も取り上げた宮本顕治氏の論考「共産党・労働者党情報局の『論評』の積極的意義」からも明らかです。

ソ連と日本が戦ったとき共産党員は当然、ソ連が勝つように日本で内乱を起こさねばなりません。共産主義者は、自国政府の敗北を願うのです。

「帝国主義戦争を内乱に転化せよ!」はロシア革命の頃のレーニンのスローガンです。「中国国民の解放」とは、中国共産党の勝利のために日本共産党は貢献せよという意味です。

今日の日本共産党が、自衛隊の装備の大幅削減を主張するのは、中国や北朝鮮が日本に侵攻した際、日本が負ければ日本革命にとって有利という判断があるからと考えたら、わかり易い。

吉良よし子議員ら若い共産党員にはそんな発想はないでしょうが、不破哲三氏や志位和夫氏ら最高幹部ならそれくらいの議論をしていてもおかしくない。

昭和43年1月の青瓦台事件のとき、当時の日本共産党最高幹部は「赤旗」記事とは全く異なる情勢判断をしていましたが、それを下部党員や「赤旗」読者には隠ぺいしていました。

日本共産党最高幹部が、下部党員に決して明かせない情勢判断や政策決定をしている場合もあるのです。聴濤弘氏(元参議院議員)なら、何か心当たりがあるかもしれません。

宮本顕治氏らは、日本を「人間抑圧社会」にするために獄中で長年闘争した


スターリンとソ連共産党は共産党を批判する人を「人民の敵」呼ばわりし政治犯収容所に連行する体制を32年テーゼの頃には確立していました。

これが悪名高き「プロレタリア民主主義」「ソビエト民主主義」です。

日本をソ連のような社会、今日の不破哲三氏の言葉を借りれば「人間抑圧社会」にするために日本共産党は戦ってきたのです。

「人間抑圧社会」建設のために、不屈の闘志で宮本顕治氏らは獄中闘争を行いました。

これは、昔の日本共産党員が金科玉条のごとく崇めていた「32年テーゼ」(日本における情勢と日本共産党の任務にかんするテーゼ)を読めば明らかです。

どういうわけか、共産主義者は「テーゼ」という語の入った文書を最重要視します。レーニンの「四月テーゼ」の影響でしょうか。

金日成にも「社会主義教育テーゼ」「農村テーゼ」など、「テーゼ」という語の入った論文があります。朝鮮学校の教育方針の基本は、「社会主義教育テーゼ」です。

テロリストは妄想の世界に生きている


昔の日本共産党員は大まじめに、「全国にわたり広範に、労働者農民兵士ソビエト」とやらを樹立することを考えていたのです。妄想の世界に生きていたとしか言いようがありません。

労働者農民兵士ソビエトをつくりましょう!と共産党員が呼び掛けて、はいそうしましょうと答えた人が一体何人いたのでしょうか。

テロリストは、自分たちだけで理解しあえる独特の術語を用いて現実とは無縁の、妄想の世界を心中に描きます。独特の術語を用いることにより、英雄になったような気分に浸れるのです。

内戦や「武装闘争」、要人暗殺などのテロはその世界の中では正当化されるのです。

現在の日本では、在日本朝鮮人総連合会関係者により構成されている非公然組織が、昔の日本共産党員のような発想で世界を把握し策動しています。

彼らにより、たくさんの日本人が拉致されました。彼らが、北朝鮮から派遣されて侵入してくる武装工作員と連携し、想像を絶するようなテロを断行する可能性があるのです。

大韓航空機の爆破を確認したとき、犯人の一人金賢姫は「自分たちは本当に偉大なことをやった!」と思ったそうです。

吉良よし子議員ら若い共産党員は「32年テーゼ」を少しは読むべきだ


「32年テーゼ」のうち、奇奇怪怪な術語のある文章を以下、抜粋して紹介します。吉良よし子議員ら若い共産党員が読めば、不気味に感じるだけかもしれません。

過激派、テロリストの妄想の世界ですからね。昔の共産党員がこれををいくら宣伝しても、世人には軽蔑されるだけだったでしょう。武装してソビエト政府をつくろうというのですから。

常識はないが、奇妙な理屈を延々と並べて妄想の世界をあたかも現実のように他人に見せる能力を持つ人が、優秀な革命家、共産主義者なのです。宮本顕治氏は優れた革命家でした。

下記に、若き宮本顕治氏、蔵原惟人氏らは心躍らせたことでしょう。

現在の時期にたいする主要な緊切な行動スローガンは次のごときものでなければならぬ。

(一)帝国主義戦争反対、帝国主義戦争の内乱への転化。

(二)ブルジョア=地主的天皇制の転覆。労働者農民のソビエト政府の樹立。

(途中略)

労働者農民の革命は、それが労働者農民兵士ソビエトの権力を樹立する場合にのみ勝利しうる。

革命的変革の諸関係の下で共産主義者にとっての欠くべからざる任務は、次のごとくである。

すなわち革命的情勢の存在するとき、なかんずく天皇制の転覆の瞬間において、全国にわたり広範に、労働者農民兵士ソビエトを樹立すること、ブルジョア=地主的独裁の完全なる粉砕(警官、憲兵、陸海軍兵士の武装解除、労働者農民の武装、プロレタリア赤衛軍の創設、議会や中央および地方の権力機関の解散、労働者農民による官吏の選挙制の実施、等々)のために闘争すること、これである。