2026年2月28日土曜日

国際共産党(コミンテルン)は1919年の結成以来、暴力革命の信奉者だったー不破哲三「日本共産党史を語る 上」(新日本出版社平成18年刊行)より)

 日本共産党の皆さんは、昔の日本共産党(国際共産党日本支部)が主権在民、戦争反対を掲げて平和と民主主義を守るために命がけでたたかったと信じています。

最近の日本共産党の皆さんは27年テーゼや32年テーゼを読んでいません。

若い日本共産党員は、昔の日本共産党(国際共産党日本支部)が議会制民主主義に基づいて、議会で多数を獲得して徐々に改革を進めていこうとしていたが、特別高等警察により弾圧されたと信じていると考えられます。

そもそも若い日本共産党員は、不破さんの著書ですら殆ど読んでいないと考えられます。

不破さんは、結成された頃の国際共産党をどう評価しているのかなど、考えた事もない方が多数ではないでしょうか。

不破さんは国際共産党の問題点を指摘したが、レーニンの革命理論を内緒にしている

さすがに不破さんは、レーニン全集や国際共産党に関する文献を読んでいますから、国際共産党日本支部が議会を通じての多数者による民主的変革を目指したなどとは書きません。

不破さんによれば、国際共産党結成のやり方には次の問題点がありました(前掲書pp. 85-87)。

第一は、創立大会で議会の多数を得ての革命、を原理的に否定した事です。

第二は、レーニンによる世界革命の勝利は近い、という情勢論を持っていた事です。

1919年にレーニンは、来年の夏には世界ソビエト共和国ができている、世界のいかなる力も、この勝利を押しとどめることはできないと演説を何度もしたそうです。

第三には、国際共産党が一つの党で、各国の党はその支部であるという組織形態です。

しかしこれらはどれも、レーニンの革命理論から導き出されるものです。不破さんはそれを内緒にしました。

帝国主義戦争を内乱に転化せよ、はレーニンの革命理論の真髄

第一の点は、帝国主義戦争を内乱に転化せよ、というレーニンの革命理論の中心的主張から必然的に導き出されます。暴力革命です。

国際共産党は結成以来、暴力革命の信奉者でした。

国際共産党は、選挙により議会で多数派となった政党を暴力的に排除する事を当然視していました。これはレーニンとボリシェヴィキが実際に行った事です。

内乱による権力奪取は議会制民主主義の否定そのものです。議会を尊重するなら、内乱など起こすべきではありません。

内乱を起こして議会を解体させるためには労働者や農民は武装せねばなりません。

32年テーゼは、レーニンの革命理論の中心的命題に依拠していました。こんな団体が危険視されたのはあまりにも当然です。

1919年(大正八年)頃にレーニンは、妄想に依拠してポーランド戦争を断行した

第二点です。レーニンは一体、何を根拠にこんな妄想を抱いたのでしょうか。レーニンはこの妄想に依拠し、ポーランド戦争を断行したと考えられます。

ポーランド人が赤軍を歓迎するはずもなく、赤軍は敗退しました。米国のソ連研究者Richard  Pipesは、ポーランドの後、レーニンは欧州諸国に侵攻していくつもりだっただろうと論じています。

国際共産党に参加した人々も、同様の見通しを抱いていたのでしょうが、一体何を根拠にそう考えたのでしょうか。

この10年ぐらい後に、世界恐慌、昭和恐慌が起きます。

その頃の庶民の暮らしは大変でしたが、武装してプロレタリア赤衛軍をつくりましょう、議会を解散させて労働者農民兵士ソビエトをつくりましょうなどという国際共産党日本支部の訴えに耳を傾ける人は稀だったでしょう。

失業対策としてプロレタリア赤衛軍、労働者農民兵士ソビエトなどという変な名前の団体結成を呼びかけるなど、常軌を逸しています。

不破さんは、ソ連共産党が各国の共産主義者を指導すべきではなかったと言いたい

第三点です。不破さんは、ソ連共産党が各国の共産主義者を指導すべきではなかったと言いたいのです。

これは国際共産党日本支部の皆さんと真っ向から対立する見解です。国際共産党日本支部の皆さんは、レーニンとボリシェヴィキを盲信していました。

レーニンとボリシェヴィキは世界で初めて革命を成功させ、労働者の祖国をつくった事になっていました。

ソ連は労働者の国になったという調子で、各国の共産主義者はソ連共産党を盲信しました。

徳田球一、渡辺政之輔ら指導部が繰り返しモスクワに行って指導を仰ぎました。

不破さんが共産主義者であるなら、ソ連の指導など受けてはならないと本気で思うなら、堺利彦、荒畑寒村ら国際共産党日本支部を早々とやめた方々を高く評価するべきです。

歴史にもしも、を論じる事は興味深いものです。

不破さんがソ連は各国の共産主義者を指導すべきでなかったというなら、国際共産党日本支部は存在すべきではなかったと論じるべきです。

それなら国際共産党日本支部を解散させた初期の指導部を高く評価するべきです。

昭和8年頃の日本人が、32年テーゼを実行したらどうなったか

歴史にもしも、ですが昭和8年頃、沢山の日本人が32年テーゼを信奉し、武装してプロレタリア赤衛軍とやらを結成したらどうなったでしょうか。

議会の解散に反対する人は反革命分子と見なされ、赤衛軍兵士により逮捕、投獄されたでしょう。

地主、富農、企業経営者や宗教家は搾取者とみなされ、赤衛軍兵士により全財産を没収されて追放されたでしょう。

レーニンとボリシェヴィキがロシアで断行した数々の野蛮行為を、国際共産党日本支部はやろうと策したのです。

不破さんはレーニンとボリシェヴィキによる蛮行の歴史と、それによって生じた犠牲者については一切言及していません。

全財産を没収されて追放されたロシア人の中には、凍死、餓死した方が相当数いたと考えられます。

親が先に死んだので、浮浪児となった子供も相当数いました。日本共産党が出来た頃、飢饉のロシアを救おう、という社会運動がありました。

レーニンとボリシェヴィキが国際共産党を結成したのは、沢山の庶民が飢餓に苦しんでいる時期でした。

内乱は沢山の犠牲者を出し、庶民の暮らしを徹底的に破壊します。

不破さんはレーニンとボリシェヴィキの蛮行の歴史について、著書では一切言及しませんでした。

いつの時代でも共産党は歴史を修正します。

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