2019年9月21日土曜日

吉見義明教授著「買春する帝国 日本軍『慰安婦』問題の基底」(令和元年岩波書店刊行)より思うー公娼、私娼も性奴隷論―

「軍慰安婦制度と国内の公娼制(貸座敷・娼妓制度)の異同をみておきたい。両者は公権力による女性の登録という点では共通しているが、それを軍が行うか、警察が行うかという違いがある。


前借金や年季での拘束、検梅の強制、選客の自由がなく、性売を拒否することができない、居住の自由がないなど、女性の基本的人権が侵害されている点は共通だった」(同書p213より抜粋)。


この本は、左翼人の中で慰安婦問題の権威とされている吉見義明教授の近著です。最も重要な記述は私見では上記です。

この後にも吉見教授はいくつか異なる点を挙げていますが、それらは大きな違いとは思えません。

簡単に言えば、公娼と慰安婦の違いはそれぞれの登録を警察が行うか、軍が行うかという点だと吉見教授は主張しています。

それならなぜ慰安婦が性奴隷で公娼は性奴隷ではないのか?と思う方もいるでしょう。

吉見教授は貸座敷娼妓制度では外出の自由、居住の自由、遊客を選択ないし拒否する自由がなく検梅が実施されていおり廃業の自由がなかったので、事実上の奴隷制だったと述べています(同書p244)。

すなわち、慰安婦だけでなく公娼や私娼も性奴隷だった、という見解です。

大日本帝国の性産業の歴史は、性奴隷の歴史でもあるという吉見教授のメッセージが込められているのでしょう。

吉見義明教授に問うー日本政府は公娼、私娼だった方々にも謝罪と補償をせよ、という結論になぜならないのかー


私はこの間twitterで、顧客が民間人か軍人かで、公娼と慰安婦が行った性的労働サービスに違いはないから、公娼と慰安婦を異なる存在と把握すべきでないと繰り返し主張してきました。

奇妙ですが、私のこの主張と吉見義明教授のこの本の上記の主張は、殆ど同じように思えてならない。

吉見教授がこれまでの著作で、慰安婦だけでなく公娼、私娼も性奴隷だと主張されていたかどうか、存じません。

吉見教授は日本政府が慰安婦に対し謝罪をすべきと繰り返し主張しています。

しかし公娼、私娼も性奴隷だったとお考えなら、日本政府はその方々に対しても謝罪と補償をすべきで、中高の歴史教育で日本の性産業の歴史、貸座敷娼妓制度について教えるべきという結論が出るはずです。

この本の面白い点は、慰安婦の前史という視点から公娼制度を語っている事です。これも、私はこの間twitterで繰り返し主張しました。

公娼制度の延長として、慰安婦制度が形成されたと考えられます。

吉見教授にお尋ねしたい。公娼や私娼も性奴隷だったのなら、日本政府はその方々に対し謝罪と補償をすべきという結論が出ませんか。

謝罪と補償をすべき性奴隷と、放置して良い性奴隷、という区別がつくとは私には思えない。

勿論私は、慰安婦が公娼や私娼と同様の存在であるから、謝罪や補償の必要は全くないと考えています。

慰安婦の存在が日韓会談で議題にすらならなかったのは、公娼や私娼の存在が議題にならなかったのと同様で、差別でも何でもありません。

性奴隷の人権はどうなる、という方もいるでしょうが、この時代に今の視点から人権が保障されていた職業がどれだけあったでしょうか。

兵士は勿論、炭鉱夫や港湾労働者(沖仲仕)の労働条件も過酷でした。労災という概念がない時代です。農民や漁民は、不作や不漁ならたちまち生活に窮した時代です。

昭和恐慌の頃の農村で、業者に売られた娘、作男として豊かな農家に売られた男の子は一体どれくらいいたのでしょうか。

吉見教授のこの本を高く評価している池内さおりさん(日本共産党前衆議院議員)は、慰安婦と公娼、私娼は皆性奴隷だったという見解に賛成なさっているのでしょう。

それなら池内さおりさんは、公娼や私娼だった方々にも日本政府は謝罪と補償をすべきと主張するのが筋ではないでしょうか。

朝鮮半島の性産業史とその背景ー妓生と地主・小作人制度


朝鮮半島から慰安婦が沢山出た背景の一つは朝鮮総督府による公娼制度導入です。公娼制度導入により、遊郭が形成されました。

そこで性的労働サービスを供給、販売する企業の経営方式を学んだ方がいたのでしょう。性産業の企業の経営者層がここから形成されたと考えられます。

ここからも、慰安所を経営する方が出たと考えられます。

性的労働サービスを提供する労働者の供給源は、当然ですが農村です。日韓併合期には、都会と言えるような地域はあまりない。

ソウルと釜山くらいでしょうか。

朝鮮半島の農村では、地主の力が非常に強く、小作人が貧しい生活をしていました。

貧しい家庭の娘の中には、親により業者に売られたので妓生や慰安婦にならざるを得なかった方が沢山いました。

この本の第Ⅲ章の2「朝鮮での性買売の拡大」には、日露戦争以後朝鮮半島に進出した日本軍人を相手にする業者も朝鮮半島で増えたこと、日本漁民の朝鮮進出により、女性を連れた接客業者が朝鮮半島に移動した事が指摘されています。

日本軍人や、漁民を顧客として性的労働サービスを提供した方々には、農村の貧しい家庭の娘たちも少なからずいたのでしょう。

性的労働サービスを提供する労働者は、どういう背景があってその仕事に就くことになったのか。

歴史学者なら、それも検討するべきではないでしょうか。

左翼歴史学者は、慰安婦の方々が慰安婦という道を選択せざるを得なかった社会的背景をあまり問いたがらないように思えます。

勿論、一冊の本で大日本帝国の性産業形成歴史の全てを記すことなど無理ですが。

吉見義明教授に問うー企業慰安婦制度とは何か


この本のエピローグ(p248)に、企業慰安婦制度、という語があります。この語が何を意味しているのか、よくわかりません。

p247に、エンタテイナーなどの名目で海外から女性が連れてこられ、性売強制と搾取が行われるようになった、という記述があります。

企業慰安婦制度という語が、外国から業者に騙されて連れてこられた女性が、性的労働に従事するようになった例を指しているのなら、そういえば良い。

企業慰安婦制度、などという語を作ると、現代日本の各企業に慰安婦、慰安所が存在するのかと誤解されてしまいます。

企業の管理下で性的労働に従事している女性は企業慰安婦だという意味なら、現代の性産業で何らかの性的労働サービスを提供している方々は皆、企業慰安婦です。

この本にも出てくる、飛田新地で働く方々を企業慰安婦と吉見教授は考えているのでしょうか。

この方々には廃業の自由や居住地決定の自由はありますから、性奴隷ではないが企業慰安婦だ、と吉見教授は主張したいのでしょうか。

企業慰安婦制度という語の定義について、吉見教授に御説明頂きたいですね。

0 件のコメント:

コメントを投稿