2019年8月1日木曜日

日本共産党は朝鮮労働党の南進論を批判してきたのか―宮原たけし氏(日本共産党元大阪府議)の呟きより思う

「ウソつかないで。日本共産党は、北朝鮮の南進論を1967年から批判してきた日本でただ一つの党」(7月20日の宮原たけしさんのツイッターより)。


宮原たけしさんのこの呟きは、私が日本共産党本部に対して発した呟きのうち、「日本共産党は朝鮮労働党の南朝鮮革命を支持してきました」という部分に対して発せられたものと考えられます。

本ブログでは何度か取り上げていますが、日本共産党は朝鮮労働党との共同声明で、朝鮮労働党の南朝鮮革命路線への支持を表明していました。

昭和41年3月21日の共同声明は小島優編「日中両党会談始末記」(新日本文庫、p306-319)に掲載されています。

この件は宮原たけしさんにツイッターで返しましたから、宮原さんは既にこの本を参照なさったかと存じます。

日本共産党は朝鮮労働党の「たたかい」に全面的な支持を表明した


このときの共同声明には、朝鮮労働党の南朝鮮革命路線に関して次の記述があります。

「日本共産党は、アメリカ帝国主義と、それに追随する佐藤内閣の朝鮮民主主義人民共和国敵視政策を断固として非難し、国の自主統一をめざす朝鮮労働党と朝鮮人民のたたかいに全面的な支持を表明する。

日本共産党はアメリカ帝国主義との対決の東方の最前線に立って、国の社会主義建設と防衛を意気高くおしすすめている朝鮮労働党と朝鮮人民のたたかいが、平和と社会主義の事業にとって大きな貢献となっていることをみとめる。」

日本共産党の日韓条約粉砕論は嫌韓言論の元祖


日韓条約については、共同声明は次のように述べています。

「両党の代表団は、さきごろ佐藤内閣と南朝鮮の朴正熙一味との間に結ばれた『日韓条約』は不法、無効のものであり、粉砕されなければならないとつよく主張する。

『日韓条約』は、日朝両国人民の利益に反し、アジアと世界の平和をおびやかすものである。」

昔の日本共産党は、大韓民国の存在を否定し、朴正熙一味などと失礼極まりない宣伝をしていました。

嫌韓言論、韓国へのヘイトスピーチの元祖は日本共産党だ、とも言えそうです。

宮原たけしさんは、昭和22年生まれで京大文学部卒とHPに出ています。大阪府議を七期務められた方です。

いつ日本共産党に入られたのかはわかりませんが、京大の学生だったときなら、日韓条約締結時(昭和40年)とほぼ同時期です。

宮原たけしさんが若い頃の御自分の姿を思い出して下さったら、そういえば昔の日本共産党は日韓会談、日韓条約粉砕論者で金日成と朝鮮労働党を礼賛していたな、と思い出せるはずですが。

日韓条約の少し前に、日本共産党と在日本朝鮮人総連合会の宣伝を信じてたくさんの在日朝鮮人が北朝鮮に帰国したことを、宮原たけしさんが知らないとは思えません。

たつみコータローさんや、わたなべ結さんならこのあたりの事を一切ご存じない事でしょう。

ところで昔の日本共産党の主張に従い、日韓条約を粉砕、破棄したら在日韓国人の法的地位はどうなるのでしょうね。

私は法律をあまり知らないので、確かなことは言えませんが在日韓国人が定住権を失ってもおかしくないと思えます。

日韓条約破棄なら韓国と事実上、断交することになりますから。

日本共産党員に必要なことは、自らの歴史を、日本共産党の一昔前の文献により素直に振り返ることではないでしょうか。

歴史に背く潮流に未来はない、と宮本顕治氏は著書で宣伝していました。

宮本顕治氏は北朝鮮が武力南進策をとっていないと宣伝した


その宮本顕治氏は昭和45年1月1日の「赤旗」インタビュー記事「歴史的課題の実現に大きく進む年に」で次のように述べています。

「朝鮮民主主義人民共和国が、南北朝鮮の民主的平和的統一を一貫して追求しており、いわゆる武力南進策をとっていないことは明白です。」(「日本共産党の立場1」新日本文庫、p148)。

宮原たけしさんならこのインタビュー記事を思い出せるはずですが、いかがでしょうか。

朝鮮労働党の南進論批判と正反対の見解を宮本氏は「赤旗」で表明したのです。「北朝鮮 覇権主義への反撃」に出てくる話と、ほぼ正反対ですね。

宮原さんとどこかでお会いできたら、見解をお伺いしたいと思っています。

2019年7月31日水曜日

日本共産党はプラハの春(昭和43年)でチェコスロバキア共産党による「ブルジョア民主主義の導入」を反社会主義勢力に活動の自由を与える重大な右翼的誤りと断じた。

論文「チェコスロバキアへの五か国軍隊の侵入問題と科学的社会主義の擁護」(「赤旗」昭和43年10月1日掲載論文より。「日本共産党重要論文集7所収、同書p241)。


最近の若い日本共産党員は、日本共産党の真の歴史を殆ど知りません。

本ブログで6年くらい前に「プラハの春(1968年)と日本共産党」と題して、チェコスロバキアでソ連に抗する市民が立ち上がった「プラハの春」と当時の日本共産党の主張について論じました。

今回はこの繰り返しですが、昭和43年当時、ソ連が自由化を求めるチェコスロバキアに軍隊を送り、市民を徹底弾圧したことを日本共産党はこの論文で強く批判しています。

しかし上記のように、日本共産党は社会主義国で「ブルジョア民主主義の導入」、すなわち無制限の「表現の自由」「出版の自由」「集会や結社の自由」を認める事を反社会主義勢力に活動の自由を与える重大な右翼的誤り、と断じたのです。

この件、宮本徹衆議院議員、清水ただし衆議院議員は御存知だったでしょうか。

昔の日本共産党は社会主義での「表現の自由」「出版の自由」許可を右翼的誤りと断じた


以下、この論文の当該箇所を抜粋して引用しておきます。

心ある日本共産党員の皆さんには、「日本共産党重要論文集7」(日本共産党中央委員会出版局}で御確認頂きたい。

「行動綱領」とは、この年の4月にチェコスロバキア共産党が中央委員会総会で採択した綱領です。上記論文の重要な記述は以下です。

「たとえば『行動綱領』は社会主義的民主主義の具体化として、無制限の『表現の自由』『出版の自由』『集会や結社の自由』を宣言したが、

これは社会主義的民主主義の名で事実上ブルジョア民主主義を導入する『純粋民主主義』(レーニン『ブルジョア民主主義とプロレタリアートの独裁とについてのテーゼと報告』1918年、全集第28巻、493ページ)であり、

反社会主義勢力に活動の自由を与える重大な右翼的誤りである」。

この論文は、当時の日本共産党が、社会主義社会での自由と民主主義を求める市民を「反社会主義勢力」と規定していたことを見事に示しています。

この時期の日本共産党は、ソ連を大国主義と批判していましたが、ソ連共産党が国内で出版の自由や表現の自由、集会や結社の自由を徹底制限していることは、レーニンの路線に基づいているとみなし高く評価していたのです。

宮本顕治氏、不破哲三氏ら当時の日本共産党指導部はソ連を被版していましたが、それでも社会主義を達成したという理由でソ連への思いがまだまだ残っていたのです。

勿論志位和夫氏は。この論文を百も承知です。

この論文も、今の日本共産党指導部にとっては内緒にしておきたい文献でしょうね。

宮原たけしさん(日本共産党元大阪府議)は青年期、この論文を読んでいたのでは


宮原たけしさん(日本共産党元大阪府議)ならこの論文が出た当時、じっくり読まれたのではないでしょうか。

宮原さんは、大阪府議を七期も務められた方です。

私は先日ツイッターで宮原たけしさんはから、昭和43年1月の「青瓦台事件」に関して嘘つき、という御指摘をいただきました。

すぐにツイッターで反論しましたが、残念ながらいまだ反論がありません。

宮原さんは他人を誹謗する暇があるなら、御自分が歩んできた日本共産党の歴史を、昔の文献を読みなおして再考されるべきではないですか。

山添拓参議院議員、たつみコータローさんにも是非この論文を熟読して頂きたいものですね。

昔の「赤旗」「前衛」は日本の左翼運動の歴史を考える際にも、重要な資料です。

2019年7月7日日曜日

昔の日本共産党はハンガリー事件でのソ連軍介入、民衆の虐殺を支持した―宮本顕治「ハンガリー問題をいかに評価するか」(「わが党のたたかった道」日本共産党中央委員会出版部発行。昭和36年)より思う

「ソビエト軍隊の出動は、いずれもハンガリー政府の要請にもとづき、両国主権の合意としてワルシャワ条約機構の精神に立って、平和と安全保障のためにハンガリー人民の真の民族的利益と平和的労働、主権擁護のために行われたのであります」(上記宮本論文より抜粋。同書p286-287)


今の日本共産党員は殆ど知らないようですが、宮本顕治氏は、ハンガリー事件でのソ連軍による民衆弾圧を擁護しました。

この事件は反革命分子の武装蜂起だから、プロレタリア国際主義というワルシャワ条約機構の精神に立ってソビエト軍がハンガリーで出動するべきだった、という話です。

勿論これは、宮本顕治氏の個人的な見解ではなく、日本共産党の見解です。

ハンガリーの知識人、労働者はプロレタリア国際主義のために死ね、という見解とも言えます。

ソ連軍は社会主義共同体を守る聖なる軍隊と当時の日本共産党員は盲信していたのでしょう。

ハンガリーは一時的に複数政党制に復帰したが、ソ連軍介入で蜂起した市民は虐殺かシベリア送り


ハンガリー事件が起きたのは、昭和31年秋です。日本共産党がこの事件に対する見解を変更したのは確か、昭和57年頃です。

昭和31年2月にのソ連邦共産党第20回大会でフルシチョフによるスターリン批判がなされました。この影響で、ポーランドとハンガリーで市民蜂起が起きました。

ハンガリーは一時的に複数政党制に復帰しましたが、これをソ連共産党が放置するはずがありません。

この事件の詳細については、小島亮「ハンガリー事件と日本」(中公新書)の序章が詳しい。

この本によれば、11月4日のブダペスト攻撃でソ連は機械化師団総計12、戦車2500台、装甲車1000台と歩兵を伴う大部隊をでハンガリーを制圧しました。

ソ連軍は都市部で無差別破壊を行い、捕虜は虐殺するかシベリアに送りました(同書p18-19)。

宮本顕治氏ら当時の日本共産党はソ連軍の介入により反革命分子が粉砕され、ハンガリーの社会主義が守られて良かった、と考えたのです。

独映画「僕たちは希望という名の列車に乗った」を観た日本共産党の宮本徹議員と池内さおりさんは宮本顕治論文を御存知なのか


最近開封されたドイツ映画「僕たちは希望という名の列車に乗った」はこの事件の影響を受けた東独の学生たちの姿を描いているらしい。

残念ながら私はこの映画を観ていません。

日本共産党の宮本徹議員と池内さおりさんがtwitterで良い映画だったと発信されていました。

とても良い映画なのだろうと私も思いますが、お二人とも事件当時の日本共産党がソ連軍のハンガリー介入、民衆虐殺を支持した史実を御存知なかったらしい。

宮本顕治氏の著作をきちんと読んでいればこれはすぐにわかるのですけれど。反革命分子はソ連に殺されて当然、などという昔の日本共産党の発想は異様です。

昔のハンガリーは市場的社会主義の旗手だった


私事ですが、私は早大の学生だった頃、ブダペストに旅行で行きました。三十数年前です。1ドルが240円くらいだったと思います。

その頃、「地球の歩き方」という本が出版され始め、夏や春の休みにリュックをしょって欧州を旅する大学生が増えてきたのです。

当時のハンガリーは、市場的社会主義を掲げ、経済の自由化をかなり進めていました。

ハンガリーの経済学者、コルナイ・ヤーノッシュの「不足の経済学」を読んだ私は、行ってみようと思い、アルバイト代を貯めて行ったのです。

ハンガリー語は全くわかりませんでしたが、市場経済化がかなり進行し、商品の不足など殆ど感じられませんでした。

ソ連共産党は、ハンガリーが対外路線でソ連を支持するなら、国内では自由化を進めても良いと判断したのでしょう。

ユーゴスラヴィアと共に、市場的社会主義の旗手だったハンガリーはその後、資本主義経済化しました。

最近は極右翼が台頭しているようです。

結局、市場的社会主義とは幻想にすぎない。資本主義経済化するのは当然です。搾取制度を廃止した社会主義経済など存在しえないのです。

若き不破哲三氏はユーゴスラヴィアの市場的社会主義論を「市場関係の自由な発展をつうじて社会主義を建設するというこの構想は非科学的で反マルクス主義的だ」と論じました(マルクス主義と現代修正主義」大月書店昭和40年刊行、p48)。

若き不破氏の市場的社会主義批判は、市場に強い社会主義を目指す今の日本共産党の路線への批判としても通用します。

今の日本共産党員や同党を支援する経済学者は、東欧に市場的社会主義を掲げて実行した国があったことを忘却してしまったようですね。

左翼勢力は共産主義国の凄惨な歴史から学ぶべきだ


左翼勢力が長期的な退潮から脱却するためには、社会主義を目指すという発想を放棄し、よりましな資本主義経済を建設するために貢献すべきです。

勿論、資本主義経済は本質的に不安定です。この不安定性を軽減するために、国家権力の強化が必要です。

日本の左翼は、日本国家の維持と発展に貢献する、という視点を持つべきなのです。

社会資本を地道に建設せねばならないのですから。社会資本は最大の安全網です。

社会資本建設のためには、中央銀行の国債大量購入も必要です。強力な自衛隊は日本国家維持のために必要不可欠の社会資本です。

これを左翼知識人や運動家に認めよ、というのは所詮無理ですね。

中国共産党、朝鮮労働党が安倍内閣を批判しているから平和勢力であると思い込んでいる左翼知識人、運動家はいかんともしがたい。

結局、今も昔も左翼知識人や左翼政治家、運動家は共産主義国による知識人、運動家の弾圧を擁護ないしは黙殺する点で共通している。

昭和31年から60数年、彼らは何も学んでいない。









2019年5月1日水曜日

日本人拉致問題について、東京朝鮮中高級学校美術部の皆さんの呟きより思うー在日本朝鮮人総連合会の皆さんとの対話を進めよう―

「既に朝鮮民主主義人民共和国が報告書を提示しました。そこに拉致被害者のうち、生存者は見つからなかったとあります。


それがいやならご自分で生存者がいることを証明してください。


我々は答えを出しております。いくらわめいても無駄なのです。あなたはここで意地をはることしかできないのですか。」


これは、東京朝鮮中高級学校美術部の皆さんが、twitterで少し前に発表した日本人拉致問題についての見解です。

残念ながら、今は削除されています。

私は本ブログやtwitterで繰り返し、朝鮮学校の最も基本的な教育方針が金日成の社会主義教育テーゼであること、朝鮮学校は子供たちに、首領への絶対性、無条件性の忠誠心を育む教育をしていることを主張してきました。

朝鮮学校の教育の成果の一つが、この呟きによく表れています。北朝鮮が発表した文書は朝鮮学校教職員と生徒の皆さんにとって神聖不可侵なのです。

それは偉大なる首領様の見解なのですから。

東京朝鮮中高級学校美術部の皆さんは、北朝鮮が発表した報告書は神聖不可侵な文書だから、それを日本人は絶対性、無条件性をもって受け入れるべきだと考えている。

「我々は答えを出しております」とは、この報告書を指すのでしょう。

拉致した日本人は全員死んだのだから、日本人はいくらわめいても無駄だ、意地をはるなという主張です。

この呟きから私たちは、朝鮮労働党、在日本朝鮮人総連合会がどんな団体かを窺い知ることができます。

東京朝鮮中高級学校美術部の皆さんが、日本人拉致問題についてどう思っているかを率直に呟いて下さらかったら、私たちは朝鮮学校で日本人拉致がどう教育されているか、想像しにくかった。

朝鮮学校では概ね、上記のように日本人拉致問題が教えられているのではないでしょうか。

そんなことはない、と在日本朝鮮人総連合会や、朝鮮学校の生徒さんが主張されるなら、実態を発表していただきたい。

それぞれの見解を発表していくことにより、相互理解が深まるのではないですか。

在日本朝鮮人総連合会の皆さんとの対話は大事だと私は考えています。

東京朝鮮中高級学校美術部の皆さんは北朝鮮の政治犯収容所を御存じなのか


以下は萩原遼「北朝鮮似消えた友と私の物語」(文春文庫)に依拠しています。

東京朝鮮中高級学校美術部の皆さんはご存知ないでしょうが、皆さんの大先輩で北朝鮮に刻した方が、政治犯収容所に連行され亡くなっています。

昭和19年生まれの金泰元さんは16歳のときに済州島から日本に来ました。密航者だったので、多少のブランクのあと、貴校の高校二年生になりました。

金泰元さんが高校三年になった昭和37年には帰国者数が激減してしまいました。

金泰元さんは帰国すればモスクワ大学に留学できる、という総連幹部の言葉を信じて、北朝鮮に帰国しました。

金泰元さんは帰国後、金日成総合大学に合格、卒業して昭和43年には中央鉱業研究所に配属されました。

これは北朝鮮社会ではそれなりのエリートの地位です。

しかし、金泰元さんはどういうわけか、妻に「夫が不穏思想を抱いている」と密告され、政治犯収容所に連行されてしまいました。

昭和47年7月頃の事です。理由は、兄の金民柱さんが米国のスパイで、二人の弟や他の在日朝鮮人をスパイとして北朝鮮に送ったからだそうです。

これは、金民柱さんのもう一人の弟、金泰訓さんからの手紙で明らかになりました。残念ながら、金泰元さんは収容所で「ペラグラ病」という栄養失調の病で亡くなりました。

北朝鮮に帰国して行方不明になった方と政治犯収容所について、朝鮮学校教員に質問しよう


東京朝鮮中高級学校美術部の皆さん。

北朝鮮は日本人を拉致してきただけでなく、500名程度の韓国人も拉致しています。

北朝鮮国内でも、不穏思想を抱いている、スパイの疑いがあるなどの理由で公安当局がある日突然、政治犯収容所にその人と家族を連行してしまうのです。

朝鮮労働党が人間を拉致、強制連行することは「共和国の自主権」なのです。

相当数の帰国者(元在日朝鮮人)が行方不明になっています。行方不明になった親族を、在日朝鮮人は「山へ行った」という隠語で表現します。

「山へ行った」という隠語をご存知かどうか、朝鮮学校教員の方々に質問してみたらいかがでしょうか。

共和国には政治犯収容所があるのですか、と質問なさったらいかがですか。

行方不明になった元在日朝鮮人については、自分で生存していることを証明してください、いくらわめいても無駄だ、という類の答えが来るかもしれませんが。





2019年4月29日月曜日

萩原遼「北朝鮮に消えた友と私の物語」(文芸春秋、平成10年刊行)より、大阪の在日朝鮮人教育者韓鶴ス氏一家の悲劇を思う。

「1972年、韓鶴ス氏は「反党反革命分子」の烙印をおされてヨドックにある強制収容所に入れられた。


一家5人もろとも収容所送りである。まもなく韓鶴ス氏は殺された。夫人も発狂して絶命した。三人の子供たちはその後かろうじて生きて出所した」(同書15、弟からの手紙より抜粋)。


この本は、「ソウルと平壌」の続編ともいえるでしょう。

萩原さんと、済州島出身の金民柱氏の生涯を語る中で、金日成、金正日と朝鮮労働党による過酷な人権抑圧を告発しています。

私が金民柱さんを知ったのは、「北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会」に参加する少し前に、「ソウルと平壌」や「月刊Asahi」で二人の弟さんの件を訴える文章からでした。

小川晴久東京大学教授のご紹介で、東京大学駒場のどこかの教室で初めてお会いしたように思います。もう23年くらい前になってしまいます。

「北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会」の会合でお会いしたのです。

穏やかなお人柄と同時に金日成と朝鮮労働党への激しい怒りを、会合の中で感じ取ることができました。

「守る会」関西支部結成の集いで、金民柱氏は韓鶴ス氏一家の悲劇を話した


少しあとに「北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会」関西支部の結成の集いで、金民柱氏は大阪の在日朝鮮人内ではよく知られた方の悲劇として、韓鶴ス氏の話を紹介されました。

金民柱氏の弟金泰訓さんは五年七か月の収容所生活後に、収容所で知り合った韓鶴ス氏の娘、韓ミナさんと結婚しました。

韓鶴ス氏は大阪朝鮮高校の校長を経て、大阪の在日教育全般の指導にあたっていた昭和46年9月、「在日朝鮮教育者代表団」の一員として北朝鮮に送られてしまいました。

夫人の李明子さんは作家でした。娘の韓ミナさんと2人の弟はすでに帰国していました。

収容所を出てから韓ミナさんは義兄の金民柱氏に、次の手紙を送りました。

「泰元さんと父とは同じ境遇にあります。父のことは一家にとって名誉なことです」。

金日成と朝鮮労働党に抗して筋を曲げなかった父、韓鶴ス氏のことを娘さんは何とかして日本に伝えようとしたのです。

高齢の大阪の在日本朝鮮人総連合会幹部なら、韓鶴ス氏のことをよく知っているはずです。

在日本朝鮮人総連合会関係者は、韓鶴ス氏一家は民族反逆者だから政治犯収容所に連行されて当然だ、くらいに考えているのでしょうね。

朝鮮学校で北朝鮮の政治犯収容所と反党反革命分子の処刑について教えるべきだ


在日本朝鮮人総連合会の働き手(イルクン。専任職員のこと)と朝鮮学校教職員の皆さんは、全社会の金日成・金正日主義化の一環として教育活動をなさっています。

これは朝鮮学校の生徒たちの心に、金日成民族としての誇りと自覚を培い、金日成、金正日の指令を絶対性、無条件性をもって実行する人物にする教育です。

在日本朝鮮人総連合会の皆さんは、朝鮮学校に無償化が適用されていないのは日本による差別だ、と主張しています。

日本人はつべこべ言わずに全社会の金日成・金正日主義化に金を出せ、という話です。朝鮮学校の教育内容を日本人が批判するのを、在日本朝鮮人総連合会は許容しない。

繰り返しますが、地方自治体は全社会の金日成・金正日主義化のための教育に公金を支出すべきではありません。

朝鮮学校では、北朝鮮の政治犯収容所及び反党反革命分子の処刑について子供たちに教えるべきです。

朝鮮学校の生徒だった方の中に、スパイ、民族反逆者の汚名を着せられて政治犯収容所送りにされてしまった方がいるのですから。

勿論、朝鮮学校では、政治犯収容所や政治犯の公開処刑などタブーでしょうね。

張成澤の処刑については、何か教えているのでしょうか。これも疑問です。

北朝鮮の住民から見れば、政治犯収容所の存在や政治犯の処刑を無視して金日成、金正日そして金正恩を礼賛する在日本朝鮮人総連合会関係者は異様な人間です。

在日本朝鮮人総連合会関係者による金日成、金正日、金正恩礼賛が、北朝鮮の住民を帰国者嫌いにする一つの要因になっていることを指摘しておきたい。



2019年4月28日日曜日

萩原遼「ソウルと平壌」(大月書店、平成元年刊行)より思う

ーゆきゆきて 倒れ伏すとも 萩の原ー


萩原遼さんがお亡くなりになって早や、一年半くらいになる。

萩原遼とはペンネームで、松尾芭蕉の弟子、曽良の句からとったものであると本書の「日本、朝鮮、そして私」の章に記されている。

歩み続け、たとえ倒れたとしても萩のしとね、という楽天性から取ったとのこと。

私が萩原さんと初めてお会いしたのは「北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会」に参加した23年くらい前のことなので、萩原さんの生涯を知るものではありえない。

「ソウルと平壌」及びその続編ともいえる「北朝鮮に消えた友と私の物語」(文芸春秋、平成10年刊行)から窺い知る萩原さんの生涯を勝手ながら想像すると、この句どおり、歩み続け、萩の原(人民の海原)に倒れた方だったと思えてならない。

萩原さんが人民の海原に倒れ伏した、とは萩原さんが朝鮮半島の現状を、金日成、金正日と朝鮮労働党に抑圧される民衆の立場から描き、世界に訴えるジャーナリストだったからである。

無実のスパイ罪で収容所に送られたり、殺されたりする帰国者が少なくない事実をどう理解すればよいのか(同書「北から」の10 巨大な虚偽の社会その二、より)


「ソウルと平壌」で萩原さんは、北朝鮮の政治犯収容所の存在を訴えている。

この本は30年前に出版されているのだから、北朝鮮社会の恐るべき人権抑圧についてはまだまだ知られていなかった。

人権抑圧の典型と言えるのが、政治犯の処刑および政治犯収容所の存在である。

これを最も早くから全力で訴えてきた萩原さんは、人民の海原に志半ばにして倒れた方と評されるにふさわしい方だった。

同書には、帰国させた2人の弟のうち、一人がスパイ罪で消された金民柱氏の話が記されている。この本から、抜粋して紹介する。

金民柱氏の弟、金泰元氏は昭和19年生まれ。昭和37年5月21日、18歳のときに北朝鮮に帰国した。

金泰元氏は北朝鮮の学校を卒業後、鉱業研究所に配置された。

金泰元氏は昭和44年3月に発表された金日成の「社会主義経済のいくつかの理論的問題について」に対する疑問を記した兄の民柱氏への手紙を、当時訪朝した在日朝鮮人に託したという。

「読んだ瞬間、私は危ないと思った。弟の消息が絶えたのはその直後です」。金民柱氏はは萩原氏にそう語っていた。

金民柱氏は知古の萩原氏が「赤旗」特派員として平壌に滞在することになった際、弟の消息が何とかわからないかと伝えたのだろう。

萩原氏は平壌についてまもない昭和47年5月に、ホテルから金泰元氏が住んでいるというアパートを訪ねたが、何の手掛かりも得られなかった。

金民柱氏はその後も独力で調査を続けた。その結果、弟さんは「統制区域」に送られていたことがわかった。

「統制区域」とは朝鮮の辺境に設けられた政治犯の一大収容所である、と「ソウルと平壌」には記されている。

この認識は、金民柱氏の聞き取り調査の結果でもあるのだろう。

金民柱氏は70年代半ばに訪朝した在日朝鮮人に、そのアパートに住んでいた帰国者(元在日朝鮮人)のところを訪ねてもらった。

その結果、弟の金泰元氏が一夜のうちにもっていかれた、という話を聞いたそうである。

住民間に徹底した監視網が形成されている北朝鮮社会の実態を把握するためには、監視者がいないところで住民が旅行者(殆どは在日朝鮮人)に話す内容は貴重な情報であった。

行方不明になった帰国者(元在日朝鮮人)は「山へ行った」


帰国者の中に、行方不明になるものがいる。彼らの身に何が生じたのか。

「地上の楽園」「千里馬の勢いで社会主義を建設する共和国」に渡った親兄弟となぜ突然、一切の連絡がつかなくなるのか。

在日本朝鮮人総連合会関係者は突然行方不明になった帰国者のことを「山へ行った」と表現する。

在日本朝鮮人総連合会関係者の中で、必死の調査をした方は少なくない。その結果、彼らは人里離れた地域にある早朝突然、連行されたらしいことがわかってきた。

この情報は北朝鮮を訪問した在日朝鮮人が、現地の親族や知人より何とか得たものある。

北朝鮮の裁判所の判決など、公的機関が発行した書類により判明したものではない。

北朝鮮では、「政治犯」は当局により「革命化」の対象とされるものと、「革命化」されうる可能性がないと当局に判断されたものに区分されている。

前者は「革命化区域」と呼ばれる収容所に連行される。ここで何年もの過酷な囚人労働を強制された後、「革命化された」と判断されたら一般社会に戻ることができる。

後者は処刑されるか、「完全統制区域」と呼ばれる収容所に連行され、死ぬまで囚人労働を強制される。

ベネズエラの詩人アリ・ラメダは七年間、政治犯収容所で強制労働


「ソウルと平壌」には、ベネズエラ共産党員で詩人のアリ・ラメダ氏が昭和42年9月27日に、宿舎から9人の公安に連行されたと記されている。

アリ・ラメダ氏が住んでいた宿舎は萩原氏が住んでいた宿舎と同じ場所だったという。萩原氏は連行の様子を、目撃者から聞いたと記している。

目撃者とは、萩原さんの前任特派員であろう。このいきさつを、アムネスティ・インターナショナルが発行した報告書を引用して萩原さんは詳細に記している。

アリ・ラメダ氏は公安に連行されてから毎日12時間も尋問され、自白が強要された。監房は幅1メートル、奥行き2メートル、高さ3メートル。食事は一日300グラム。

一日のうち16時間は起きていなければならない。眠ると犯した罪を反省できなくなるからだそうである。

アリ・ラメダ氏は政府の招待で北朝鮮に来たのであり、CIAのスパイ等馬鹿げた話だ、と反論したが決めつけられ、連日囚人労働を課された。

ベネズエラ政府が積極的に動いた結果、昭和49年5月に釈放された。

「拉致は疑惑の段階でしかない」と断言した不破哲三氏は、金正日、金正恩の真の友


日本共産党は、萩原さんの前任特派員から、北朝鮮では外国人といえどもある日突然、公安によりどこかに連行されてしまうという情報を得ていたはずだ。

萩原さんが平壌を追放になった一部始終も、宮本顕治氏、不破哲三氏ら当時の日本共産党最高指導部は報告により知っていた。

相当数の帰国者が行方不明になっていることも、在日朝鮮人から情報を得ていたはずだ。

北朝鮮の蛮行は、日本の警察が犯人逮捕に用いるような手法で実証できなければ何にも言えない、という不破哲三氏、緒方靖夫氏の手法は、大韓航空機爆破を北朝鮮の所業と喝破した宮本顕治氏のそれとは大きく異なる。

今の韓国には、政治犯収容所の体験者は相当数いる。朝鮮労働党は、最高幹部といえどもいつ処刑されるかされるかわからない。

金正日の第四夫人、といわれた金オク氏とその家族が、政治犯収容所に連行されたという話が、脱北者によりもたらされている。ありえない話ではない。

脱北者の話を一切取材しないで、北朝鮮の過酷な人権抑圧に目を背ける日本共産党の「赤旗」記者の方々は、金正日、金正恩そして朝鮮労働党の真の友といえよう。

日本共産党には在日本朝鮮人総連合会と似た体質があるー河邑重光氏(「赤旗」元編集局長)は北朝鮮の政治犯収容所をどう考えているのか―


こんな政党からは、たたき出されてこそ萩原さんらしい。

萩原さんはその後、日本人拉致問題について一切言及していない日朝平壌宣言を高く評価する不破氏を強く批判する。

私見ではこれを大きな理由として、萩原さんは日本共産党と除籍された。

昭和63年12月3日、「赤旗」から外すという人事について、理由を一切言わないと萩原氏に通告した河邑編集局長(当時)は、北朝鮮の政治犯収容所についてどうお考えなのだろうか。

萩原さんの論考によく出てくる河邑重光氏が、金正日に媚を売る在日本朝鮮人総連合会幹部のような方と思えてきてしまうのは私だけだろうか。

河邑重光氏は、昔日本共産党が朝鮮労働党と締結した共同声明を今でも支持しているのだろう。

そうであるなら河邑氏も金日成、金正日そして金正恩の真の友人である。

在日本朝鮮人総連合会は、北朝鮮を少しでも批判する仲間を「民族反逆者」というレッテルをはり、激しく攻撃する。

民族反逆者は日本共産党の「反党分子」とよく似た方々と思えてならない。












2019年4月6日土曜日

日本共産党の経済観、経済政策について思う―日本共産党員と左翼経済学者は投資と労働者の雇用維持の関係を検討できない―

「大企業と富裕層はアベノミクスで空前の利益を得た。大企業と富裕層に応分の負担をさせ、中小企業に交付金を出し、労働者に減税をして家計をあたため、消費を増やす。


最低賃金を全国一律で時給1500円にする。総需要の約6割を占める消費が増えれば景気が良くなる」


日本共産党の経済政策は、このようにまとめることができるでしょう。

日本共産党は日本革命を志向する科学的社会主義、マルクス主義の政党です。

しかしマルクス主義経済学の立場だと、必ずこのような結論が出るとは私には思えません。

日本共産党の経済観、経済政策の問題点については、本ブログやtwitterで何度も言及していますが、改めて私見を述べます。

大門みきし参議院議員に問う―日本共産党の経済観、経済政策論の非現実性―


日本共産党で経済政策の立案を主に担当しているのは大門みきし参議院議員でしょうか。

私の疑問は以下です。

第一に、大企業と富裕層がアベノミクスで空前の利益を得たという認識ですが、これは不当ですか。

ある企業の利益が以前より大きく、内部留保が増えていれば、その企業は不当なもうけをしているのでしょうか。

その企業の利益は経営者と労働者が一丸となって努力した結果なのかもしれません。

トヨタの利益が増えていればそれは専らアベノミクスの恩恵、と断言できる証拠がどこにあるというのでしょう。

ある企業が得た「空前の利益」は不当な利益とは必ずしも言えない。

富裕層の儲けですが、これが株式の譲渡所得や配当所得から得ているのなら、危険に対する報酬とも言えます。

不当な儲けとみるべきではない。

第二に、富裕層への課税強化論ですが、これの現実性が大いに疑問です。

日本共産党は保有金融資産が5億円を越える方を富裕層と定義しているらしい。

金融資産を5億円以上持っている方の株式配当所得や、株式譲渡所得税率を上げる事を想定しているようです。
これを実行するためには国税庁が全住民の保有金融資産額を把握せねばなりません。

銀行預金だけでなく株式や債券、投資信託、あるいは外貨建て資産、金(gold)も把握せねばならない。

税金逃れのため、保有金融資産が絵画など美術品購入に変えられてしまうことも考えられる。

国税庁の権限を強化する必要はあると思いますが、日本共産党の富裕層増税案は非現実的です。

中小企業への交付金支出論は中身がない


第三に、中小企業への交付金支出とは一体いくらで、理由は何かという点です。

中小企業への交付金支出ですが、日本共産党は時給1500円の最低賃金を実現するため、中小企業に交付金を出して中小企業が経営破綻しないように、という発想なのでしょう。

大門みきし議員は、交付金として各中小企業にいくら支払い、総額でどれくらいの予算を想定しているのでしょうか。

各中小企業に一回一万円出す、というだけなら財源についてさして議論する必要はない。

しかし一万円では時給1500円の費用増加に耐えられず、廃業せざるを得ない中小企業が続出するでしょう。

年間1000万円出すなら時給1500円でも十分やっていけるでしょうが、中小企業だという理由だけで1000万円もらえるなど変です。血税のばら撒きでしかない。

要は、日本共産党が訴える中小企業への交付金論は金額、規模が不明なので中身がないのです。

第四に、消費が総需要の約6割を占めているから消費を増やす政策を、という発想ですが、消費は簡単には増えない。

将来の見通しに不安のある方は減税されても貯蓄に配分する。

日本共産党、左翼経済学者は投資の意義を認められない


総需要の中での割合は高くないですが、企業経営者が設備投資を増やすように誘導することが大事です。

日本共産党や左翼経済学者には、投資が経済成長、企業経営には極めて重要だという発想はない。

投資が企業の競争力と経済の供給力を強化し経済成長と企業経営の維持、発展に貢献しうることを認めると、労働者は賃金向上要求を控えて設備投資を増やすことを認めるべきだ、という話になりえる。


日本共産党中央は十年くらい前、代々木にある中央委員会の建物を大幅改造したそうです。

これにより日本共産党の競争力が向上したのなら、建物改造という投資は日本共産党職員の雇用を維持することに貢献したといえる。

同じことが、各企業でもいえる。設備投資により、その企業の競争力が向上できれば、社員の雇用が維持される可能性が高くなります。

企業経営に対する視野の違いと利害関係の対立-非正規労働者や短期保有予定の株主は設備投資と無関係


しかし、いつでも雇用関係を経営側の都合で切られうる非正規労働者には、投資がなされて企業の競争力が向上されても無関係ではないか。

こんな反論がありそうですね。その通りと考えます。

非正規労働者は、良い設備投資をするためのコスト削減策の一環として雇用契約を切られる可能性すらあります。

非正規労働者には、その企業に定年まで勤めようという発想はあまりない。従ってその企業の競争力など、どうでもよい。

利益を設備投資に配分するより、時給を上げてほしい。非正規労働者ならそう思って当然です。

同じことが、短期保有の株主についても言えます。利益を設備投資に配分するより、当面配当を増やして欲しい。

短期保有の株主にとっても、設備投資など二の次で良いのです。

非正規労働者と短期保有予定の株主は、その企業への関与の度合いが薄く、短い視野でしか企業経営を考える必要がないという点で一致しています。

正規労働者と経営者は企業の存続を重視する


しかし、その企業の行く末に生活の多くが依存している正規労働者や、経営者にとっては設備投資、企業の競争力強化は大事です。

競争に負けて赤字経営を続ければ、企業が存続できなくなりうる。経営者は返済不能になった企業の債務の保証人になっているかもしれない。

その企業が倒産したら、正規労働者は当面の給与を失うだけでなく、それまでその企業で働くことにより得てきた技能、技術も無駄になりうる。

上司との人間関係も、その企業で生き抜いていくためには貴重な「資産」と言えるでしょうが、それも無駄になる。

正規労働者と経営者は、その企業への関与の度合いが強く、長い視野で企業経営を考える必要があるという点で一致しています。

長期保有予定の株主も同様です。

企業の存続を第一に考える正規労働者、経営者と当面の存続、当面の現金支払い増加を重視する非正規労働者、短期保有予定株主の間には、深い利害関係の対立がある。

これにどう折り合いをつけていくかが、現代の企業経営者と役員、人事担当者に問われているのでしょう。

左翼の労働運動が往年の勢いを失った原因の一つは、企業経営に対する視野の違いを直視して労働者の権利擁護を訴える姿勢がないからではと考えます。