2016年4月15日金曜日

宮本顕治「プロレタリア独裁は人民大衆の民主主義を保障する反面、反革命分子を抑圧するという明白な論理を持っている」(「中央公論」臨時増刊、昭和32年3月刊行p268より)

「ハンガリーでは、民主主義一般は問題にならないが、社会主義を支持する人民大衆への民主主義的保障と、それに反対する分子への警戒が足りなかったのではないか」(「中央公論」掲載「日本共産党は何を考えているか」久野収、鶴見俊輔との対談)。


どんな善人にも、多少の裏はあるはずです。悪戯心をも裏と考えれば、裏のない人間など考えられない。

少しばかりの想像力を駆使して、こんなことをしたらどうなるかなという思考実験をするのは悪いことではない。

しかし何かの拍子で、脳裏に浮かんでいたことを他人に口走ってしまい赤恥をかくこともあります。思考実験を本音と受け止められたら、厄介なことになりかねない。

実際に本音かもしれませんが。本音を知ることは、その人の真実の姿を知ることです。政治家の真の姿、本音を知るためには、その政治家の若い頃からの言行や論考を調べるべきです。

宮本顕治氏の本音「反革命分子を抑圧せよ!」


日本共産党の党首を長年務めた宮本顕治氏の場合、冒頭に引用した発言は思考実験ではなく、本音でした。

これは「日本共産党は何を考えているか」というテーマで著名な二人の哲学者と「中央公論」で対談した時の発言です。1908年生まれの宮本顕治氏は、当時は49歳くらいです。

政治家としては脂がのっている年代です。有名な雑誌での対談ですから、文芸評論家でもある宮本顕治氏は考えに考え抜いて発言しているはずです。口が滑ったのではない。

「反革命分子」とはいったいどういう人なのか、共産党の文献を読みなれていない方にはわかりにくいでしょう。要は、共産党、労働党を批判する人間ということです。

同義語として、「人民の敵」「反党分子」「新日和見主義者」「反党反革命宗派分子」「民族反逆者」があります。「富農」「走資派」も同様の意味で、旧ソ連や中国では使われてきました。

共産主義理論では、この類の人々は「反動勢力」そのものです。この人たちは処刑するか山間僻地の政治犯収容所に追放し囚人として労働させ、「人間改造」させるべき存在です。

宮本顕治氏はソ連による「人民の敵」の処刑や囚人労働の強制を「反革命分子の抑圧」と正当化しました。

人間に対して「分子」という言葉を用いるのはいささか奇妙ですが、英語ではelementsといいます。「人民の敵」(People's enemy)は主に旧ソ連で用いられた語です。

「宗派分子」「民族反逆者」という語は主に北朝鮮で用いられてきました。在日本朝鮮人総連合会の皆さんならこの語をよくご存じです。

かつて日本共産党は、ソ連軍によるハンガリーの労働者・知識人殺害を支持した


宮本顕治氏が言及しているハンガリーの件とは、ソ連共産党を批判するハンガリーの労働者や知識人をソ連軍が侵攻して虐殺した「ハンガリー事件」(昭和31年10,11月)のことです。

ハンガリー事件の犠牲者は、数え方によりますが数千人です。「ドナウの真珠」と呼ばれる美しいブダペストの街がソ連軍により蹂躙されました。

ソ連共産党を批判する人は反革命分子ですから、宮本顕治氏が信じている科学的社会主義の理論によればその方々を殺害、処刑するのが人民大衆の民主主義を保障することになります。

今日の日本共産党の「理論」から考えれば、一昔前の日本共産党はソ連覇権主義に忠誠を誓い、隷属していました。宮本顕治氏は、「ソ連盲従」だったとも言える。

宮本顕治氏は「前衛」掲載論文「共産党・労働者党情報局の『論評』の積極的意義」(「日本共産党五〇年問題資料集1」所収)でスターリンとソ連共産党への忠誠を誓っています。

「われわれは特に、同志スターリンに指導され、マルクス・レーニン・スターリン主義で完全に武装されているソ同盟共産党が、共産党情報局の加盟者であることを、銘記しておく必要がある」(宮本前掲論文より抜粋)

マルクス・レーニン・スターリン主義とやらを、宮本顕治氏ら昔の日本共産党員は信奉していたのす。「ソ連盲従」の方なら、ソ連軍によるハンガリー人虐殺を支持するのは当たり前です。

吉良よし子議員、池内さおり議員ら若い共産党員の皆さんは、昭和32年3月発行の「中央公論」や「日本共産党五〇年問題資料集1」掲載の宮本論文に関心はないのでしょうか。

吉良よし子議員は聴濤弘氏に「反革命分子」抑圧論の真偽を問い合わせるべきだ


宮本顕治氏がこんな暴論を公然にしていたことなど、吉良よし子議員は信じられないでしょう。

前掲論文で宮本顕治氏は、「日本革命の『平和的発展の可能性』を提起することは、根本的な誤りとなる」と断じています。

宮本顕治氏によれば、議会を通じての政権獲得の理論も、同じ誤りだそうです(「日本共産党五〇年問題資料集1」p30より)。

吉良よし子議員がこれは嘘だ、そんな対談や論文などないと思うなら、昭和10年生まれの聴濤弘氏(日本共産党の元参議院議員で、ソ連問題の専門家)に問い合わせたらいかがでしょうか?

聴濤弘氏なら、昭和32年頃若き共産党員として活動をされていたでしょう。「日本共産党五〇年問題資料集1」掲載の宮本顕治論文を読んでいるはずです。

聴濤弘氏なら、かつての日本共産党がソ連軍によるハンガリー侵攻や、ソ連による「人民の敵」の処刑を支持していたことを御存じのはずです。

聴濤弘氏の最近の著作には、そんな話は一切出てきません。若い共産党員に教えると厄介なことになるから、古参党員は内緒にしているのです。

勇気を出して、聴濤弘氏に真偽を問い合わせるか、国会図書館から「中央公論」臨時増刊第72巻第四号や日本共産党五〇年問題資料集1」を借りたらいかがでしょうか。

「反党反革命宗派分子」の処刑を在日本朝鮮人総連合関係者は支持している


同様の主張を、「反党反革命宗派分子」張成澤処刑を支持する在日本朝鮮人総連合会関係者がしています。

朝鮮学校の教員の皆さんは、子供たちを、「反党反革命宗派分子」張成澤処刑を支持するような人間に育てたいのでしょうか?

「教育にチュチェをうちたてる」ことが朝鮮学校の基本目的なのですから、子供たちに「金日成民族」としての自覚をもたせるべく、朝鮮学校の教員の皆さんは日夜努力されているはずです。

北朝鮮は、北朝鮮の刑法が外国でも適用されると大真面目に規定しています。

金日成、金正日、金正恩を批判している私は「朝鮮民族敵対罪」を犯していることになりそうです。

金日成や金正日を批判する日本人はいくらでもいます。物騒ですが北朝鮮の刑法を適用して北朝鮮工作員が日本に生物・化学兵器攻撃をする可能性を指摘しておきたい。

吉良よし子議員、池内さおり議員には是非とも国会図書館に問い合わせて、北朝鮮の刑法を入手し読んでいただきたい。

共産主義運動の歴史の真実を知るために―吉良よし子議員は聴濤弘氏や在日本朝鮮人総連合関係者から聞き取りをするべきだ―


若い共産党員の皆さんに、北朝鮮による凄惨な人権抑圧の真実を知っていただきたいのです。

吉良よし子議員は在日本朝鮮人総連合会関係者に「教育にチュチェをうちたてる」「全社会の金日成・金正日主義化」「朝鮮民族敵対罪」とは何ですか?と気軽に質問なさったらいかがでしょうか?

日本共産党は、日本政府が北朝鮮と対話、交渉するべきだと主張しています。

それなら、吉良よし子議員や池内さおり議員は在日本朝鮮人総連合関係者と、北朝鮮による凄惨な人権抑圧の歴史について対話するべきです。

一昔前の日本共産党員と、在日本朝鮮人総連合会関係者の思考方式は酷似しています。

聴濤弘氏なら、北朝鮮の独特の用語について多少は見当がつくかもしれません。この世代の日本共産党中央幹部は、北朝鮮がとんでもない策動を日本に仕掛けてくることを予想していました。

昭和47年の「新日和見主義事件」で日本共産党中央により過酷な査問をされた民青同盟幹部の著作を調べればこれは明らかです。例えば、油井喜夫「汚名」(毎日新聞社刊行)があります。

共産主義運動の歴史の真実を知るためには、共産党が出版した文献を調べることも大事ですが、運動の参加者による体験談の聞き取りは欠かせません。

体験談には、その人たちの本音が現れてきますから。共産主義運動に参加してきた人の本音を知ることこそ、歴史を素直な目で見ることではないでしょうか。

数々の著書でソ連を礼賛してきた聴濤弘氏には、共産主義運動の真実を吉良よし子議員、池内さおり議員ら若者に伝える道義的責務があります。

聴濤弘氏は、ソ連では保育所が完備されていると宣伝した


聴濤弘氏は著作「資本主義か社会主義か」(新日本出版社昭和62年刊行、p99)でソ連では保育所が完備されていると宣伝しました。

聴濤弘氏はこの著作のⅢ「社会主義と国民生活」でソ連には無料医療制度と優れた老齢年金制度、社会保障制度があると宣伝しました。

「人民の敵」のお子さんたちは、政治犯収容所や山間僻地に追放されたはずです。政治犯収容所や山間僻地にも、「保育所」はあったのでしょうか?

吉良よし子議員は「保育所に落ちた」そうですが、旧ソ連では「人民の敵」のお子さんたちの保育所の有無について、聴濤弘氏に問い合わせて頂きたい。

「人民の敵」の子供には「無料医療」も保育所もなく、追放ないしは強制労働をさせられたのが、ソ連史の真実ではないでしょうか。

北朝鮮では、政治犯の家族は子供も収容所で囚人労働をさせられます。家族と子供を収容所に連行するのは国家安全保衛部です。

国家安全保衛部は真夜中、政治犯の家族を収容所に強制連行します。家族をトラックに載せて問答無用で連行するそうです。

「鳥も鼠も知らないうちにいなくなる」「山へ行った」という隠語を、在日本朝鮮人総連合会の運動に長年参加してきた方なら御存知です。

聴濤弘氏と在日本朝鮮人総連合会老幹部が選択している生き方に思う


朝鮮学校で校長を務めた方の家族が、政治犯収容所に連行されていた史実をヘイトスピーチ反対運動に参加している政治家や運動家に知っていただきたい。

当然、聴濤弘氏も北朝鮮による凄惨な人権抑圧の歴史を熟知しています。史実を若い共産党員に伝えると、厄介なことになるから黙っているのでしょう。

共産主義運動に長年参加すると、本音を若者に言えない人間になってしまうようですね。

朝鮮学校の教員の皆さんも、北朝鮮に社会主義の夢を求めて帰国した朝鮮学校元教員や卒業生が少なからず行方不明になっていることを、生徒たちには教えられないでしょう。

日本共産党の大幹部だった聴濤弘氏と、在日本朝鮮人総連合会の古参幹部の生き方はよく似ていませんか?保身のため、若者に本音を言わない。










2016年4月8日金曜日

故堀江忠男早大教授によるマルクス主義批判に思う。

「人間性の回復をはかろうとする人びと自身の間にしばしばみられる人間性喪失―これを克服するためには、弁証法という名前の図式主義からの解放が必要だと思われる」(堀江忠男「マルクス経済学と現実 否定的役割を果たした弁証法」昭和40年学文社刊、p44より)。


故堀江忠男早稲田大学政治経済学部教授は、マルクス主義を批判する数々の著作と論考を執筆された方です。早大では、社会主義経済学を担当されていました。

私が早大政治経済学部に在籍していた80年代前半頃、堀江先生は60代後半だったはずですが、キャンパスを早足で歩く御姿を何度か見掛けました。

生意気な左翼学生だった私は、堀江先生の著作や論文を読んでもいないのに、心中で堀江先生を「反動学者だ」などとレッテルを貼っていたような記憶があります。真に浅薄でした。

元気のよい某親友が、堀江先生の演習に参加しマルクス主義と弁証法について堀江先生に議論を挑みました。堀江先生は暖かく受け止めて下さったそうです。

某親友によれば、70歳近い堀江先生は演習に参加していた学生間のサッカーの試合で審判をされ、グラウンド狭しとばかり走られたそうです。

信じられない体力の持ち主だと某親友は驚嘆していました。その頃から30数年の歳月が流れました。

北朝鮮の凄惨な現実を文献を通して知り、それを傍観する左翼勢力を批判するようになった私は、左翼が依拠してきたマルクス主義を批判する雑文を本ブログ等で生意気にも書いています。

中高年になれば時折、若い頃が懐かしく思い出されるものです。ななめ読みで恐縮ですが、最近堀江先生の著作と論文を少し読みました。

「彼は、肯定、否定、否定の否定という弁証法の法則は社会に内在しているのだという前提から出発して、資本主義の発生・発展・死滅を調べてみたら、やっぱり、歴史はそのとおりに進行している。だからこの弁証法の運動法則は、歴史的に証明された!もともと正しいと思っていたが、やはり正しかったのだ。こう結論したのである」(堀江忠男「経済体制を超えて」(潮新書昭和46年刊行、p90より)。


彼とは、マルクスのことです。天才マルクスにも、若気の至りはあったのでしょう。

堀江先生によるマルクス主義批判の論点は経済学だけでなく哲学、体制論と多岐にわたっています。生意気を許していただけるなら、堀江先生によるマルクス主義批判の核心はこれです。

マルクスは、人間の社会には自然と同じように内在する運動法則があると思い込んでいました。マルクスは弁証法の「否定の否定」を、次のように社会に適用します。

資本主義は労働者階級を作り出すことにより、没落せねばならない物質的条件を自ら生み出した。資本主義から共産主義社会に移行するのは必然だ、ということです。

堀江先生はこれを図式主義と喝破しました。

旧ソ連、東欧の社会主義体制が崩壊した今なら、この程度のことは常識です。

しかし昭和40年(1965年)にこれだけのことを言った勇気ある研究者といえば、堀江先生の他には小泉信三(慶応大)、猪木正道(京都大)くらいでしょうか。

当時の日本の大学や出版界、言論空間では、マルクス主義が大きな影響力を持っていたのです。

マルクス主義を正面から批判すると、「反動」と陰口をたたかれるか、「変わり者」として白眼視されるという風潮が大学のみならず、出版会、言論界にも少なからずありました。

反戦平和運動、左翼学生運動に同調、参加することが進歩的知識人の証とみなされる時代でしたから。60年代から70年代の日本では、左翼が知識世界、言論界の権威だったのです。

「反動」の堀江先生こそ、実は時代の風潮と権威に正面から逆らった「反逆児」だったのです。

「現代のマルクス主義者の人間性喪失、自覚症状のないマルクス・レーニン信仰は、まず一方では、心の底からの人間的反省を進めることによって治されなければならない」(「マルクスにも間違いはあった」(「中央公論」昭和32年3月臨時増刊p253より)


堀江先生はこの論考を朝日新聞社を退社し、早大講師に就任されたころ執筆されました。堀江先生は当時43歳くらいです。

昭和32年(1957年)ですから、フルシチョフによるスターリン批判から1年くらい後です。

堀江先生が主張された「人間性の回復をはかろうとする人びと自身の間にしばしばみられる人間性喪失」とは、ソ連や中国で断行された「富農」「人民の敵」「反革命」「右派分子」らの大量殺戮を正当化していた共産党員の冷酷さを指しているのでしょう。

狂信的にソ連を信奉し礼賛していた共産党員に「自覚症状」などあるはずもない。この少し前にソ連が断行したハンガリー侵攻を、宮本顕治氏ら日本共産党員は熱烈に支持しました。

ソ連軍による殺人を奇奇怪怪な理屈で支持するのですから、人間性喪失そのものです。

マルクスに由来する独特の思考方式である弁証法こそ、共産党員が人間性を喪失した原因であることを、共産主義国の現実を観察してきた若き堀江先生は見抜いていたのです。

共産党員の人としての在り方、生き方にまで学術論文で指摘した知識人は稀有です。

関貴星「楽園の夢破れて」(当初は昭和37年全貌社刊)を思い出しました。

関貴星氏は在日本朝鮮人総連合会の一員として昭和30年代に北朝鮮を訪れ、帰国した元在日朝鮮人や日本人妻がおかれた悲惨な現実を知りました。

「楽園の夢破れて」は北朝鮮の凄惨な現実を最も早く訴えた傑作です。

関貴星氏は在日本朝鮮人総連合会関係者から「民族反逆者」などと罵られたことでしょう。「反動学者」「民族反逆者」こそ、真の人間解放を訴えた方々だったのです。

今日でも在日本朝鮮人総連合会関係者は金日成、金正日そして金正恩を礼賛し、張成澤ら「反党反革命宗派分子」の処刑を支持しています。

「主体革命偉業」「唯一指導体系の確立」は人間性喪失そのものとしか私には思えません。

そんな在日本朝鮮人総連合会関係者の実態に目を背け、「ヘイトスピーチ反対」とやらで協力・共闘している左翼知識人、政治家は張成澤ら「反党反革命宗派分子」の処刑を支持しているのでしょうか。

追記


堀江先生が早大を定年される頃に演習に参加していた友人によれば、演習の合宿では必ずサッカーをやっていたそうです。あるとき、堀江先生のコーナーキックが見事にゴールに入ったそうです。

当時堀江先生は69歳くらいのはずです(堀江先生は1913年生)。60代にどういうトレーニングをされていたのでしょうか。

合宿でサッカーをやった翌日の朝、演習生は足が痛くて唸っていたいたそうですが堀江先生はかなりの速さで腿上げをなさっていたとのことです。鉄人ですね。

凡人の私も、ジョギングと縄跳び、腕立て伏せと腹筋で体を鍛えまねばなりませんね。

堀江先生は、御自身の学説に批判的な学生も演習に迎え、あたたかく接して下さったそうです。当時のマンモス私立大学には、こういう教員は少数でした。

以下は、中央公論昭和32年3月号掲載の堀江先生論考の末尾からの抜き書きです(同誌p253)。早大の教員になりたての、若き堀江先生の決意が良く出ています。

「私は、これから、身体をだいじに、長生きをして、経済学を新たに進める仕事を、できるだけたくさんやりたいものだと思っている」。













2016年4月4日月曜日

神里純平「沖縄 裏の歩き方」(平成25年彩図社刊)を読みました。

「地元の人間だけが知る"裏"の部分にこそ、沖縄の生の魅力が隠れているといってもいいかもしれない」)(本書p2より)


人には、多かれ少なかれ表と裏があります。空想や妄想と、実際の言動は異なっていますから。

いろいろ思い浮かべていたら、とんでもない凶悪行為の妄想をしてしまった経験はありませんか。心中に浮かんで消える思いは、自らもよく知らない自分、裏の自分です。

裏の自分を他人に見せる必要はない。凶悪行為の妄想は秘めておけばよい。精神の制御が大事です。

現代日本では凶悪行為をする人は稀ですから治安が維持され、様々な経済活動が成立し人々の暮らしが成り立っている。

どんな業界でも、厳しい企業間競争があります。株式会社に資金を提供しているのは株主ですが、実際の企業活動を担っているのは経営者と労働者です。

自分が所属する企業が競争に敗れたら、何らかの形で経営者と労働者、そして株主が責任をとることになります。配置転換から給与引き下げ、中途退職等です。

労働者ならば、自社内での出世競争にも直面しています。

競争に負けたら自分もあのようになってしまう、そうならないために今日も頑張らないと。そんな気持ちを抱えて生きていくと、ストレスが蓄積されてしまいます。

そのストレスを解消する方法として、スポーツや娯楽があり、そこでも企業間競争が行われています。また、裏社会に連なる産業もストレス解消、発散のために栄えるのでしょう。

裏社会に連なる産業で働く人々の生きざまを推し量ることができるのは、本書の魅力の一つです。

裏社会には存在理由がある―人には裏の自分があるから


本書第一章「沖縄 夜の歩き方」で紹介されているような裏社会には、性産業や遊興業、賭け事等があります。暴力団関係者がそれらから資金を得ていることは珍しくない。

裏社会がある程度存在すれば、表の世界の人々に違法行為すれすれのサービスが提供される。

それにより表の世界の人々の精神の安定が保たれ、社会が維持されているという面もあるはずです。人には裏の自分がありますから。

勿論、裏社会が肥大化してしまったら、暴力の横行によりとんでもないことになる。しかし裏社会を廃絶するのは困難です。裏社会には存在理由がある。

経済の安定的成長のためには、表の経済、企業活動だけでなく裏社会の動向にも留意すべきです。性産業や遊興業の運転資金や物資調達、労働条件はどうなっているのでしょうか。

生意気ですが、裏社会について一切言及できない地域経済論など、極めて表面的で浅薄なものに思えてしまいます。

裏社会の産業がその地域の総生産(県内総生産等)に貢献する割合は小さいでしょう。

裏社会の産業が提供する財、サービスは、表社会で働く人々の精神の安定を保つことに貢献しているという面もあるのです。

表社会の産業の中には、裏社会と切っても切れない関係にある産業もあります。観光業が、裏社会の人々が提供する財とサービスなしで発展できるとは思えない。

沖縄の今後を考えるなら、沖縄の裏社会がどうなっているのかを政治家や自治体関係者、研究者、ジャーナリストが議論すべきではないでしょうか。

観光産業による地域経済の活性化を志向するなら、裏社会との関係の在り方を無視すべきではない。

裏社会を肥大化させないためにも、その存在をタブーにするべきではない。これは東京や大阪、名古屋などの大都市についても同じです。

神里純平氏の座右の銘「人生一生雑巾がけ」


本書の著者神里純平氏は、昭和54年8月に沖縄県生まれで、10代のはじめからぐれて20代半ばまでそれをひきずっていたそうです。

服役を機に一念発起し法人を立ち上げた、リサイクル業を営んでいると出ています。若い頃裏社会の住人だった方なのかもしれません。座右の銘は「人生一生雑巾がけ」だそうです。

最近逮捕された某元プロ野球選手に、神里氏の著作を読んで頂きたいものですね。

本書には沖縄の裏社会の様々な姿が、筆者の経験と共に語られています。少し紹介しておきましょう。

神里氏は数年前、裏社会の便利屋のような仕事をしていたそうです(p65)。

沖縄県出身の国会議員がヤクザから金を借りてもめているので、代理として先方に会って話をまとめてほしいと依頼されたそうです。

神里氏はその議員秘書から現金1000万円を受け取り、国会議事堂近くのホテルのラウンジでヤクザと会いました。

ヤクザの話によれば、議員の借金は1000万円ではなく1億円だったそうで、神里氏は1000万円をヤクザに渡し、交渉役をおりました。

この議員は現在でも政治活動を続けているそうです。

神里氏と兄貴分は平成17年終わりごろ、朝鮮半島某国に車の横流し―話を持ってきた在日朝鮮人は朝鮮労働党の在日本非公然組織と関係があったのでは?


本書p91-93によれば、平成17年終わりごろ神里氏と兄貴分は朝鮮半島にある某国への車の横流しビジネスを目論んでいました。

話を持ってきたのは、某国とルートのある在日朝鮮人の男性Gでした。この男性は、某国とのルートを通して中古車をロシアや中東に流せるので、1台5万円で買うと言ってきました。

Gは神里氏らに一度に車1000台を積める大型の貨物船を用意したと豪語しました。実際に沖縄にやってきたのは今にも沈みそうな小型船で、5台を積むのがやっとでした。

このビジネスに失敗し、最終的に中里氏と兄貴分は外為法違反で逮捕されました。勝手な憶測ですが、某国とは北朝鮮ではないでしょうか?

この在日朝鮮人は、朝鮮労働党の在日本非公然組織と何らかの関係のある人物で、朝鮮労働党の指示で外貨稼ぎに協力をしていたのかもしれません。

裏社会には、中国や北朝鮮が何らかの形で絡んでくることが多い。近年はロシアのマフィアも絡んでいるかもしれません。

裏社会と連帯する朝鮮労働党の在日本非公然組織に入ったら、更生は難しい


朝鮮労働党の在日本非公然組織とは、在日本朝鮮人総連合会の関係者により構成され、北朝鮮の工作組織の指導下にあります。

彼らの中に、暴力団と密接な関わりを持つ人物がいる場合もあります。

彼らは金日成、金正日そして金正恩に絶対的な忠誠を誓い、「南朝鮮革命」「主体革命偉業」のために合法、非合法のあらゆる活動を行っています。

彼らは「忠誠のための資金」と称して、朝鮮商工人から資金を獲得します。金日成、金正日、金正恩に巨額の資金を捧げた朝鮮商工人には勲章が授与され、愛国商工人と呼ばれます。

彼らは北朝鮮に核や、ミサイル開発のための物資を入手して運びます。覚せい剤や麻薬の密輸も行います。

日本の裏社会は、日本に核やミサイルで攻撃を加えることを策しているテロ国家に協力している組織、団体も存在しているのです。

朝鮮労働党の在日本非公然組織が日本人拉致を断行した例は少なくない。

在日本非公然組織の方々も日本に居住しているなら、北朝鮮による核やミサイル攻撃、あるいは工作員による生物・化学兵器テロで犠牲になってしまう可能性はあります。

朝鮮学校の先生方は、ご自身や教え子が北朝鮮による核やミサイル攻撃、あるいは北の工作員による生物・化学兵器テロで犠牲になってしまう可能性を朝鮮学校で教えているのでしょうか。

それを一切教えていない方々は、どういう「裏の自分」を持っているのでしょうか。不気味です。

そんな教員に主体思想を教えられた子供たちが朝鮮労働党の指示に従って裏社会に入ってしまえば、更生は難しいでしょう。

2016年2月29日月曜日

井筒俊彦「イスラーム生誕」(中公文庫、第一部ムハンマド伝)を読みました。

「ムハンマドは無道時代の人間の立っていた存在の根基そのものに恐るべき一撃をくらわせた。アラビア騎士道の聖なるスンナを彼は狂愚迷妄と断言し、一挙に抹殺しようとした。この意味において、ムハンマドの宗教運動は大胆無謀極まりない宗教革命であった」(同書p28より)。


イスラームとは一体どんな宗教なのでしょうか。専門的に深く勉強することは無理ですが、少しばかりは知っておきたいものです。

この本は、普通の歴史書と異なり、テキストを解釈して歴史を語るという手法をとっています。この手法は、人々の精神、心の動きを歴史の原動力として把握する。

人々の精神、心の動きは、人々が交わしていた言葉により表されていると言えるでしょう。過去の人々が交わしていたであろう言葉は、例えば当時の詩歌により推測できる。

以下、わかったことを記しておきます。

意味論的社会学からイスラームを語る


この本は、「意味論的社会学」「文化の意味論的解釈学」の立場からイスラームを語っています(同書p9)。

イスラーム生誕以前の時代を「無道時代」(ジャーヒリーヤ)というそうです。

コーランの宗教的世界像を意味論的社会学の見地から分析するためには、それの発生してきた歴史的地盤としてのジャーヒリーヤとの関連で観察せねばならないと本書は述べています。

ムハンマドの興した宗教運動は、古アラビアの騎士道モラルへの果敢な挑戦でした(p25)。無道時代のベドゥインたちの生活は、伝承された無道時代のアラビア古詩に出ています。

ベドゥインは自分たちの過去、自分たちの祖先が幾百年となく行ってきた人生の途を「慣行」(スンナ、sunnah)と呼び規範としていました。

これは、正邪善悪の区別なく、いついかなる場合でも部族と行動を共にし、部族によって生存の方向を決定することです。

社会倫理も個人倫理も、一切の人間的価値はその人の所属する部族の慣行によって決まります(同書p29)。部族は血の共同性を基礎として成立します。

血のつながりほど、砂漠的人間にとって神聖なものはない。ムハンマドは血のつながり、血統の優位性を否定しました。

人間の高貴さは、生まれや血統から来るものではなく、ひとえに敬神の念の深さから来るというのです。ベドゥインの人生観では、ペシミズムと享楽主義が表裏一体でした。

本書はそれを古アラビアの詩歌で論証しています。

宗教家ムハンマドは天成の政治家でもあった(同書p95)


ムハンマドの説く教えは瞬間的享楽主義の正反対でした。しかし、ムハンマドの教えはメッカではムハンマドの出身部族の有力者から反発を受け、ムハンマドはメディナ市に移住します。

本書によれば、同じ血を分けた部族民に背いて、異部族に味方を求めるのは古アラビア社会では絶対に考えられないことでした。

ムハンマドは凱旋将軍のごとく歓呼に迎えられてメディナに入ったそうです。これイスラーム史家は「遷行」(ヒジュラ)と言います。

メディナに移ってから、ムハンマドの発表する啓示の性質が大きく転換しました。メッカではコーランは「警告」でしたが、メディナでは肯定的な「導き」になりました(同書p101)。

祭政一致の大国家を建設するためには、それを阻むものを絶滅せねばならない。これが「聖戦」です。コーランに次の記述があるそうです。

「汝らに歯向かう者あらば、神の途において彼らを撃滅せよ。何処にてもそのような者どもを見つけ次第、これに戦いを挑み、また彼らが汝らを追い出したる処より逆に彼らを駆逐せよ。反乱が根絶し尽くされるまで、また全ての宗教がただ一つアッラーの宗教となるその時まで、あくまで敵と戦い続けよ」(第二章186-189節)。

この教えを、ムハンマドが直面していた時代状況から切り離して現代に直接適用してしまったら、とんでもないことになってしまいそうです。

勿論、圧倒的多数のイスラム教徒はそんなことは考えていないでしょう。

ムハンマドはユダヤ教やキリスト教を批判していますが、ユダヤ教やキリスト教徒の絶滅など主張していない。「聖典の民」という記述があるのですから。

2016年1月13日水曜日

上田耕一郎の「核抑止論」について思う―「マルクス主義と平和運動」(1965年大月書店刊行)より

「社会主義の核保有は、絶対に他国への攻撃や侵略のための、まして核脅迫のための政治の手段ではなく、ただ社会主義を防衛し、帝国主義の核戦争放火計画を阻止するための、労働者階級の立場に立った人民的政治手段である。」(同書p9。「アカハタ」1963年7月9日、10日掲載論考「核戦争防止と修正主義理論」より)。


故上田耕一郎は、不破哲三の実兄です。この世代の日本共産党員としては屈指の理論家として知られた方です。「マルクス主義と現代イデオロギー」という本は、不破哲三との共著です。

マルクス主義、科学的社会主義の立場から現代世界を「分析」すると、旧ソ連や中国、旧東欧、北朝鮮、キューバ、ベトナムは社会主義国です。

社会主義国では搾取制度が廃止され、労働者と人民本位の政治が行われていますから、核兵器は平和のための手段そのものということでしょう。

上田耕一郎は昭和2年生まれのようですから、この論文を36歳の時に執筆したことになります。

マルクス主義の術語をちりばめてソ連の核保有を擁護したこの論文から、革命運動への情熱と秀でた宣伝・扇動能力を感じます。

最も、こんなことを被爆者の前で正々堂々と言ったら相当な反感を持たれただろうことも想像に難くない。原水爆禁止運動の分裂の一要因は、ソ連の核をどう見るかでした。

上田耕一郎はソ連の核を「平和の防壁」と宣伝した―かつての日本共産党は核抑止論者だった


36歳の秀才は社会主義国の核保有について、さらにこの論文で熱弁をふるっています。次です。

「そして万が一、帝国主義が社会主義諸国に対する侵略的核攻撃をおこなった場合、社会主義は、その人民的政治の継続として、あらゆる手段によって帝国主義を壊滅させるためにたたかうだろう。

それがどんなに犠牲が多く、苦難にみちたものであっても、このきびしい決意なしに現在の平和を守りとおすことはできない」。

要は、米英仏からソ連が核攻撃を受けた場合、ソ連は必ずお返しの核攻撃をする。その決意を世界に誇示することにより、ソ連の平和と安全が保たれているというお話です。

これは現在の日本共産党が徹底批判している「核抑止論」そのものです。

やや奇妙ですが、私は上田耕一郎の「核抑止論」を「理解」できます。現在テロ国家北朝鮮が着実に核兵器開発、量産を進めています。

北朝鮮の核兵器の標的は日本と韓国です。場合によっては、北京に北朝鮮の核ミサイルが飛んでくることもあり得る。中国共産党はそれを熟知しています。

北朝鮮に日本攻撃を思いとどまらせるためには、上田論文が指摘するようにあらゆる手段によって北朝鮮を壊滅させるためにたたかうべきなのです。

それがどんなに犠牲が多く、苦難にみちたものであっても、このきびしい決意なしに現在の平和を守りとおすことはできない。

昔の日本共産党員はソ連の核攻撃で「帝国主義」の領内に住む人々が犠牲になることを想定していたのか


上田耕一郎は「帝国主義」の領内に住む人々、米国人、日本人、英国人、フランス人なら、ソ連の核攻撃により犠牲となることもやむを得ないと考えていたのでしょうか?

上田耕一郎は故人ですから、同世代の日本共産党の理論家聴濤弘に当時の青年党員の気持ちをお尋ねしたいものです。

かつての日本共産党員は、「米国とソ連を対話のテーブルにつかせる」などといった、「自分たちは中立だ」式の甘い国際政治認識を持っていませんでした。

かつての日本共産党員は徹底してソ連を擁護する「理論」を宣伝、普及していたのです。科学的社会主義の立場から見ればこれは当然でしょう。

ソ連では搾取制度が廃止されていたはずですから。戦争が帝国主義の政治的支配の継続として生じるなら、労働者の国である社会主義が侵略戦争などするはずがない。

上田耕一郎はソ連の核保有を「平和の防壁」と規定しました(同書p8)。

今日の日本共産党員には北朝鮮による核攻撃、生物・化学兵器攻撃の犠牲になる決意があるのか


今日の日本共産党員が、日本の平和と安全を真に願っているのなら、若き上田耕一郎のリアルな国際政治認識、核抑止論から学ぶべきです。

六か国協議で日本が金正恩、北朝鮮に憲法九条の価値を訴えれば、金正恩は感動して核兵器を放棄するでしょうか?

憲法九条完全実施、すなわち自衛隊を解散すれば金正恩も心を打たれて核兵器を放棄しますか?

六か国協議は9年近く開催されていません。北朝鮮が出席を拒否しているからです。北朝鮮からすれば、六か国協議に出ても何の益もない。

今日の日本共産党は、北朝鮮は社会主義と無縁だと宣伝しています。

それならば、北朝鮮が金日成、金正日、金正恩を批判する日本人がいることを口実に核攻撃や生物・化学兵器攻撃を日本に仕掛けうることを認めるべきです。

「首領冒涜罪」「朝鮮民族敵対罪」を犯している日本人がいるのですから。北朝鮮は、大真面目に北朝鮮の刑法が全世界で適用されると規定しています。

志位和夫ら今日の日本共産党員に、北朝鮮による核攻撃や生物・化学兵器攻撃の犠牲になる決意ができているとは思えません。どうでしょうか?

志位和夫は在日本朝鮮人総連合会に北朝鮮の核実験糾弾の意思を伝えるべきだ


志位和夫が、北朝鮮の核実験を糾弾するならそれを在日本朝鮮人総連合会の皆さんに直接伝えるべきです。

「金日成民族」の方々の中には、「主体革命偉業」「全社会の金日成・金正日主義化」のために核兵器や生物・化学兵器開発のための物資と資金を北朝鮮に届けてきた方がいるはずです。

「愛国的商工人」の中に、暴力団と密接なかかわりを持つ方もいることを指摘しておきます。

若き上田耕一郎は、前掲論文で帝国主義の核脅迫を絶対に恐れてはならないと力説しました。次の文章の「帝国主義」を「北朝鮮」に差し替えたら、面白い指摘です。

「帝国主義にとって核戦争準備政策の有利さがわずかでも残っているあいだは、かれらの軍備と軍事機構の背骨となり、世界支配をめざす核脅迫政策の主要な武器となっている核兵器を自発的に廃棄することはありえない」(同書p20より)。

吉良よし子ら若い共産党員が、一昔前の日本共産党の「理論」、例えば上田兄弟の著作や聴濤弘の著作を真剣に読むことを願ってやみません。

(文中敬称略)。

2016年1月1日金曜日

蓮池透著「拉致被害者たちを見殺しにした安倍晋三と冷血な人々」(講談社刊行)より―ファナティック(fanatic, 狂信的)な言論とは何か

「いかに北朝鮮が報告しやすい環境を作るか・・・これが日本政府にとって大きな課題なのである」(同書p65)


「大きな構想力を持って日朝双方にメリットがあるような絵を描き、最終的には日朝の国交正常化を目指して北朝鮮側と真剣に交渉すること。」(同書p278、青木理氏の発言より抜粋)。



蓮池透さんは、北朝鮮に拉致された蓮池薫さんのお兄さんです。薫さんが昭和53年7月31日に突然消え去って以来、透さんは必死に弟さんの行方を捜してこられました。

当時は北朝鮮に拉致されたなどわかるはずもない。御両親は「家出人捜索番組」で「薫、このテレビを観ていたら連絡ください」と訴えられたそうです(同書p35)。

ようやくかかってきた電話は「東京の山谷で見た」「名古屋のパチンコ屋で見た」というものでした。それでも御両親は山谷の木賃宿を、薫さんの写真をもってまわりました。

透さんは名古屋のパチンコ屋を、薫さんの写真をもって「この人を知りませんか」と巡られたそうです。御家族の心痛、心労はどれほどのものだったでしょう。

蓮池薫さんは北朝鮮工作員に眉間のあたりを突然殴られた


薫さんが帰国されてからわかったことですが、薫さんはのちに奥さんとなった祐木子さんと二人で海岸に座っていました。

背後に嫌な気配を感じたところ、屈強な男が「おい、煙草の火を貸してくれないか」と日本語で話しかけてきました。

薫さんが「いいですよ」とライターを差し出したところ、突然ガツンと眉間のあたりを殴られました。

一時的に視力を失った薫さんは、体中をロープで縛られ、大きな袋に詰められたそうです(同書p37-38)。祐木子さんも袋に詰められ、二つの袋は人目につかないところに隠されていたそうです。

あたりが真っ暗になり、薫さんたちは接岸してきたゴムボートに乗せられ、沖の母船まで連れていかれ、北朝鮮に連行されました(同書p38)。

本書は、北朝鮮の国策として行われてきた日本人拉致の手法を具体的に暴いています。

テロ国家北朝鮮に通常の「話し合い」「交渉」は成立しない


これほどの残酷行為を断行する北朝鮮に対して、上述のような普通の国家との外交手法で「交渉」「話し合い」が成立するでしょうか?

普通の「交渉」「話し合い」が北朝鮮当局と成立するなら、拉致された日本人の皆さんがじっくり拉致した連中と話し合えば帰国できたはずです。ありえない。

拉致した日本人の皆さんが北朝鮮当局とじっくり話し合えば帰国できたはずだ、などという主張は私には「ファナティック」と思えます。

こんなことを言う人はいないでしょうが、北朝鮮と「交渉」「話し合い」だけを主張する方ならそういってもおかしくない。

日本の右派勢力により北朝鮮が日本人拉致について報告しにくい環境が醸成されているから、報告ができなくなっているのではありません。

そんな繊細な神経の持ち主が突然他人の眉間を殴るはずがない。

私はある元北朝鮮工作員(在日の方)から、「つがいで連れてくると精神が安定して良い、と向こうの奴は言っていた」という話を伺いました。つがいとはペアという意味です。

「日朝双方にとってメリットがあるような絵」とは具体的に何か不明ですが、北朝鮮当局に何らかの形で金品を渡すなら核ミサイルや生物・化学兵器開発資金となるだけです。

食糧支援、電力などのインフラ整備でも同様です。日本の資金と技術で発電所を作れば、政治犯収容所の周囲に張り巡らされている鉄条網の高圧電流にされてしまいます。

「北朝鮮と真剣に交渉」とやらをしているだけなら、拉致した日本人は全員死んだからそれを認めろ、日本人妻を数名一時帰国させてやるからそれで大金をよこせと言われるだけです。

「拉致問題の解決」とは、拉致した日本人全員を直ちに返すこと、拉致指令を出した金日成、金正日の残虐行為と奢侈生活を公開し、金正恩が日本人と日本国民に謝罪と償いをすることです。

このために、日本政府は対北朝鮮ラジオ放送や海外衛星放送で金日成、金正日の残虐行為と奢侈生活、特に金正日の派手な女性関係を暴露するべきです。

これをやれば金正恩は全力で日本を脅迫してくるでしょう。そのとき日本政府は、「放送をやめてほしければ横田めぐみさん、有本恵子さん、増元るみ子さんらを返せ」と放送で言えばよい。

「最高尊厳」とやらを徹底批判すれば北朝鮮当局は激高し「真剣な交渉」「対話」ができるのです。

金正日と高英姫の愛情物語を海外衛星放送でドラマ化して放映するべきだ


金正恩が拉致した日本人を返さなければ、金正日と高英姫、金正日と他の女性たちとの愛情物語をドラマにして海外衛星放送で放映するのも良いでしょう。

金正日の正妻になることを、故高英姫は切願していたに相違ない。しかし元在日朝鮮人という出自の壁は、金正日でも超えられなかった。金正日は金日成に高英姫の存在を言えなかったのです。

最愛の女性を、父に紹介すらできなかった金正日はどんな気持ちだったでしょうか。

金正日は30代から40代にかけて、側近の張成澤らと毎晩のように、「喜び組」を侍らせて豪華な酒宴を催していました。酒宴でも金正日は気を抜けなかった。

金正日は側近たちの動向を酒宴で探っていたのです。

独裁者の孤独さを、西側社会の自由な雰囲気を体得している元在日朝鮮人高英姫は推し量れたのではないでしょうか。

ドラマの主題歌を韓国の実力歌手WAXにお願いしたらどうでしょうか。

番組には、金正恩と妹金予正の役も出てくることになるでしょう。中国で脱北者を逮捕するために動いている国家安全保衛部の皆さんが視聴者となって下さるかもしれません。

ふざけるな、と蓮池透さんは言うかもしれません。

しかし北朝鮮当局のいう「最高尊厳」とやらを北朝鮮の一般国民が気軽に批判できるようになったら、拉致した日本人を監視している連中を買収するのは難しくない。

「首領冒涜罪、皆でやれば怖くない」という状況を北朝鮮国内で形成するような思想攻撃を北朝鮮にするべきなのです。首領冒涜罪の蔓延により国家安全保衛部の機能を麻痺させねばならない。

日本政府の対北朝鮮政策を「圧力と思想攻撃」に転換するべきなのです。

2015年12月31日木曜日

島田裕巳・中田孝「世界はこのままイスラーム化するのか」幻冬新書より「全ての貸与は喜捨である」(同書p181より抜粋)

中田孝「ムハンマドがこういう言葉を残しています。全ての貸与は喜捨である。二回お金を貸すことは、喜捨を一回することに等しい」(同書p181より)


「貯めるというのは、イスラーム的ではないんです」(p190)。


昨年のパリでのテロに衝撃を受けた人は少なくないでしょう。テロがなぜ生じたのか、どうやって防ぐのかについては様々な議論がなされています。

テロを実行した人たちが、イスラム教徒だったからといってイスラム教徒全体を特別視するべきではない。

しかし、欧州に定住しているイスラム教徒の中に、欧州社会に対する不満や鬱憤が蓄積しているのは確かでしょう。どこの国でも移民が良い仕事に就くのは難しい。

また欧州人にも、イスラム教徒を毛嫌いする人が増えていることも想像に難くない。

現在フランスには、イスラム教徒が500万人いるそうです。中東の混乱が続けば欧州に流入するイスラム教徒は増えるでしょう。

定住した欧州諸国でも、イスラム教徒の比率は増えていくでしょう。

ローマ帝国崩壊の一要因はゲルマン民族大移動―フン族(匈奴)の侵入が背景


イスラム教徒の世界観は基督教のそれと大きく異なる。

世界観により、経済の慣習、すなわち勤労態度や消費と貯蓄決定、投資と資金調達決定は大きく影響されます。

欧州人と大きく異なる世界観、経済慣習を持つ人々が人口の多数派となっていったとき、欧州社会と経済は大きく変容します。

仮に30年、40年後のフランスやドイツでイスラム教徒が人口の過半数近くになれば、フランスやドイツ、欧州社会は大きく変容しうる。

移民が定住した社会に同化しなければ、定住した社会が変容していくことになる。ローマ帝国崩壊の一要因は、ゲルマン民族大移動でした。

ゲルマン民族大移動は、フン族(おそらく匈奴)の侵入によるという説もあります。勿論、イスラム教徒の大量流入によりEUが崩壊するとまでは言えませんが。

私たちはイスラム教徒の世界観、経済観について多少は知っておくべきでしょう。前掲書には中田孝氏による興味深い説明が、上記のほかにも多々あります。以下、抜粋して引用します。

イスラームは近代西欧が生み出した「領域国民国家」と両立しないのか


「もともとイスラームには、国家の概念も国境の概念もありません。そこに、西欧のような国家がつくられてしまったら、その国々に支配層が生まれます。神以外の支配層が生まれる時点で、もうイスラームではないんです」(p139)。

「(イスラームと)近代西欧が生み出した『領域国民国家』とは両立しません」(p140)。

「イスラームは『服従すること』『帰依すること」を意味する言葉です。要するにイスラームとは、唯一神アッラーだけに従うものであって、アッラー以外のどんな人間も組織も他者を支配する権利はありません」(p138)。

「カリフ制を復活させるということは、国民国家システムで押し付けられた国境をなくして、イスラームが本来持っていたグローバリゼーションを回復することです」(p149)。

「カリフ制というのは、イスラーム教徒にとって義務なのですから、イスラームを真剣に考えれば、カリフ制を目指すのは当然のことなのです」(p149)。

「イスラームは、個人と神との関係からなる宗教なので、神から命じられているかどうかだけがあらゆる行動の基準となります」(p53)。