2013年10月19日土曜日

Albert Camus「異邦人」(The Stranger)の二重性―Dualisms in Albert Camus' The Stranger by Peter Francevを読んで思う―

夜、マリイはすべてを忘れた(新潮文庫p23) By that evening Marie had forgotten all about it.




Albert Camusの「異邦人」について、研究論文が相当出されているようです。それらを全て読んで概観することなど、とても私にはできません。

しかし、少しだけ読んで論じることを許容していただければ、何とかなります。

今回は、The Albert Camus Societyというホームページにある、Peter FrancevによるDualisms in Albert Camus' The Strangerという論文を紹介し、思ったことを述べます。


「異邦人」は第一部と第二部に分かれています。第一部と第二部でムルソー(Meursault)の人柄が多少、異なっているようにも思えます。描かれている世界も異なっています。

Peter Francevによれば、第一部は女性的で、第二部は男性的です。第一部の世界は抒情的な自然です。第二部の世界は実際の人間社会です。

第一部はディオニソス(Dionysos、ギリシア神話の神で、別名Bacchus)的で、第二部はアポロ(Apollo,ギリシア・ローマ神話の男性美の神)的です。

Peter Francevによれば、Camusは「異邦人」を二重性のある小説として創り、隠された意味を読者が脱構築(deconstruct)できるようにしました。

Peter Francevは、ムルソー(Meursault)の恋人マリイ(Marie)に対する言動に注目します。



彼女は足を私の足にすり寄せていた。私は胸を愛撫した(新潮文庫p23)。




マリイ・カルドナ(Marie Cardona)は、ムルソーが働いていた事務所にいたタイピストです。在職時からムルソーはマリイに関心がありました(whom I'd had a thing for at that time)。

マリイもそうでした(She did too, I think)。

母の埋葬の翌日に港の海水浴場で二人は再会します。Peter Francevによれば、ムルソーはマリイの胸に強い関心を持っています。

これは、ムルソーが無意識の中でマリイに、亡くなった母の姿を見ていたからです。

以下、マリイの胸に関する記述を抜粋してみましょう。英語版はMattew Ward訳のものです。



彼女がブイに登るのを手伝うと、その拍子に胸に触った(新潮文庫p22)。
I helped her onto a float and as I did, I brushed against her breasts(p19).

彼女は足を私の足にすり寄せていた。私は胸を愛撫した(p23)。
She had her leg pressed against mine. I was fondling her breasts(p20).

私はひどく欲望を感じた。紅白の縞の綺麗な服を着て、革のサンダルをはいていたからだ。堅い乳房が手にとるようにわかり、陽に焼けて褐色になった顔は、花のように見えた(p37)。

I wanted her so bad when I saw her in that pretty red-and-white striped dress and leather sandals. You  could make out the shape of her firm breasts, and her tan made her face look like flower(p34).

私のいる場所からでも、あの乳房の軽やかな重みが、手にとるようにわかった(p97)。

From where I was sitting, I could just make out the slight fullness of her breasts, and I recognized the little pout of her lower lip(p93).



こう並べてみると、ムルソーはマリイの乳房にかなり入れ込んでいたようです。

Peter Francevによれば、これはムルソーが母親と強いきずなを持っていなかったことを示唆しています。

若い女性の乳房に関心を抱く男性のすべてが、母親と良好な関係を築いてこなかったとは言えないでしょうが、Camusはそうした意味を込めてムルソーとマリイを描いたのでしょう。




第二部でムルソーは考え深く、確固たる意志を持つ知的な若者に変わっていく




Peter Francevによれば,ムルソーは公判と死刑判決を言い渡される中で変容します。

非合理的で無感動な性的存在から、考え深く確固たる意志を持つ知的な若者になります。

それでもムルソーはずっと、マリイのことを忘れていませんでした。

特赦請願が却下されるであろうと予想し、御用司祭と会うことを拒絶したムルソーはマリイのことをしのびます。その部分を抜粋しましょう。




その顔は太陽の色と欲情の炎を持っていた。それはマリイの顔だった。





ほんとうに久しぶりで、マリイのことをしのんだ。もう何日も手紙もくれずにいた。その夕べ、考えた末、マリイも死刑囚の恋人たることに、疲れたのかもしれない、と私は思った。

彼女は病気かもしれない、死んだのかも知れない、そんな風にも考えられた、それは当然なことだった(p118)。

For the first time in a long time I thought about Marie. the days had been long since she'd stopped writing.

That evening I thought about it and told myself that maybe she had gotten tired of being the girlfriend of a condemned man.

It also occurred to me that maybe she was sick, or dead. These things happen(p115).


「それは当然なことだった」(These things happen)に、ムルソーの孤独を乗り越えていく強い意志が現れているようです。



御用司祭はムルソーに、人間の原罪を認め、神の顔を見つめることを要求します(p122-123)。御用司祭に対し、ムルソーは次のように答えます。



恐らく、ずっと前には、私もそこに一つの顔を求めていただろう。しかし、その顔は太陽の色と欲情の炎を持っていた。それはマリイの顔だった。

私はむなしくそれを追い求めた。が今ではそれも終わった(p123)。

Maybe at one time, way back, I had searched for a face in them. But the face I was looking for was bright as the sun and the flame of desire - and it belonged to Marie.

I had searched for it in vain. Now it was all over.



「が今ではそれも終わった」(Now it was all over)という短い文章に、ムルソーの悲しみが込められているようです。

ムルソーの最後の独白部分にも、マリイへの消えぬ想いがあります。次です。



マリイが今日もう一人のムルソーに接吻を与えたとしても、それがなんだろう?(p126)。
What did it matter that Marie now offered her lips to a new Meursault?(p122)



運命の力により、どうしようもなく悲惨な状況に追い込まれても、「それがなんだろう?」(What did it matter?)と問い直すムルソーに、私は勇気づけられます。



私ははじめて、世界の優しい無関心に、心をひらいた





「異邦人」の末尾の次の描写もとても素敵です。抜粋しておきます。



あの大きな憤怒が、私の罪を洗い清め、希望をすべて空にしてしまったかのように、このしるしと星々に満ちた夜を前にして、私ははじめて、世界の優しい無関心に、心をひらいた(p127)。

As if that blind rage had washed me clean, rid me of hope; for the first time, in that night alive with signs and stars, I opened myself to the gentle indifference of the world.



世界の優しい無関心(The gentle indifference of the world)に心をひらくことができれば、どんな困難も乗り越えられそうですね。












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