2015年5月13日水曜日

「赤旗」1967年11月7日主張「十月社会主義革命五十周年にあたって」より抜粋―若き聴濤弘氏(日本共産党員で元参議院議員、1935年生まれ)らはなぜソ連を礼賛したのか―

吉良よし子議員、池内さおり議員ら若い日本共産党員は昔の「赤旗」と「平家物語」を読むべきだ。


以下は、上記の「赤旗」主張からの抜粋です。日本共産党元参議院議員の聴濤弘さんなら、この時代の「赤旗」の基本的論調をよく御存知です。

「十月社会主義革命から今日までの半世紀のあいだに、世界の社会主義、共産主義の事業は、さまざまな困難や障害とたたかいながら、壮大な発展をとげました。

ソ連の社会主義は、帝国主義勢力の凶暴な干渉と包囲にたえぬいて社会主義建設の歩みをすすめ、第二次世界大戦では、全世界の民主勢力との連合のもとで、

ドイツファシズムの侵略を粉砕して偉大な勝利をかちとりました。

五十年前には、ソ連一国で世界の人口の十分の一にみたなかった社会主義は、第二次世界大戦後の東ヨーロッパおよびアジアの一連の国ぐにでの人民民主主義革命と社会主義革命の勝利、

1959年のキューバ革命の勝利をへて、今日では、十三の社会主義国家からなるヨーロッパ、アジア、ラテンアメリカの三大陸にわたる社会主義世界体制に成長し、

世界の人口の三分の一以上がすでに社会主義の道にたつにいたっています」(中略)

「経済的発展の面でも、社会主義制度の優越性は、きわだっています。

五十年まえ、ロシアで社会主義革命が成功した当時、世界の工業生産高で社会主義国が占める割合は約3パーセントにすぎませんでしたが、今日では、それは約40パーセントを占めるにいたっています。

社会主義国の多くは、経済的にかなり立ちおくれた状態から出発したにもかかわらず、この急速な経済的発展を基礎に、革命前の飢餓的窮乏を短期間に克服し、社会主義建設の進展とともに、

人民の享受する社会福祉の点でも、文化の点でも、人間による人間の搾取と抑圧を原則とする資本主義諸国の追随をゆるさない成果を達成してきました」。

聴濤弘氏ら昔の日本共産党員には見聞した事実の分析ができなかった


聴濤弘さんら昔の日本共産党員の皆さんは、一体何を根拠にしてこんな虚偽宣伝をしたのでしょうか。この主張の時期、中国では紅衛兵が暴れまくり、社会は大混乱していました。

紅衛兵に暴行を加えられている方々には、医療も福祉もあろうはずがない。聴濤弘さんにはその程度の想像もできなかったのでしょうか?当時の中国には、日本共産党関係者がいたはずです。

五十年前には、ソ連や中国、東欧、北朝鮮をひたすら礼賛し、米国や日本を罵倒していれば立派な左翼人とみる社会的風潮がありました。

日本共産党員には、見聞したあらゆる事実を総合して分析するという謙虚さがなかった。外国の共産党の宣伝をうのみにしてそれを日本社会に流布していました。

「赤旗」のこの「主張」を当時読み、ソ連、中国、北朝鮮礼賛に励んでいた若い日本共産党員は、今では70代後半から80代になっています。

そのお一人、聴濤弘さんは日本共産党内でソ連問題の専門家とされ、ソ連礼賛を重要な仕事としていた方です。「21世紀と社会主義」(1984年新日本出版社刊)という著作があります。

若き聴濤弘さんからみれば、ソ連崩壊をもろ手をあげて歓迎した宮本顕冶氏は反革命分子そのものです。聴濤弘さんらが理想郷と信じていた社会主義世界体制とやらは、滅亡しました。

中国は国家独占資本主義になりました。中国共産党幹部の腐敗は自民党どころではない。


祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。紗羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。



「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。紗羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。

おごれる人もひさしからず。ただ春の夜の夢のごとし。たけきものも遂には滅びぬ。ひとへに風の前の塵におなじ」

昔の「赤旗」や「前衛」を読むと、「平家物語」冒頭のこの一節を思い出してしまいます。
聴濤弘さんら昔の日本共産党員のソ連礼賛など、春の夜の夢の価値もなかった。

吉良よし子議員、池内さおり議員ら若き日本共産党員は、五十年後にどんな宣伝をしているのでしょうか。引き続き、中国は社会主義を目指していると宣伝しているのでしょうか。

若い日本共産党員には、中国や北朝鮮による核軍拡の危険性が一切認識できない。日本が中国や北朝鮮の核ミサイルの標的になりうるのです。これがどうしてもわからない。

在日本朝鮮人総連合会の皆さんと、日本共産党員は基本的な思考方式が似ています。共産党、労働党の指導者のお話は全て正しく、批判者(脱北者や除名者)は絶対悪という思考方式です。

中国宣伝に励む前に、聴濤弘さんら昔の日本共産党員から、青春期のソ連礼賛話を聞くべきでしょう。高齢の日本共産党員も若い頃は、「たけきもの」だったのです。


2015年5月4日月曜日

三浦綾子「道ありき<青春編>」(新潮文庫、昭和55年発行)を読みました。

三浦綾子(1922-1999)が昭和21年、24歳の頃からの「心の歴史」を語った書。若くして世を去った最愛の恋人前川正が残した言葉が胸をうつ。


三浦綾子による聖書の解釈は聖書に記載されている奇跡物語を全て真実として受けとめるものです。私は正直言って、これにはついていけない。

奇跡物語の真偽はどうであれ、作家三浦綾子は自らの心の歴史をどのように語ったのでしょうか。そう思い、この本を読みました。

社会経済の歴史は、把握手法と概念によりまとめ方、記述が異なってきます。

ましてや心の歴史となれば、人の数だけある。心の歴史で共通する点といえば、愛情の履歴でしょうか。「道ありき」は青春編、結婚編、信仰入門編と三部作になっています。

愛し合う二人は結核に体を蝕まれていた


「青春編」では、青春期の最愛の恋人とも言うべき前川正の純真な愛が描き出されています。青春期の恋人の声や姿を、たまに思い起こす人は少なくない。

三浦綾子は幼なじみで、二つ上の前川正と昭和23年に再会しました。この頃すでに、前川正は体を結核に蝕まれていたようです。

前川正は北大医学部の学生ですから、自らの余命が長くないかもしれないことを十二分に意識していたのでしょう。

この本によれば、肺結核という病気は各人各様の病状を表します(同書p106)。三浦綾子(旧姓堀田綾子)は微熱と盗汗があり、痩せていましたが咳をしなかった。

前川正は道を歩いていても、立ち止まって体を屈めなければいけないほどのひどい咳をしていました(p107)。昭和20年代では、結核は殆ど死病だったのです。今の癌より、深刻かもしれない。

「青い山脈」の時代の若者たちは濃密な人間関係を築いていた―戦死した仲間の声と姿



映画「青い山脈」(昭和24年東宝。原節子主演、石坂洋次郎原作)とその主題歌が流行していた頃です。

当時の若者、つまり大正から昭和一桁生まれの人々の愛情観、人間観は今日の若者のそれとは大きく異なっていそうです。若者からみれば祖父母の世代ですから。

この時代の若者の心中には、戦死した仲間の声や姿が常にあったのでしょう。

インターネットどころか、テレビすらない時代です。人の行き来が今と比べると実に少ない。従って昭和20年代の若者たちは、濃密な人間関係を築くことになった。

前川正と綾子がはじめてくちづけを交わした日、前川正は旭川の春光台という丘の若草の上にひざまずき、祈りました。

「父なる御神。わたしたちはご存知のとおり、共に病身の身でございます。しかし、この短い生涯を、真実に、真剣に生き通すことができますようにお守りください。

どうか最後の日に至るまで、神とお互いとに真実でありえますように、お導きください」(同書p141)。


通信手段の発展と企業間競争の激化により、人間関係が淡泊になった



メールやラインで気軽に交流し、愛を語り合っている現代の若者の間では、純愛が成立しにくくなっているのかもしれません。気分が合わなければ、別の恋人を探すのは難しくない。

齢を経た中年には仮面夫婦や不倫関係がいくらでもあります。

中高年になれば、純愛どころか利害計算が恋愛関係の必要条件となってしまいかねない。

「金の切れ目は縁の切れ目」のような人間関係に疲れ、孤独感にさいなまされている現代人は少なくない。通信手段の発展により、淡泊な人間関係が支配的になってしまいました。

経営者や会社員が多数の人々と濃密な人間関係を構築するような「暇なこと」をやっていたら厳しい企業間競争で敗退してしまうのです。


35歳で逝った前川正が綾子に残した数々の貴重な言葉



前川正は八本もの肋骨を切除して、肺の空洞を潰そうとしましたが駄目でした。血痰が出ていたとあります(p254)。

前川正は昭和29年5月1日の夜7時半頃、食事中に意識不明となり、そのまま意識が戻らずに午前1時14分に亡くなりました。35歳の若さでした。

前川正が聖人とまで言えるのかどうか、わかりようもありませんが、この本には彼の貴重な言葉がいくつも残されています。

結核の治療には相当な費用がかかります。かなりの経済的負担を父母にかけてまで、生きるのはずうずうしいと思っていた綾子に前川は語っています。

「綾ちゃん、生きるということは、ぼくたち人間の権利ではなくて、義務なのですよ。義務というのは、読んで字のとおり、ただしいつとめなのですよ」(同書p184)。

熾烈な企業間競争を止めることはできませんが、ときには前川正の言葉を思い起こしたいものです。

2015年4月27日月曜日

Audrey Tautou, Gad Elmaleh主演2006年仏映画「プライスレス 素敵な恋の見つけ方」(原題Hors de Prix, 英語題名Priceless)を観ました。

Saganが描いた欧州の大金持ちの世界を思い起こさせる。地中海沿いのリゾート地Niceを舞台にした恋の物語。何よりも、Audrey Tautouの小悪魔ぶりとファッションが魅力的。


Internetで調べると、Niceは一年中温暖なので観光客が絶えない。欧州の大金持ちが長期間滞在する観光地なのでしょう。Niceの街には高級ホテルが沢山あるのでしょう。

大金持ちの観光客は高級品を消費します。欧州の大金持ちには、金の力で若い女性や男性を愛人にする人もいるのでしょう。

金持ちの女性に養われて生きる男性を日本語ではツバメ、外来語ではジゴロ(gigolo)と言います。

ツバメの子は親から餌をもらうため、全力で巣から顔を出します。しっかり顔を外に出していないと、他の子供、兄弟に餌を奪われてしまいますから。

金持ちの女性に養われている若い男性と恋人の女性の関係は、ツバメの子と親のそれを連想させるから、そういわれるようになったのかもしれません。

この映画は、ツバメ、ジゴロとして生きる若い男女の物語です。

そんな暮らしがいつまでも続けられるはずもない、こんなことはありえないなどと理屈をこねないで楽しく見るべきでしょう。

ジゴロとして暮らす人の現実を極端化して描けば、こうなるとも言える。

Audrey Tautouのファッションの変化を楽しめる


1ユーロ通貨に思いを込めたシーンも面白い。金がなければ何もできないが、金が全てではありえないという製作者からのメッセージなのでしょう。

ジゴロの二人はそれぞれ同じ文句で、目標とする相手の心をつかもうとします。

決まり文句がどうあれ、Audrey Tautouの情熱的な瞳で見つめられたら、散財してしまう大金持ちはいくらでもいそうです。

Audrey Tautouが背中が大きく開いたドレスや水着などいろいろな衣装や髪型で登場してくるのもこの映画の魅力の一つです。女性はファッションや髪型、化粧で随分変わるのですね。

「ロシアン・ドールズ」(Russian Dolls, 2005年)のAudrey Tautouと大違いです。

金持ち男に逃げられてしまい、一文無しになって途方に暮れ、プールサイドで水着のまま震えるAudrey Tautouも可愛らしい。

欲を言えば、この映画は音楽が今ひとつのように感じました。Niceの街並みにふさわしい音楽とはどんな曲なのか、私にはわかりませんが。

2015年4月20日月曜日

Benoît Magimel主演2006年仏映画「裏切りの闇で眠れ」(原題TRUANDS、ごろつき、ヤクザの意味)を観ました。

パリの犯罪組織による暴力と殺人の世界を描いた。Benoît Magimel演じる一匹狼の哀愁感漂う歩き方が良い。


この映画のパリの犯罪組織は、性産業や飲食業とそこでの用心棒代、麻薬取引、偽札、未登録の車の取引などで稼いでいます。用心棒代では日本の暴力団と共通しています。

この映画には、残虐なシーンが多すぎるように思えます。それがParis犯罪組織の現実なのでしょうか。

Charles Bronson主演の「バラキ」(The Valachi Papers, 1972)を思い出します。

「バラキ」にも、正視に耐えない残虐な殺人シーンがありました。

Benoît Magimelファンの女性でも、拷問シーンが恐ろしくて映画の筋についていけなくなってしまかもしれません。

Benoît Magimelは、悩めるインテリというような役を演じるとぴったりです。寝起きや、着替えるシーンでも一匹狼の殺し屋の孤独と哀愁が感じられます。

Benoît Magimel演じる殺し屋がボスの愛人を騙すシーンは、この映画の見せ所でしょう。

フランスの監獄ではボスの愛人が面会し、ボスを抱擁できるのか


駐車場での麻薬取引から生じた犯罪組織間の派手な銃撃戦がありますが、これは非現実的でしょう。

逮捕された犯罪組織のボスが服役中に子分と携帯電話で連絡をとり指示を出すシーンがあります。フランスの監獄ではこんなことが行われうるのでしょうか。

服役中のボスの愛人が同じ部屋に入って、ボスと抱擁しあうシーンがあります。

ボスの愛人は、子分たちの動向をボスに報告しています。こんなことが現実にありうるなら、ボスを逮捕しても殆ど意味がない。

フランスの犯罪組織は小規模で杜撰なのか


仏の犯罪組織は日本の暴力団のように大組織になっていないようです。

この映画では、ボス自らが裏切り者の拷問を行い、部下に殺人の指令を出します。

犯罪組織といっても、その構成員は十人もいないように描かれている。

現実にそうなら、有力な子分の裏切りにより犯罪組織は簡単に崩壊してしまう。

映画では、ボスには武装したボディガードがいない。

これでは、Benoît Magimel演じる一匹狼の殺し屋に簡単に消されてしまうのも当然でしょう。対立している犯罪組織の刺客に殺られてもおかしくない。

経験豊かなボスなら、子分がいつでも裏切りうることを予見しているはずです。だからこそ、ボスは一匹狼の殺し屋を信頼したのかもしれません。

2015年4月12日日曜日

Audrey Tautou 主演2011年仏映画「ナタリー」(原題La délicatesse, François Damiensが相手役)を観ました。

三年前、夫を交通事故で失った若きナタリー(Nathalie)が、衝動的にさえない部下Markusにキスをした。それが二人の恋の始まり。-


純愛物語です。気軽にジョギングに出た夫が突如交通事故で亡くなってしまいました。子供を産み育てることを二人で楽しみにしていたのに。これでは若妻は立ち直れないでしょう。

茫然自失したNathalieがParisの街を歩くシーンの挿入歌が、どことなくParisの雰囲気を醸し出しています。亡き夫への想いを連想させる歌詞です。

夫はもう死んだのだから、忘れなくてはいけないとNathalieは必死です。携帯から、夫のアドレスを消そうとしたが消せない。

内向的になり3年間仕事に専心するNathalieに、勤務先の社長( Bruno Todeschini)が声をかけます。Parisの洒落たレストランで二人は夕食を共にします。

社長はNathalieに愛を告白します。当惑しますがNathalieはきっぱり社長を拒否します。

社長はNathalieにかなり入れ込んでいますが、妻帯者です。「すぐに離婚する」と言いますが、こんな約束は当てにならない。

Nathalieの心の奥には3年前に亡くなった亡父がまだ生きていたのです。「一生、誰も愛さないかもしれない。愛するとしても、それは貴方ではない」とNathalieは社長に告げます。

若い二人の関係がなかなか進展しないのは―Nathalieの心中に亡き夫の面影か


なぜナタリーが突然部下のMarkusにキスをしたのかはよくわからない。仕事に打ち込んでいる女性が寂しさを紛らわすためにそんなことをするでしょうか。

そのあと、若い二人の関係がなかなか進展しないのも少し奇妙に思えます。

スウェーデン人のMarkusが、素敵な上司との恋の進展にとまどうものでしょうか?Nathalieの心中には亡き夫の面影が浮かんでは消えていたのでしょう。

それをMarkusは感じ取っていたのかもしれない。観劇の後エッフェル塔の近くで、二人で夜景を見ながら少し話をするシーンがあります。

Markusは「君は美しい。でもありえない」と言い、走って逃げてしまいます。そのあともMarukusは、Nathalieの顔を見ないようにします。

二人は中高生ではないのですから、これは考えられない。このあたりが、現代フランスには稀な純愛物語ということなのでしょう。

映画の最後のほうで、NathalieとMarkusが祖母の家に行きます。祖母の家の庭で、幼いNathalieが隠れん坊などをして遊びました。

その後Nathalieは亡夫と出逢い、哀しい別れをすることになったのですが、これまでの全ての彼女をMarkusは愛する決意をします。現実にはこれが難しいでしょう。

仏映画を観るたびに思うことの一つは、家が広い。一人暮らしでも、何部屋もあるアパートに住んでいて当たり前のようです。

フランス人の伝統的食文化がフランスの競争力を支えている


友人を招いてパーティを催すのはフランス人家庭のしきたりです。ワインを片手に友人同士いろいろ語り合う場面が、必ずと言って良いほど映画に出てきます。

フランス映画の魅力のひとつは、フランスの伝統的食文化を垣間見られることでしょう。フランス人は毎夕、ワインを飲むのでしょうか。

この映画には、英語の歌に合わせてNathalieがダンスをする場面があります。一昔前のフランス人には、英語を嫌う人が少なくなかった。これは30年前の私の学生時代の話です。

Nathalieのダンスを見て、フランスも米国化が少し進んでいるのかなと思いました。米国化というより、イスラム化が進んでいるという政党もあります。

映画と関係ないのですが、少し書き留めます。

フランスはフランス語圏からの移民を拒否できるか


イスラム化が進めば、伝統文化が衰えてフランス経済の競争力が弱体化してしまうかもしれません。

しかし移民としParisに来ている人々の多くは、父母や祖父母がフランス人だった方々です。フランス語圏の人々の殆どが、独立前にはフランス人だった。

フランス語圏の人々が親戚や友人を頼ってフランスに移住してくるのはおかしなことではない。豊かなフランスに渡って運命を切り開こうという気持ちでしょう。

フランス語圏からの移民を、イスラム教徒だからといって現在のフランスは拒否できるのでしょうか。かなりの難問でしょう。






2015年4月7日火曜日

「金日成民族」は金日成の愛娘、金正日最愛の妹金敬姫の安否に無関心なのか―朝鮮学校では金日成の愛娘が消息不明となったことをどう教えているのか―

金敬姫は甥の金正恩を恨む遺書を残して、夫張成澤処刑数日後に自殺した?


北朝鮮の公式メディア「朝鮮中央通信」によれば、朝鮮民族は金日成民族だそうです。従って在日本朝鮮人総連合会の皆さんは、金日成民族の一員なのでしょう。

なぜか、金日成の愛娘で、金正日の妹金敬姫は、夫張成澤処刑とほぼ同時期から動向がわからなくなっています。

北朝鮮に渡った元在日朝鮮人や日本人妻の中で消息不明になった方は珍しくないので、またかとでも在日本朝鮮人総連合会の皆さんは思っているのでしょうか。

脱北者の団体「NK知識人連帯」のHP掲載記事は、平壌の高いレベルの幹部からの情報として、金敬姫が張成澤の処刑の数日後に甥の金正恩を恨む遺書を残して自殺したと伝えています。

金敬姫が金正日の死後三年の催しに一切出てこなかった


金敬姫は金正日の最愛の妹なのですから、金正日死後三年の催しには必ず参列せねばならないはずです。

一切姿を見せないだけでなく、名前すらこの間北朝鮮の文献に出てこないのはあまりにも異様です。

金敬姫が病死したのなら、金敬姫には子供がいないのですから甥の金正恩が葬儀を出さねばならないはずです。一つ一つ考えていくと自殺説が現実味を帯びてくる。北朝鮮では、自殺は重罪です。

平壌の最高幹部は事実を知っている-金正恩に激しい反感を内心で抱いている
 

平壌の労働党幹部で金敬姫の存在を知らない人間などありえない。

田舎の労働党幹部なら金敬姫を知らなかったかもしれませんが。平壌の労働党幹部は金敬姫が金正日死後三年の催しに一切出てこなかったのをどう受けとめたでしょうか?

金敬姫と昵懇だった労働党最高幹部は事実を知っているはずです。自殺なら、彼らは内心で金正恩に激しい反感を抱いているに相違ない。

病死でも、叔母の葬儀すら出さない金正恩を労働党最高幹部は内心でどう思っているでしょうか?金日成、金正日の顔に泥を塗るような行為と思っているかもしれない。

早世した母金正淑を求めて泣く妹金敬姫の姿を、兄金正日は終生忘れなかった


在日本朝鮮人総連合会のみなさは金正日最愛の妹がどうなっていても自分たちには何の関係もないという受けとめなのでしょうか?「山に行った」のだろうな、という程度ですか?

金日成や金正日が生きていたら、皆さんのそういう態度をどう思うでしょうか?

死人に口なし、ということなのですかね。在日本朝鮮人総連合会とは金日成の愛娘、金正日の最愛の妹をないがしろにして足蹴にする人の集合体ということになりませんか?

金正日にとって在日本朝鮮人総連合会本部の建物などより、妹金敬姫の方がどれだけ大切だったかわからない。

母親の金正淑が早世したとき、僅か3歳だった金敬姫は母親の顔や声を殆ど覚えていないはずです。
「オンマ、オンマ」(엄마,엄마)と母を求めて泣く幼い妹を、兄金正日(오빠)はどれだけ不憫に思ったことでしょう。金正日、金敬姫と継母金聖愛の関係がうまくいったはずがない。

文学を多少読んだことがある人なら、そのくらいの想像ができそうなものです。在日本朝鮮人総連合会に読書家はいないのでしょうか。

「偉大な首領」金日成は、愛娘が将来の「民族反逆者」「宗派分子」と結婚することを認めた


金日成の愛娘、金正日最愛の妹の安否を無視することが、金日成民族の義務であり「全社会の金日成・金正日主義化」なのでしょう。

金敬姫が民族反逆者張成澤の奥さんだから行方不明で当然ということなのでしょうか。
朝鮮学校では、愛娘が消息不明となってしまった金日成の人生をどのように教えているのでしょうか。

愛娘が将来の民族反逆者、宗派分子張成澤と結婚することを認めたのは首領様の生涯で最大の失敗だったと教えるのでしょうか。

朝鮮学校では、金日成や金正日には人物観察眼がなかったと教えるのでしょうか。




2015年4月3日金曜日

Audrey Tautou 主演2009年仏映画「Coco Avant Chanel」(英語題名はCoco Before Chanel, シャネルになる前のココ)を観ました。

「シャネルになる前のココ」-仏のファッション・デザイナーChanelの前半生を描いた映画。


マリリン・モンローの名文句「ベッドで寝るときは何を着ているかって?シャネルの5番よ」(Marilyn Monroe, What do I wear in bed? Why, Chanel No. 5, of course)。

私はブランド品に疎いので、シャネルといえばマリリン・モンローの有名な言葉くらいしか思い浮かびませんでした。

この映画は、ココ・シャネル(1883-1971)というシャネルを作ったファッション・デザイナーの前半生を描いています。

ココの母親は若くして亡くなりました。父親に捨てられたココは孤児として育ちました。

映画の時期はフランス革命後百年以上経っている。日本では明治の終わり頃。


ココが生まれた1883年は明治16年ですから、この映画の頃日本は明治の終わり頃です。当時のフランス社会の一面を、この映画で垣間見ることができます。

フランス革命後100年以上過ぎていますが、巨額の財産と居城を保有している貴族階級がある。

彼らは地道に働いて稼ぐことを嫌う。こういう階層は、日本にはなかった。華族の全てが巨額の世襲財産を持っていたわけではない。家族が特に勤労を嫌ったわけでもない。

欧州の貴族は城に住んでいました。日本の華族には居城はなかったはずです。

孤児院を出たココは、姉とともに酒場の歌手になりました。映画の初めのほうに、Audrey Tautou演じるココが歌いながら可愛らしく踊るシーンがあります。私はこのシーンが一番気にいりました。

ココ(Coco)というあだ名は彼女が歌っていた歌に由来しているそうです。

ココと姉は酒場で歌を聴いていた客にチップをもらい生計の糧を得ていました。山高帽を裏返しにして客の間を回る姿が映画に出てきます。

「家なき子」(Sans Famille)のヴィタリス一座はココより少し前のフランスの物語


このシーンを見て私はほぼ同時期のフランスの有名な物語「家なき子」(Sans Famille)を思い出しました。

「家なき子」にも、芸を披露した後に犬が帽子を持って回りチップをねだるシーンがありました。「家なき子」はが、若きココより少し前の時期を舞台にした物語です。

日本と同様に欧州には昔から、酒場や街頭で芸を見せて稼ぐ芸人が数知れずいたのでしょう。

ココのデザイナーとしての才能は、酒場の客の身なりを観察する中でも磨かれていったのでしょう。ココは、後にスポンサーとなってくれた貴族の男性Etienne Balsanと出逢います。

インターネットで調べると、出逢いのときココは20歳です。この時代に、才能はあっても財産など一切ない女性が起業するなら、富裕な男性に頼るしか途はなかったのかもしれません。

この映画では若きココが秘めていたであろう野望はあまり描かれていません。未来の大実業家が、青春期に野望をもたなかったとは考えられない。

ココが有名になる前の、男性たちと恋愛と心の交流を通して後のChanelをみる映画なのです。

ココ・シャネルはフランス経済の生産性向上、経済成長に貢献した-J. A. Schupeter「経済発展の理論」


この映画を観て、改めて経済成長と生産性の関係をふと考えました。

ココはその後現代フランスの代表的な実業家の一人となったのですから、明らかにフランス経済の生産性向上に貢献しました。新しいファッションを創りだすことは生産性の向上でもあります。

生産性向上のためには、地道な努力だけではなく、流行を機敏に把握する閃きが必要なのでしょう。そういう才能をもつ起業家を見出し資金を貸す銀行も必要です。

ココの場合には、恋人が銀行の役割を果たしたのです。地主が起業家に資金を提供してInnovationを支援したなら、地主は銀行家のような役割を果たしたといえる。

J. A. Schumpeterの「経済発展の理論」(Theory of Ecocomic Development)を思い出しました。Innovationを遂行する企業家はどのような社会的土壌のもとで生まれるのでしょうか。

ココは、数え切れない新製品を開発したのでしょう。しかし豊田佐吉(トヨタの創始者)のような地道な発明家ではなく、閃きの人だったのではないでしょうか。芸術家肌だったのかもしれません。

経済成長には生産性の向上が不可欠です。生産性とは実際には何なのでしょうか。費用を少なくする技術というだけではない。

消費者の動向を機敏に把握し製品化する才能も生産性なのです。ココのそのような才能は、酒場の歌手としての辛い経験により作られたのかもしれません。

Audrey TautouはAudrey Hepburnに似ている?


ところで、主演のAudrey Tautouは、故Audrey Hepburnにどこか似ているような気がしませんか?二人とも痩身でとても可愛らしい。情熱的な大きな眼と豊かな黒髪が魅力的です。

Audrey Tautouが演じるRoman Holidayを観たいものです。

米国の対談番組でのAudrey TautouをInternetでみました。Audrey Tautouは、言葉を選びつつ話します。穏やかで思慮深い人なのかもしれません。