2023年8月15日火曜日

「日本共産党の百年」より思うー不破さん、志位さんは昭和34年2月の朝鮮労働党との共同声明を内緒にしたい

 山添拓議員、吉良よし子議員ら若い日本共産党員は御存知ないでしょうが、日本共産党は朝鮮労働党と二回、共同声明を発表しています。

第一回目は昭和34年2月、第ニ回は昭和41年3月です。日本共産党の代表は宮本顕治さん、朝鮮労働党は金日成です。

なぜか「日本共産党の百年」では、第一回目の会談と共同声明については記されていません。

二回目については、「日本共産党の百年」p28の初めの段落で紹介されていますが、内容については説明がありません。

当時、朝鮮労働党は日本共産党に対するソ連の覇権主義的干渉に反対する立場を表明した数少ない党でした、という記述がありますが、それだけです。

「日本共産党の八十年」(平成15年刊行)も昭和34年2月の朝鮮労働党との共同声明を内緒にしている

日本共産党の八十年」(p142)では、ソ連共産党第21回臨時大会に出席した帰路、日本共産党代表団が北朝鮮と中国を訪れて、朝鮮労働党、中国共産党と会談をしたことが記されています。

中国共産党との共同声明については記されていますが、朝鮮労働党との共同声明については記されていません。

朝鮮労働党との二回目の会談での共同声明について「日本共産党の八十年」(p189)は、ベトナム人民支援の国際統一戦線結成と拡大を重要任務とした、と記しています。

「日本共産党の七十年」には昭和34年2月の共同声明の記述があるが、内容の説明はない

「日本共産党の七十年 上」(pp. 273-274)は、宮本顕治さんら日本共産党代表団がソ連共産党第21回臨時大会に出席した帰路、北朝鮮と中国を訪れ、朝鮮労働党、中国共産党と共同声明を発表した事を記しています。

朝鮮労働党との会談及び共同声明の内容についての説明はありません。

「日本共産党の七十年 上」(p354)は、ベトナム労働党、朝鮮労働党それぞれと反帝国際統一戦線の結成と拡大を重要な緊急任務として強調した共同声明を発表したと記しています。

不破さん、志位さんはなぜか、昭和34年2月の朝鮮労働党との会談と共同声明を内緒にしたいのでしょうね。

昔の日本共産党は金日成と朝鮮労働党を礼賛しました。この共同声明は在日朝鮮人の帰国に際し、子女の教育の保障があるなどと明言しています。

昭和30年まで、在日の共産主義者は日本共産党員でした。この時期の日本共産党による朝鮮労働党礼賛は、在日朝鮮人の中で相当な影響力があったのです。

察するに不破さん、志位さんはこの辺りを内緒にしたいのでしょうね。


昭和41年3月の共同声明についても、不破さん、志位さんはあまり知られたくないのでしょう。


昭和41年3月の朝鮮労働党の共同声明で日本共産党は、朝鮮労働党による朝鮮半島の統一、すなわち大韓民国滅亡を策を支持しました。

この件について、本ブログは何度か指摘しています。下記です。志位さん、歴史の修正は難しいのですよ。

2023年8月13日日曜日

「日本共産党の百年」より思うー第七回、第八回大会の頃の日本共産党は自主独立の立場からソ連を礼賛した

私は本ブログやtwitterで繰り返し強調していますが、昔の日本共産党はソ連信者の団体でした。

これがばれると厄介ですから、志位さんは日本共産党をソ連と一貫して対決してきた集団のように描き、歴史を修正したいと考えられます。

しかし、歴史の修正は困難です。大きな図書館などで日本共産党の昔の文献を入手し、読めばすぐに歴史の真実がわかってしまいます

「日本共産党の百年」(p19、下から二段目)によれば日本共産党は、党の組織的統一を全面的に回復した第七回大会(1958年)で、自主独立という確固とした路線を決定しました。

同書(p23、一番下の段)によれば、日本共産党は第七回大会から第八回大会へ、二つの大会をつうじて、党綱領を定め、自主独立の立場を確立しました。

自主独立、とは綱領を自分たちの力で作成した、という意味なのでしょう。

第七回、第八回大会の頃の日本共産党もソ連礼賛を続けていた

しかし、宮本顕治さんをはじめとしてこの時期の日本共産党員はソ連信者でしたから、ソ連礼賛は続けていました。

この時期の日本共産党は自主独立の立場で、ソ連から強制されずに、ソ連礼賛を続けたのです。

「日本共産党の百年」には、宮本顕治さん(当時は書記長)が雑誌「前衛」に掲載した論考について何も述べていません。以下です。


宮本顕治さんによれば、社会主義はソ連邦で完全な最後の勝利をおさめました。

ソ連は共産主義建設の偉大な不滅の砦です。宮本顕治さんは「砦」という語がお好きだったようで、第八回大会ではソ連を世界平和の強力な砦と礼賛する報告を行っています。

ソ連は共産主義建設の偉大な不滅の砦、世界平和の強力な砦である。これは、ソ連信者でなければできない表現です。

若き不破哲三さんは宮本顕治さんが「前衛」に掲載した論文を一生懸命読み、感銘したのではないでしょうか。

この時期の日本共産党は、自主独立の見地からソ連を礼賛したのです。

第八回大会(昭和36年7月)からおよそ三十年後、宮本顕治さんはソ連共産党解体を歓迎しました。

日本共産党員には、元の上司が落ち目になったら手のひらを返す、というような生き方を選択する人が多いのでしょうか。


「日本共産党の百年」をざっと読みましたー志位さんは、日本共産党の歴史を修正したいー

 「日本共産党の百年」をざっと読みました。

古今東西、共産主義者は都合の良いように歴史を修正します。

スターリン、毛沢東、金日成は勿論、宮本顕治さん、不破哲三さん、志位さんも「日本共産党の百年」で歴史を様々な点で修正しています。

最大の歴史修正点は、昔の日本共産党がソ連信者の団体であり、日本のソ連化を目指していたことを内緒にしていることです。

昔の日本共産党は国際共産党(コミンテルン)の日本支部として、ソ連から資金と拳銃を受け取り、内乱を起こそうと策していました。

レーニンは第一次体制のとき、革命的祖国敗北主義の見地から帝国主義戦争を内乱に転化せよ、全ての権力をソビエトへと主張しました。

ボリシェヴィキが採用したこの革命戦略は国際共産党日本支部に継承されています。

これは「プロレタリア赤衛軍創設」「議会の解散」「労働者農民兵士ソビエトの権力樹立」を明記した32年テーゼを読めば明らかです。

しかし、歴史の修正は簡単ではありません。志位さんがどんなに日本共産党の歴史を修正しようと努力しても無駄です。

昔の日本共産党の文献や、宮本顕治さんら昔の日本共産党幹部の論考を読めば、ソ連信者でしか書けない記述がいくらでもありますから、真実がばれてしまいます。

「日本共産党の百年」の冒頭に、日本共産党が世界と日本の人民の解放闘争の高まりのなかで創立された、という記述があります。

これだと、日本共産党の創立がロシア革命やソ連とは何の関係もなかったように思えてしまいます。

「日本共産党の百年」を読んだ若い日本共産党員は、ロシア革命が日本の社会運動、左翼知識人に及ぼした影響などあまりなかった、という印象を抱いてしまいかねません。

昔の共産主義者は、自らをボリシェヴィキの一員と考えていた。

昔の共産主義者は、世界で共産党は一つと考えていました。自分はレーニン、スターリンの党であるボリシェヴィキの一員だ誇っていたのです。

そこで日本人が英国やドイツ、あるいはソ連で共産党に入って、日本に戻れば日本支部に所属するようになっていました。

野坂参三さんは英国で共産党に入っています。

昭和30年まで、在日の共産主義者は日本共産党員でした。

「日本共産党の百年」には、「このころには、在住地の党に参加するというコミンテルンの方針で、朝鮮人共産主義者も入党し、さまざまな分野で活動をすすめました」という記述があります(5の三段目。昭和6年頃の話)。

(15)には、党に参加していた在日朝鮮人の活動家たちは、55年中ごろまでには党籍を離れました、という記述があります。

これだと、在日中国人の共産主義者が日本共産党員だった事は完全に内緒です。

在日中国人、在日朝鮮人共産主義者に対する中国共産党、朝鮮労働党からの指示などなく、自分の判断で日本共産党を辞めたような記述になっています。

志位さんは、中朝両党と昔の日本共産党の関係も内緒にしたいのです。共産主義者は、自己を正当化するために歴史を修正します。


ところで、昔のプロレタリア文学運動の指導者だった蔵原惟人さんについて、「日本共産党の百年」には記載されていないようですね。

蔵原さんはソ連の文芸評論理論を日本のプロレタリア文学運動に適用したことで有名ですが、この辺りも志位さんは内緒にしたいのでしょう。

追記:

p16からp17にかけて、次の記述がありました。

党中央の解体と分裂という事態にたいし、排除された宮本、蔵原ら七人の中央委員は、1950年9月1日、公然機関として全国統一委員会をつくりました。

袴田里見さんについては、p17で党中央の解体・分裂という事態を説明するために海外に派遣されていたが、スターリンと徳田、野坂らの最後の会議に出席し、「自己批判書」を発表して徳田・野坂分派側にうつりました、と記されています。

宮本顕治さんが、暴力革命論の51年綱領をかがやかしい新綱領と高く評価していたことも記載されていません。この辺り、志位さんは内緒にしたいのでしょう。

再追記

「日本共産党の百年」のp6、下から三段目に、プロレタリア文学と文学理論の代表的存在として小林多喜二、宮本百合子、宮本顕治と並んで蔵原惟人さんの名前が記されていました。

これだけでは、蔵原さんがプロレタリア文学運動の指導者だったことは、他の文献を調べなければわかりません。



2023年7月23日日曜日

志位さんは、昔の日本共産党がソ連信者の集団だったことを内緒にしたいー昔の日本共産党員は、自分たちはボリシェヴィキだと誇っていた

 若い日本共産党員の皆さんは、日本共産党が結成以来一貫してソ連覇権主義と戦ってきた、と信じているのでしょうね。

志位さんの「入党のよびかけ」には、昔の日本共産党が世界共産党の日本支部としてソ連から革命理論の指導を受け、資金と拳銃を受け取っていた事が記載されていません。入党のよびかけ|党紹介│日本共産党中央委員会 (jcp.or.jp) 

昔の日本共産党員は、自分たちはボリシェヴィキの一員だ、という調子でソ連の指導を受けている事を誇っていたのです。

これは、宮本顕治さんの昔の論考や、宮本百合子のソ連評論を読めばすぐにわかります。

そもそも志位さんは、ロシア革命とその世界的影響をどう考えているのでしょうか。

志位さんはロシア革命と無関係に日本共産党が設立されたという印象を広めたいのでしょう。最近の志位さんはロシア革命の話をできなくなっています。

志位さんは日本共産党の歴史を修正したい

私見では志位さんは、ソ連と昔の日本共産党の関係を完全に隠蔽したい。日本共産党がソ連崩壊まで、ソ連は社会主義国であると評価していた事も隠蔽したい。

志位さんは、日本共産党の革命理論がレーニンの理論を基礎にしている事も隠蔽したい。

志位さんは近年、レーニンを殆ど引用していません。

このためには、宮本顕治さんが主導していた時期の大会決定や重要論文を、若い日本共産党員が入手しにくいようにせねばなりません。

歴史の修正は簡単ではありません。

不破さんは昭和57年夏の第十六回大会で、ソ連の覇権主義がどんなに深刻でも、それを理由にしてソ連が社会主義国ではなくなったという社会主義完全変質論は誤りだ、と報告しました。

今の日本共産党員が、自分たちはソ連崩壊万歳を叫んだ、と自慢するなら、社会主義完全変質論が適切だった、不破さんの報告は間違っていたと認めるべきです。

近く出る「日本共産党の百年史」で、ソ連と昔の日本共産党の関係がどう記されているのか、注目しましょう。

2023年6月25日日曜日

志位さん批判は日本共産党への攻撃であるー志位さんは宮本顕治さんの「科学的社会主義の不滅の党として」(平成三年新日本出版社刊行)に依拠

 第八回中央委員会に対する、志位さんの幹部会報告は以下です。第8回中央委員会総会/志位委員長の幹部会報告 (jcp.or.jp) 

これはyoutubeでも発信されています。(60) 第8回中央委員会総会 - YouTube 

志位さんによれば、志位さんが長く日本共産党幹部会委員長を務めている事を批判する事は日本共産党そのものに対する攻撃です。

この類の話は、東欧社会主義が崩壊した三十三年ぐらい前にもありました。

宮本顕治さんが長すぎるから辞めろ、という意見が各方面から出たのです。井上ひさしさんもそんな意見を出しました。

この要求に対する宮本顕治さんの反論の演説や、日本共産党第十九回大会(平成二年八月九日)での宮本さんの冒頭発言は上記の本に掲載されています。

日本共産党は社会発展の促進体-日本共産党を批判する人は社会発展を妨害

宮本顕治さんによれば、日本共産党は社会発展の促進体です(平成二年五月二十三日。日本共産党第九回中央委員会総会での閉会挨拶)。

社会には発展の法則があり、日本共産党はその法則に従って社会発展を促進してきたそうです。

この見地から敷衍すれば、社会発展の促進体の指導者である宮本顕治さんや志位さんの党首在任期間が長いと批判するなど、最悪の行為です。

日本共産党を批判する方は社会発展を妨害していることになります。日本共産党を除名された方は社会発展の妨害者になったと解釈されますから、反党分子と呼ばれます。

除名された松竹伸幸さんは以下のように、日本共産党の攻撃・かく乱者とみなされています。党攻撃とかく乱の宣言/――松竹伸幸氏の言動について/書記局次長 土井洋彦 (jcp.or.jp)

志位さんは松竹さんが攻撃・かく乱者であるという見方を日本共産党員と支援者間に普及し、松竹伸幸さんのあらゆる主張を否定する風潮をつくりたいのでしょうね。

五十代後半より年長の日本共産党員には、志位さんの報告から宮本顕治さんの演説や冒頭発言を思いだした方は少なくないでしょう。

志位さんへの批判は日本共産党への攻撃だ、という話は、宮本顕治さんが唱えた日本共産党=社会発展の促進体論に依拠していると考えられます。

朝鮮労働党は全国民に首領への絶対的な忠誠を強制しているー日本のチュチェ思想化を策す

同様に、朝鮮労働党、在日本朝鮮人総連合会の皆さんも首領への批判を最悪の行為とみなします。

北朝鮮では、首領の写真が掲載されている労働新聞の紙面を破ったら首領冒涜罪とみなされ、政治犯収容所に連行されうるのです。

在日本朝鮮人総連合会では、朝鮮労働党を批判する方を民族反逆者と呼びます。朝鮮労働党は、首領を絶世の偉人と把握しています。

朝鮮労働党は首領に対する絶対性、無条件性の忠誠心を抱き、首領と朝鮮労働党の指令を全て実行する人をチュチェ型の革命家とみなします。

朝鮮労働党は、日本のチュチェ思想化を策しています。

朝鮮労働党の在日非公開組織に入っている方々は、日本人と日本国家が金正恩と朝鮮労働党の指令に従うようにするべく、あらゆる工作活動を連日行っています。

日本共産党の社会発展促進体論と、朝鮮労働党のチュチェ型革命家論は大同小異と思えてなりません。

五十代後半以上の日本共産党員は、厄介事を避けて保身を重視している

志位さんは、若い日本共産党員には宮本顕治さんの上記の著作を読んでもらいたくないでしょうね。今の日本共産党には、都合の悪い記述が多々ありますから。

自分が依拠している本を若い日本共産党員には読んでもらいたくない、とは随分変な話ですが、宮本顕治さんの昔の論文や当時の大会決定には都合の悪い記述がいくらでもあります。

この件、五十代後半以上の日本共産党員なら気づきそうなものです。皆さん、厄介だから黙っているのでしょうか。





2023年6月11日日曜日

若い日本共産党員は故上田耕一郎さんの論文を読みましょうー「続 核問題と日本共産党の立場」(昭和48年8月刊行)掲載論考ー

 私見では山添拓議員、吉良よし子議員、たつみコータローさんら若い日本共産党員は、宮本顕治さんが党首だった時期の日本共産党の論考を殆ど読んでいません。

日本共産党中央委員会出版局は昭和48年8月頃の「赤旗」に掲載されたいくつかの論考を上記の冊子にしています。

志位さんが依拠している日本共産党の「平和理論」は、この時期のそれと大差ありませんが、表現が多少異なります。

不破さん、志位さんは山添拓議員ら若い日本共産党員の皆さんに、昔の日本共産党の理論と政策を知られると厄介と考えているのでしょうね。

日本共産党は、米ソ両国と核軍拡の同列の責任者と見る事に反対

上田耕一郎さんの「核実験問題と日本共産党の態度」と題した講演の論考がこの冊子に掲載されています。

上田さんは米帝国主義が社会主義陣営を直接の攻撃目標とした核戦争準備、核脅迫政策を取っているので、社会主義国(ソ連と中国)は防衛上の措置として核兵器を保有、開発していると断言しています。

上田さんによれば、日本共産党は米ソ両国を核軍拡の同列の責任者と見る事に反対です。

日本共産党は核軍拡の機動力であり、核兵器禁止に反対する米帝国主義と、よぎなく防衛上の核開発をおこないつつ核兵器禁止を主張しているソ連と中国を区別してきました。

この見地は、上田さんの著作「マルクス主義と平和運動」(昭和40年大月書店刊行)と同じです。

この論考で上田耕一郎さんは、ソ連と中国の核政策を全て無条件に、防衛上よぎなくされたものとみる事は困難と弁解しています。

それでも上田耕一郎さんは、米帝国主義の侵略をうけ、核兵器による脅迫に直面している国が、よぎなく核兵器を持つ権利を主張する場合が理論的にはありうると主張しています。


志位さんは上田耕一郎さんの見地を継承しているー日本共産党員を思考停止状態にするために

私見では志位さんも、上田耕一郎さんのこの見地のように米国、日本と中朝露の関係を把握しています。

志位さんの心中では、中朝露は米帝国主義の侵略をうけ、核兵器により脅迫されているのですから、よぎなく核兵器を持つ権利を主張しているだけです。

志位さんの心中では、核軍拡の機動力は米帝国主義と日本政府です。そこで中朝露を核軍拡の責任者と見る事に志位さんは断固反対していると考えられます。

中朝露の核軍事力、日本を攻撃、支配する意思と能力があるか否かという件について、日本共産党員の中で思考と議論が広がれば、日本共産党の平和理論に対する疑問が広がってしまいます。

日本は核兵器など保有していないのですから、日本政府が核軍拡に責任があるという主張は変なのですが、日本共産党員にはそんな思考と議論はできません。

核兵器禁止条約だ、と繰り返し呟けばそれで万事良し、という調子で思考が止まっている方が多いと考えます。

中朝露は日本共産党員、左翼運動家の思考停止状態を維持するため、様々な浸透工作を実施していると考えます。

中国共産党とロシア、朝鮮労働党には、日本の言論界と社会運動への工作を担当する部署があると考えられます。

中国共産党なら、対外連絡部という部署の皆さんがそれを担当していそうです。朝鮮労働党にも、対外連絡部という工作担当部署があります。

同じ名称というのは奇妙ですが、元はソ連共産党の工作担当部署の名称が中国語に翻訳されたのでしょうね。

日本共産党員、左翼運動家は保身を重視する

私見では日本共産党員と左翼運動家は、中朝露の核軍事力及び中朝露が日本を攻撃、支配する意思と能力があるか否かについて、思考と議論を嫌います。

この件について思考と議論をすれば、厄介な事になり自分にとって不利になるという政治判断があると考えられます。

日本共産党員と左翼運動家は、保身を重視する生き方を選択していると考えられます。




2023年6月7日水曜日

若い日本共産党員、民青同盟の皆さんは宮本顕治さんの論文や日本共産党第八回大会決定を読みましょうー日本共産党の昔の文献を読まないで、日本共産党の歴史を語れますか。

 上念さんのyoutubeで、対談をさせていただきました。下記です。

またか!日本共産党が南あわじ市議を除籍。「共産党の黒ペン先生」こと、大阪経済大学の黒坂真先生に詳しい話を聞いてきた!|上念司チャンネル ニュースの虎側 - YouTube 

生意気ですが、何事も地道に努力する事が大事と考えます。

若い日本共産党員、民青同盟の皆さんの中で、宮本顕治さんの論考を読んでいる方は稀でしょう。

山添拓議員、吉良よし子議員、たつみコータローさんも、宮本顕治さんの「日本革命の展望」を読んでいない可能性があります。

宮本顕治さんの日本革命理論を無視して、日本共産党の歴史を語れますか。

志位さんは第八回大会での宮本顕治さんの報告を内緒にしたいでしょうから。志位さんは、ソ連が世界平和の砦だ、と日本共産党が宣伝してきた史実を隠蔽したいと考えます。

志位さん、いかがですか。