古今東西、共産主義者は歴史を都合が良いように修正します。
北朝鮮の住民は金日成が中国共産党員だったこと、日本の警察に追われてソ連領に逃げ、ハバロフスク近郊で金日成が昭和20年8月15日を迎えた事など知りません。
同様に多くの日本共産党員は、小畑達夫さんの死亡事件を、小畑さんが特異体質だったから亡くなったのであり、査問などという拷問などなかったと信じていると考えられます。
不破さんは、小畑達夫さんが「調査の会議」の途中、心臓発作で急死したと語っている
この事件について、不破さんは上記の著作で、大意次のように語っています。
(その1)小畑、大泉がスパイであるという容疑が出てきたので、それを確かめるために「査問」という調査の会議を開いた。
(その2)小畑は警察との秘密の連絡をはじめ、スパイでなければ考えられない不審な行動がいくつも出てきた。調査をさらにすすめようとしたら、その途中で小畑が心臓発作を起こして急死した。
不破さん、宮本顕治さんの論考「スパイ挑発との闘争」はデマですか
改めて記しておきます。
宮本顕治さんは、論考「スパイ挑発との闘争」や裁判で昭和8年12月23日、24日に小畑達夫さんの手足を縛っていた事、小畑さんが査問現場から逃げ出そうとしたから皆で抑えつけたと語っています。
二日近くも手足を縛られた状態にすることは、調査の会議、なのでしょうか。
小畑さんが亡くなっていくときの状況について、宮本顕治さんと袴田里見さんの主な違いは、以下の三点です。
(その1)小畑さんが倒されたとき仰向けだったか(宮本説)、うつ伏せだったか(袴田説)。
(その2)宮本さんは小畑さんの腕を抑えただけだったか(宮本説)、宮本さんは小畑さんの背に膝を押し付け、腕をねじ上げたか(袴田説)。
(その3)逸見重雄さんが、倒れた小畑さんの喉を絞めたか否か。
宮本さんは、逸見さんが小畑さんの頭上から風呂敷のようなものをかぶせていたと述べています。袴田さんは、小畑さんがオーバーを頭にかぶせられており、その上から逸見さんが両手で小畑さんの喉を押さえて大声を出せないようにしたと述べています。
不破さんの著書だと、調査の会議の最中に小畑さんは心臓発作で突然死したのですから、宮本さん、袴田さんの二人が裁判や論文で大噓をついたかような話になってしまいます。
不破さんは著書で、宮本さんが原則的な法廷闘争を展開して、特高警察のでっちあげを撃破していたから、戦後の反共攻撃もうち破れた、と主張しています(同書p.77)。
原則的な法廷闘争、とは一体何でしょうか。宮本さんは法廷で、小畑さんが調査の会議の途中、心臓発作で突然死したなどとは語っていません。
最近の日本共産党は、日本共産党の昔の文献に依拠しないで歴史を語ります。不破さんはの上記の見解は、宮本顕治さんの論考や、法廷での主張とは何の関係もありません。
小池晃書記局長に、youtubeで小畑達夫さんの死因について論じて頂きたい
小畑さんの死因について、松崎いたるさんは近著でエコノミークラス症候群だったのではないかという説を提起しています。
手足を二日近く縛られていた方が、縛りをほどいて逃げようとしたところ、抑えつけられたら血流に異常が生じそうです。
私には、松崎いたるさんの新説には説得力があるように思えてなりません。しかしこれが、小畑さんの死亡鑑定書に出てくる死体の特徴からもいえるのかは、私にはわかりません。
小池晃書記局長に、小畑達夫さんの死因について医師としてyoutubeで論じて頂きたいですね。
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