2015年10月2日金曜日

不破哲三氏にとって「赤旗」記者の生命と人権とは何なのか―1979年3月7日、ランソンで中国人民解放軍に射殺された高野功記者

「3月7日、ランソンにて 『赤旗』ハノイ特派員高野功記者の記録」(新日本出版社1979年刊行)より思う


いろいろと雑事に忙殺され、ブログを更新できませんでした。

この間、集団的自衛権の行使を認める法案が通りました。共産党や社民党の皆さんはこの法案を「戦争法案」と宣伝していました。

近年の共産党や社民党の皆さんは、中国と北朝鮮が侵略戦争を断行してきたことを直視できません。最近の「赤旗」には、中国の人権抑圧を批判する記事が掲載されていません。

天安門事件の頃はそうではなかったのですが。一昔前の「赤旗」による中国批判を一つ紹介しておきましょう。

不破哲三氏はかつて、中国によるベトナム侵略を批判した


不破哲三氏(1979年当時は日本共産党書記局長)による高野功記者への弔辞がこの本に掲載されています(p194-198)。

弔辞によれば、高野功記者は砲弾とびかうラオカイ(ベトナムの都市)から送った記事の最後に、

「中国の侵略行為の即時停止と侵略軍の撤退を求める効果的なたたかいを強めるよう、北部戦線からよびかけたい」

と書きました。

3月5日に中国が「撤退」声明を出した2日後、高野功記者はほんとうに撤退が行われているかどうか、直接目で確認するためにランソンに入りました。

そこで、居すわっていた中国軍の狙撃にあい、カメラをかまえたまま倒れました。不破氏の弔辞には次の文章もあります。

「アメリカ侵略軍にかわって、中国の侵略軍がベトナム北部に侵入してきたとき、あなたの胸中には、愛するベトナムの子どもたちを戦火から救うためにも、真実と正義のペンをふるわなければならないという熱い思いがあったことでしょう」(同書p197より )。

この時期の日本共産党は、中国によるベトナム侵略を強く批判していました。

若い共産党員が中国を批判できない理由-処世術


吉良よし子議員ら若い日本共産党員はこの史実を御存知なのでしょうか。

国会の周辺で「戦争法反対」を叫んでいた日本共産党員はなぜ、中国によるベトナム侵略や、中国国内の少数民族抑圧策を批判できないのでしょうか。

志位和夫氏がそういう主張をしていないから、中国の人権問題についての思考と議論を避けているという日本共産党員は少なくないと私は推測しています。

厄介なこと、面倒なことから目を背ける方が、左翼人として生きていくためには好都合と判断しているのでしょう。

左翼人として「出世」するためには、時流にのるための処世術を体得せねばなりません。

故人なので誰とは言いませんが、「市民の大きなうねりをつくる」などと称しつつ北朝鮮を礼賛した左翼人がいました。

この方は、北朝鮮や中国当局による一般国民への弾圧から目を背けることが、日本の「市民」の役割だと大真面目に考えていたのでしょうか?

「市民の大きなうねり」とやらを日本国内で作ろうとするなら、中国人民解放軍や朝鮮人民軍が日本を侵略しないように国防力を充実させねばならないはずです。
政権を少しでも批判する「市民」を問答無用で投獄・殺害するのが中国、北朝鮮なのですから。

自分の政治的立場を掘り崩す事実からは目を背ける。今も昔も、それが左翼人の生き方なのでしょうね。

吉良よし子議員ら若い日本共産党員は、日本共産党や左翼人の文献に基づいて共産党と左翼の歴史を学ぶべきです。

近年の不破哲三氏によれば、中国が社会主義をめざす発展の軌道をすすんでいることを、日本共産党自身の自主的な判断として確認しているそうです(「党綱領の理論上の突破点について」、p75、2005年日本共産党中央委員会出版局より)。

政権を批判する人や、ジャーナリストを投獄・殺害するのが社会主義という判断なのでしょうか。志位和夫氏にお尋ねしたいものです。