2015年12月31日木曜日

島田裕巳・中田孝「世界はこのままイスラーム化するのか」幻冬新書より「全ての貸与は喜捨である」(同書p181より抜粋)

中田孝「ムハンマドがこういう言葉を残しています。全ての貸与は喜捨である。二回お金を貸すことは、喜捨を一回することに等しい」(同書p181より)


「貯めるというのは、イスラーム的ではないんです」(p190)。


昨年のパリでのテロに衝撃を受けた人は少なくないでしょう。テロがなぜ生じたのか、どうやって防ぐのかについては様々な議論がなされています。

テロを実行した人たちが、イスラム教徒だったからといってイスラム教徒全体を特別視するべきではない。

しかし、欧州に定住しているイスラム教徒の中に、欧州社会に対する不満や鬱憤が蓄積しているのは確かでしょう。どこの国でも移民が良い仕事に就くのは難しい。

また欧州人にも、イスラム教徒を毛嫌いする人が増えていることも想像に難くない。

現在フランスには、イスラム教徒が500万人いるそうです。中東の混乱が続けば欧州に流入するイスラム教徒は増えるでしょう。

定住した欧州諸国でも、イスラム教徒の比率は増えていくでしょう。

ローマ帝国崩壊の一要因はゲルマン民族大移動―フン族(匈奴)の侵入が背景


イスラム教徒の世界観は基督教のそれと大きく異なる。

世界観により、経済の慣習、すなわち勤労態度や消費と貯蓄決定、投資と資金調達決定は大きく影響されます。

欧州人と大きく異なる世界観、経済慣習を持つ人々が人口の多数派となっていったとき、欧州社会と経済は大きく変容します。

仮に30年、40年後のフランスやドイツでイスラム教徒が人口の過半数近くになれば、フランスやドイツ、欧州社会は大きく変容しうる。

移民が定住した社会に同化しなければ、定住した社会が変容していくことになる。ローマ帝国崩壊の一要因は、ゲルマン民族大移動でした。

ゲルマン民族大移動は、フン族(おそらく匈奴)の侵入によるという説もあります。勿論、イスラム教徒の大量流入によりEUが崩壊するとまでは言えませんが。

私たちはイスラム教徒の世界観、経済観について多少は知っておくべきでしょう。前掲書には中田孝氏による興味深い説明が、上記のほかにも多々あります。以下、抜粋して引用します。

イスラームは近代西欧が生み出した「領域国民国家」と両立しないのか


「もともとイスラームには、国家の概念も国境の概念もありません。そこに、西欧のような国家がつくられてしまったら、その国々に支配層が生まれます。神以外の支配層が生まれる時点で、もうイスラームではないんです」(p139)。

「(イスラームと)近代西欧が生み出した『領域国民国家』とは両立しません」(p140)。

「イスラームは『服従すること』『帰依すること」を意味する言葉です。要するにイスラームとは、唯一神アッラーだけに従うものであって、アッラー以外のどんな人間も組織も他者を支配する権利はありません」(p138)。

「カリフ制を復活させるということは、国民国家システムで押し付けられた国境をなくして、イスラームが本来持っていたグローバリゼーションを回復することです」(p149)。

「カリフ制というのは、イスラーム教徒にとって義務なのですから、イスラームを真剣に考えれば、カリフ制を目指すのは当然のことなのです」(p149)。

「イスラームは、個人と神との関係からなる宗教なので、神から命じられているかどうかだけがあらゆる行動の基準となります」(p53)。





2015年12月20日日曜日

草下シンヤ「闇稼業人」(双葉文庫)にみる金正日と側近、対南工作機関と暴力団関係者

朴によれば、総書記は酒が飲めない人間は信用ならない、酒は体質ではなく気合いで飲むものだという考えらしい。宴会は体育会系のサークルのような雰囲気で進んでいった(同書p257より)。


裏の世界に通じている方は、テロを国策としている北朝鮮についてよく「理解」できるようです。私見では、暴力団関係者と朝鮮労働党の思考・行動方式はよく似ています。

故金正日の私生活については、「金正日の料理人」だった藤本健二による一連の著作や、金正日の甥李韓永の手記により細部までわかってきています。

30代から40代のころ金正日は毎晩のように側近を集めて酒宴をしていました。

北朝鮮の外交官だった高英ファンによる「平壌25時」は早くから金正日と側近との酒宴で重要な政策決定がなされていることを指摘していました。

金正日は酒は度量で飲むものだと述べ、側近にウイスキーの一気飲みをさせていました。

金正日の妹金慶喜の亭主だった張成澤や、対南工作機関の責任者だった金容淳はよく酒を飲めるので金正日から信頼されていました。

金正日や張成澤は若い頃、酒池肉林のごとき生活をしていたのでしょう。

朴は対南工作機関に所属する暴力団関係者


北朝鮮に関連する文献を多少読んだ人なら、この程度のことは知っています。しかし現場の状況を想像だけで仔細に叙述するのは難しい。筆力が必要です。

草下シンヤ「闇稼業人」(双葉文庫)では、主人公の沖縄出身の仲間和也は石光という仲間と、悪の稼業に手を染めています。

二人は北朝鮮関係者の朴という人物を相手に覚せい剤の取引をします。

小説ですから全て架空の話なのでしょう。しかし朴という人物の言行は、北朝鮮による対南工作機関の一員とはこんな人物だと私が想像している姿にぴったりなのです。

在日朝鮮人で暴力団と密接な関わりをもつ人物の中には、朝鮮労働党の対南工作機関に所属し金日成、金正日に忠誠を誓っている人物がいるはずです。

彼らは日本人拉致や覚せい剤の密輸等の凶悪行為と、金日成や金正日の奢侈生活を支える物資と資金調達、運搬を長年行ってきました。

暴力団関係者には遊興産業や性産業の企業経営者もいます。建設業や運輸業にも暴力団関連企業があります。その中には、北朝鮮関連団体に所属している人もいます。

朝鮮商工人の中には、暴力団と密接な関わりを持つ人もいます。

警察や国税庁が、在日朝鮮人が経営している暴力団関連企業による脱税行為を取り締まるのは困難です。朝鮮商工人関係団体だけではなく、場合によっては暴力団とも対峙せねばならない。

国税庁の一担当者が、担当地域の企業だからと言ってたった一人で暴力団関連企業の脱税摘発に取り組めるでしょうか。

暴力団関連企業の取り締まりのためには、国税庁が業務上得た情報を警察に全面的に提供することができるようにせねばなりません。

北朝鮮の核兵器、生物化学兵器開発に暴力団関係者が協力してきたかもしれない


仲間和也と石光は朴に使嗾されて核開発のための遠心分離機をある大学から盗み出し、北朝鮮に船で運びます。

その功績が北朝鮮の対南工作機関に認められて二人は金正日酒宴の末席を連ねることになります。その酒宴の記述は、高位幹部だった脱北者たちが伝えるそれとそっくりです。

暴力団関係者が、実際に北朝鮮による核兵器開発のための物資運搬をやってきた可能性はあります。生物・化学兵器開発にも協力してきたかもしれません。

物資運搬のためにも、資金が必要です。朝鮮商工人が出した「忠誠金」が、朝鮮労働党の非公然組織ないしは暴力団関係者が行うテロ物資運搬資金に使われたかもしれません。

草下シンヤ氏の筆力に敬服します。

2015年12月15日火曜日

宮部みゆき著「蒲生邸事件」(文春文庫)よりー「まがい物の神」とはー

時間旅行者は、まがいもの(紛い物)の神なのか?


紛い物とは、真実のものと区別がつかないような偽物のことです。精巧な偽宝石、偽のブランド品は紛い物ですが、人間にも紛い物がいるのでしょうか?

時間旅行のできる人物なら、歴史を変えられるから神のごとき存在なのでしょうか。時間旅行ができても限界があるのなら、紛い物の神です。

この小説には、叔母((黒井)と甥(平田)の関係にある2人の時間旅行者が出てきます。架空の事件である「蒲生邸事件」は昭和11年2月26日に起きたことになっています。

青年将校らが起こしたクーデターだった2・26事件の日です。高橋是清蔵相らが殺害されています。現代っ子の主人公は、平田により昭和11年2月26日に時間旅行してしまいます。

時間旅行者は歴史の大きな流れを変えることはできない


彼らは「歴史が頓着しない個々の小さなパズルの断片」を変えることはできますが、歴史の大きな流れを変えることはできません(同書p220-222)。

時間旅行者平田によれば人間は歴史の流れにとってはただの部品、取り換え可能なパーツです。個々の部品の生き死にがどうあれ歴史は自分の目指すところに流れます。

古来から哲学者や宗教家は、自分が歴史の中でどんな存在なのかを問いかけてきました。歴史はちっぽけな自分の言動がどうあれ、流れていきます。

人間は皆、ちっぽけな存在でしかない。ちっぽけな自分が何をやっても、何も変わらないのではないか?そもそも変える必要があるのか?こんな問いかけをしてきたはずです。

人間を大きな視点から見守り、導く神は存在するのか?哲学者や宗教家はそれぞれ答えを出してきました。

この小説の「歴史」とは、人を導く存在ともいえそうです。

時間旅行者の周辺は薄暗くなっている―人に愛されない。


時間旅行者である黒井と平田は、光にとっては異分子ですから光の恩恵を受けることができません。時間旅行者の周囲では光が本来の力をそがれてしまうので、時間旅行者は暗く歪んでみえます(同書p99)。

この描写は、時間旅行者の宿命を暗示しています。時間旅行者は例外なく「暗く」、気味悪い雰囲気をもち、人に愛されない(同書p98)。早死になので子孫を残せません。

時間旅行能力を持つ黒井と平田の叔母・甥は、「歴史」ないしは「神」からなぜそんな能力を与えられたのでしょうか。

答えはわかりません。それでも、黒井と平田の二人は、自分なりのの生き方、死に方を見出し生涯を終えていきました。どちらも、死を覚悟してそれぞれの選択をしました。

宿命を背負いつつも、自分なりの生き方、死に方を選択した二人が印象的です。



2015年12月4日金曜日

Romain Duris主演「ニューヨークの巴里夫」(Casse tête chinois, 英語題名The Chinese Puzzle)の問いかけ

40歳のXavierは問う。「わが人生はなぜ複雑になってしまったのか?」―生き方への問いかけこそ、人生そのもの。難題を突破するため、走れXavier!


順風満帆に生きるのは難しいものです。外見では素晴らしい暮らしをしているように見えても、心中では寂しく生きている人はいます。

良い生き方とは何なのでしょうか。単純な問いへの答えは難しい。

最近の私は、Cédric Klapish監督の上記映画をすっかり気に入り、繰り返し見ています。中高年なら、これまでの自分と主人公の生きざまに重なる部分をいくつか見つけられるでしょう。

Romain Durisが演じる主人公Xavierは自分の人生がなぜ複雑になってしまったのか、常に悩んでいます。Xavierの人生を簡単に紹介しましょう。

自ら難題を作り出しつつ煩悶するXavier


Xavierの妻Wendyは米国人と不倫関係になり、子供達を連れてNew Yorkに去ってしまいました。浮気はひどいですが、Xavierにも非があります。

Xavierはレズビアンの旧友Isabelleの懇願を受け入れ、彼女に精子提供をし子供を産ませたのです。Wendyの心はこれをきっかけに離れてしまったのでしょう。
いくら長年の友人とはいえ、夫が別の女性に子供を産ませたなら妻の心が離れても無理はない。

Xavierは子供たちと一緒に暮らすためにParisを離れてNew Yorkに行きますが、まずは就労ビザを取り、自分の暮らしを確立せねばならない。

就労ビザを取るためにXavierは在米中国女性と偽装結婚します。Xavierはレズビアンとの間に子供、離婚、外国への移住と偽装結婚と難題続きですが、これも子供たちのためです。

40歳のXavierがNew Yorkの街を走るシーンが何度か出てきます。これは難題に向かって走り抜け!という監督のメッセージなのでしょう。

一生懸命日々を生きていても、ふとしたことから人生はうまくいかなくなってしまう。中高年になれば心当たりがあるはずです。

そもそも、完全に順風満帆な人生を生きている人がどれだけいるでしょうか。なぜ自分の人生はうまくいかなくなってしまったのか?これを常に心中で問いかけ続けるのが、人生なのでしょうか。

Xavierの背中を見る子供たちと愛した女性たち


Xavierは若いころの恋人、Martine(Audrey Tautou)とNew Yorkで再出発する決意をします。Martineには息子と娘がいますが、父親が違うようです。

この二人もXavierと共に生活することになるのでしょう。Martineも偽装結婚することになりそうです。Isabelleの娘にとって、Xavierは大事な父親です。

映画の初めのほうでXavierが子供たちと小走りで偽装結婚の式場に向かうシーンがあります。子供たちの手を引きながら走るXavierの姿に、父親の深い愛情を感じました。

Xavierの父親は、Xavierに対して父親らしいことをあまりしなかったようです。Xavierの父親はNew Yorkまで訪ねてきますが、孤独な高齢者の哀愁を感じさせます。

そんな父親でも暖かく迎え、若かりし時代の父母の愛情を思い起こすXavierは、前作より随分成長しています。こんなXavierの背中を見ていれば、子供たちも立派に育つでしょう。

そんなXavierの良さ、素晴らしさをXavierと深い縁のあった女性たち(Wendy, Isabelle, Martine)は各自なりに理解しています。元妻WendyがXavierにかけた言葉が印象的です。

Xavier, you need a combination of three of us.