2013年10月10日木曜日

青瓦台事件(昭和43年1月、1968年)と日本共産党―「赤旗」昭和43年1月31日記事より思う―

67年12月頃から北朝鮮に、たんなる国内問題ではなく、アジアと日本の平和の見地からも大きな懸念をひきおこす状況が表面化していました(不破哲三)。


日本共産党がどういう体質を持っている集団であるかを考えるためには、昔の「赤旗」や「前衛」を、比較的近年に日本共産党が発行した文献と比較対照しながら読み込むことが大事ですね。

駅前で「原発反対」の宣伝をしている日本共産党員にはそんなことはできないでしょうけれども。せめて、不破哲三の昔の論考や著作を読んだらどうでしょうか。

「団塊の世代」(60代中頃)の日本共産党員なら、若い頃読んだ「赤旗」に北朝鮮礼賛記事がいくらでも出ていたことを思い出せるはずです。

小池晃参議院議員のように、「新人類世代」(50代初めころ)の日本共産党員なら、十五年くらい前まで日本共産党が中国を「覇権主義」と定義し、人権問題を「赤旗」が批判していたことを覚えているはずです。

今の「赤旗」は中国政府による徹底的な知識人抑圧、少数民族抑圧に完全に沈黙しています。「中国覇権主義」に日本共産党は屈伏してしまったのです。

「新人類世代」(50代初めころ)の日本共産党員の中には、内心で不破哲三の路線転換に腹をたてている人がいるかもしれません。

小池晃参議院議員はひょっとしたらそうかもしれません。

先日の「たかじんのそこまで...」(テレビ番組)で、小池晃参議院議員は南沙諸島問題では中国に非がある旨発言していました。

これは日本共産党の現在の立場と異なっていますね。小池晃参議院議員はよくご存知でしょう。

現在の日本共産党は、中国が周辺諸国に軍事力による脅迫を行っても「紛争問題」「どっちもどっち」などとみなし、中国の侵略と領土拡張を擁護します。

そんな日本共産党ですが、「北朝鮮 覇権主義への反撃」(1992年新日本出版社)はとても良い本です。

若い日本共産党員に一読を進めたいものです。


「革命的大事変」を「主動的」に迎えようという金日成の呼び掛け(67年12月の「十代政綱」)に注目した日本共産党最高指導部



この本に不破哲三の論考が掲載されています(p7-43)。

この本によれば昭和43年8月から9月、宮本顕治、内野竹千代、不破哲三、松本善明、立木洋の五人から成る日本共産党代表団が北朝鮮を訪問しました。

松本善明は当時、衆議院議員でした。

不破哲三によれば、前年の67年12月頃から北朝鮮に、たんなる国内問題ではなく、アジアと日本の平和の見地からも大きな懸念をひきおこす状況が表面化していました(前掲著p10)。

これは67年12月に金日成が発表した「十大政綱」を転機に、朝鮮革命の名による、北朝鮮から南への武力介入の懸念が強まっていたことです(前掲著p11)。

不破哲三によれば、当時の日本共産党代表団は、「十大政綱」の第二項目「南朝鮮の革命的大事変を主動的に迎える」に着目しました。

この項目の文書を日本共産党は、南になんらかの政治的な激動がおこったら、それを契機に「革命」を援助するという名目で、武力をもって介入する宣言とも読めるとみて、危惧していました(前掲著p11)。


不破哲三によれば「主導的に迎える」という言葉が、「解放戦争」名による「南進」政策を意味するとしたら、ことはきわめて重大でした(前掲著p13)。


日本共産党最高指導部は青瓦台事件(昭和43年1月)当時から、北朝鮮の特殊部隊(朝鮮労働党作戦部など)の危険性を認識していた



不破哲三によれば68年1月21日夜から22日未明にかけて、ソウル市内に「武装小部隊」が現れ、朴正煕の大統領官邸のある青瓦台を襲撃、五百メートルまで接近して、警察部隊にせん滅されました(前掲著P13-14)。


不破哲三によれば、この「武装部隊」が、南での闘争の必然の所産ではなく、きわめて人為的な色彩のつよいものであったことは、当時の状況からも容易に推察されることでした(前掲著P14)。

不破哲三によれば後日のことですが、青瓦台を襲撃した部隊が、北から送りこまれた特殊部隊であったことは、ただ一人生き残って逮捕された隊員が裁判で証言した内容からもあきらかになりました(前掲著P14-15)。

生き残りの隊員とは、金新朝(김신조)という方です。現在はソウルで牧師をやっているそうです。

不破哲三は政治家としては実によく、北朝鮮を研究していました。

不破哲三論文から明らかなように、日本共産党最高指導部は昭和43年1月頃には、北朝鮮がとんでもないテロ国家であることを十分認識していたのです。

この頃には、帰国者(北朝鮮に渡った元在日朝鮮人と日本人妻)から日本の親族に生活の悲惨さをそことなく示唆する手紙が届いていました。

帰国者の中で「学習に行った」というような名目で行方不明になってしまった人がいることを示唆する手紙も届いていました。

当時の在日本朝鮮人総連合会の中には、昭和30年まで日本共産党員だった方が少なくありませんでした。

推測ですが、金日成の著作を翻訳した「日本共産党中央委員会金日成選集翻訳委員会」の実態は、元日本共産党員の在日朝鮮人ではないでしょうか。

この時期の日本共産党中央には、朝鮮語を流暢に扱う人はいなかったはずです。

日本共産党最高指導部は、昭和30年まで日本共産党員だった在日朝鮮人や日本人妻の親族からの情報により、北朝鮮が恐るべき人権抑圧国家であることを把握していたはずです。

政治犯収容所の存在まではわからなかったでしょうけれど。

宮本顕冶は金日成に、南進により戦争が始まった場合、「大義を失うものとなる」と指摘した


不破哲三によれば昭和43年8月24日からの両党会談で宮本顕冶は金日成に、北朝鮮が主動的におこす「南進」という形で戦争が現実になった場合、「民主勢力が連帯性を発揮できる大義を失う」と指摘しました(前掲著P28)。


これに対し金日成は、自分たちは南進のプログラムをもっていないことをはっきり言明しましたが、説明には矛盾がふくまれていました(前掲著P29-30)。


不破哲三によれば、1月の青瓦台襲撃は北から送りこまれた特殊部隊の軍事行動です(P30)。

不破哲三によれば、「武装遊撃隊」なるものの活動はその後もつづきましたが、その少なからぬ部分が北からの上陸部隊だったこともいまではあきらかになっています(P30)。


不破哲三によれば、北朝鮮の行動や立場は、代表団に、今後のさまざまな危ぐとも結びついた、大きな疑問を残すものでした(P31)。


日本の政党のなかで昭和43年当時から、テロ国家北朝鮮の危険性をここまで認識していたのは日本共産党だけでしょう。

お見事!と思います。


しかし、共産党はやはり共産主義者の団体なのです。当時の「赤旗」記事を読むとこれを実感します。

共産主義国の実態がどのようなものであれ、「赤旗」には「美しく素晴らしき社会主義国」という類の大宣伝をやるのが日本共産党なのです。

在日本朝鮮人総連合会の出版物には北朝鮮礼賛が満載なのと同じことです。

以下、昭和43年当時の「赤旗」記事を抜粋して引用します。



立ち上がる南朝鮮人民(「赤旗」昭和43年1月31日記事より抜粋)




「つぎに、『北朝鮮武装ゲリラ侵入』のデマ宣伝の問題です。いま南朝鮮の各地で南朝鮮人民が武器をとってたちあがり、アメリカ占領軍と朴かいらい政権をふるえあがらせていることは事実です。

しかしこの南朝鮮人民の愛国闘争を『北朝鮮武装ゲリラ侵入』だといっているのは、アメリカ帝国主義と反動勢力がねじまげたデマ宣伝です」


(中略)


「南朝鮮人民の闘争は労働者、農民、学生の多様なたたかいの発展の基礎のうえに武装闘争に発展してきたものです」


(中略)


「アメリカ帝国主義と朴政権は、この南朝鮮人民のやむにやまれぬ愛国闘争を、『北朝鮮武装ゲリラ侵入』とさわぎたて、国内の目を『北』にそらしながら、国内のファッショ体制をいっそう強化するとともに、これを朝鮮民主主義人民共和国にたいする軍事挑発と戦争準備の口実にしようとしているのです」




アメリカ帝国主義と朴政権は、この南朝鮮人民のやむにやまれぬ愛国闘争を、『北朝鮮武装ゲリラ侵入』とさわぎたて...




当たり前ですが「赤旗」のこの記事を宮本顕冶、内野竹千代、不破哲三、松本善明、立木洋は当時読んでいたはずです。

「赤旗」記事が現実とほぼ百八十度異なることを、宮本顕冶や不破哲三は熟知していたのですが、共産主義宣伝のためならそれで良い、と判断したのでしょう。

こんな調子ですから、宮本顕冶の金日成に対する「南進により戦争がはじまったら大義を失う」とかいう指摘の真意は次のようなものと言えます。


「武装ゲリラによる韓国要人へのテロなら日本共産党は支持できます。」

「貴国が武装した特殊工作員を韓国に侵入させて要人を殺害すれば、南朝鮮人民のやむにやまれぬ愛国闘争だとひきつづき宣伝しますよ」

「これからはテロの時代でしょう。金日成同志の御検討をお願いします」



若い日本共産党員は「宮本さんが金日成にテロを勧めたなんて、デマだ」と怒るかもしれません。

しかし、宮本顕治は「共産党・労働者党情報局の『論評』の積極的意義」(「前衛」49号、1950年5月)で「日本革命の『平和的発展の可能性』を提起することは根本的な誤り」と断定したのです。

「議会を通じての政権獲得の理論も、同じ誤りであることは論をまたない」と宮本顕治はこの論文で断定しています。

宮本顕治の「理論」からは朴かいらい政権とやらを打倒するためには武装闘争、テロしかないという結論が当然でてくるはずです。


金日成は宮本顕冶の「指摘」をこのように解釈したことでしょう。「赤旗」は8月の両党会談後も引き続き北朝鮮を礼賛しています。

代表団の一人だった松本善明(当時は衆議院議員)が「赤旗」に載せた記事を抜粋して紹介します。


松本善明「隣の社会主義国―朝鮮をたずねて―(下)」(「赤旗」昭和43年10月21日記事より抜粋)



「朝鮮の社会主義建設の成功の根源がどこにあるかということは、共和国を訪問した外国人には共通の関心事でしょう。

そのなかのもっとも大きなものは、もちろん金日成同志を先頭とする朝鮮労働党の正しい指導があったということです。


指導の基本路線は、一九六六年の朝鮮労働党代表者会議の決定、十大政綱、こんどの慶祝大会での金日成首相の報告(「世界政治資料」二四八、二七六、二九四号所収)であきらかにされていうますが、これらはそれぞれりっぱな文章です。

さらにこの基本路線のもとでなされている具体的な指導がまた大変意味のあるものです」


(中略)


「労働時間は八時間、こどものいる婦人は六時間、住宅、医療、教育は無料、税金もないので、賃金を使う場所は家具や衣服で、貯金もたくさんあるということです。

まさに社会主義の国、労働者の国です」


(後略)



8月の両党会談代表団の一員だった松本善明(当時は衆議院議員)はテロ国家北朝鮮の危険性を認識していたはずですが、「赤旗」にはほぼ百八十度異なる記事を書いています。

宮本顕冶は、松本善明や「赤旗」編集部に引き続き北朝鮮を礼賛するよう指示していたのでしょう。

当時の松本善明も不破哲三と同様に、「北朝鮮では金日成個人崇拝の体制化がはじまった。異常だ」(P37)程度の感想を持っていたでしょう。

「十大政綱」が危険だと松本善明は代表団の一員として実感していたはずですが、それでも松本善明はテロ国家北朝鮮を礼賛しました。

松本善明は筋金入りの共産主義者なのでしょう。宮本顕冶に忠誠を誓っていたのでしょう。

松本善明によれば北朝鮮では住宅、医療、教育は無料、税金がないそうです。まさに「地上の楽園」ですね。

松本善明はもっとたくさんの在日朝鮮人を帰国させたかったのかもしれませんね。

日本共産党員の宮本顕治に対する忠誠心は、在日本朝鮮人総連合会の皆さんが、金日成や金正日に忠実なのと同じです。


不破哲三によれば、北朝鮮の行動や立場は、代表団に今後のさまざまな危ぐとも結びついた、大きな疑問を残すものでした(P31)。

大きな疑問があろうとなんだろうと、共産主義者は共産主義国を礼賛するものなのでしょう。

宮本顕治や不破哲三は、そういう生き方を選択した人だったのです。

不破哲三の「研究」には下部党員や「赤旗」読者をいかに欺くかという技術も含まれているのでしょうね(文中敬称略)。





0 件のコメント:

コメントを投稿