2013年11月8日金曜日

自らの生命を縮め、ブルボン王家を滅亡に追い込んだほどの軽薄さ―藤本ひとみ「マリー・アントワネットの生涯」(中公文庫)より思う―

しかし、人間の性格は、生まれ持った遺伝子と生育環境の相互作用によって決定するものである(中公文庫p13)




マリー・アントワネット(Marie Antoinette)というと、フランス革命の頃に断頭台の露と消えた悲劇の王妃というイメージがあります。

飢えた民衆に対し「パンがないなら、お菓子を食べれば良いじゃないの」と言ったとかいう話をどこかで読んだ記憶があります。

私はこれまで、マリー・アントワネットについてその程度の知識しかなかったのですが、藤本ひとみ「マリー・アントワネットの生涯」(中公文庫)により、いろいろ考えさせられました。

以下、思ったこと、感じたことを書き留めておきます。



愛される花嫁であった1770年5月から、赤字夫人の非難を最初に浴びる1785年末までの間に、マリー・アントワネットは、一四歳の少女から三十歳の中年女性に変貌している(p75)




マリー・アントワネットは1755年11月2日に、ウィーンで生まれました。

マリー・アントワネットの母は、オーストリアの女帝、ハプスブルグ家のマリア・テレジアです。父親はロートリンゲン公国の公子の一人だったフランツ・シュテファンです。

父親は、流れるままに流されつつ、その中で幸福を追い求める人間の典型だったとあります(p21)。おとなしく、政治や軍事に興味のない人物でした(p20-21)。

マリー・アントワネットは、大政治家だった母親よりも、楽しい毎日をおくることを求めていた父親の遺伝子をより多く受け継いでいたのでしょう。


1770年5月16日に、マリー・アントワネットとフランスの王太子ルイ・オーギュストの結婚式典がヴェルサイユ宮殿王室礼拝堂で挙行されました(同書p74)。

ルイ・オーギュストはのちのルイ16世です。

このあと、マリー・アントワネットが赤字夫人という非難を浴びる1785年末までの間に、彼女の身辺で起こった主な事件は以下の五つとあります(p76)。


・国王ルイ15世の愛妾デュ・バリー夫人との対立

・国王の死去

・兄の訪仏と警告

・長男長女次男の誕生

・詐欺に利用される

この他、異常気象による酷暑と乾燥による家畜の死亡、穀物の価格暴落、アメリカ独立戦争を援助するために庶民に重税をかけたことなどが、背景にあったと作者は指摘します(p76)。

1778年に物価暴落、景気の後退による低賃金と失業、企業家の破産が生じたとあります(p114)。何かの要因で不況になったのでしょう。

物価が暴落したとき、名目賃金がさほど下がらなければ実質賃金(名目賃金÷物価水準)は上昇します。雇用は実質賃金が上昇すると減少するので、失業が増えたのでしょう。


不況のとき、貴族が奢侈品に多額の消費をすれば、需要と生産が喚起され、不況打開策になりえます。奢侈品生産が国内でなされていればの話ですが。

マリー・アントワネットの豪華な生活を支えた奢侈品が主にフランス製であるなら、彼女はフランスの景気回復に多少は貢献していたことになります。

北朝鮮の金王朝のように、豪華な生活を支える奢侈品のほとんどが輸入物資であるなら、奢侈生活が国民生活を支えることにはなりません。



フランス王妃としての義務や責任を顧みない女性(p167)




フランス革命当時の社会経済事情については、また改めて検討してみたいと思います。

筆者は厳しい時代背景を考慮してもやはり、マリー・アントワネットは軽薄そのものの女性だったという判断です。

それどころか、マリー・アントワネットは1792年4月の普墺戦争の際、マリー・アントワネットがフランスの作戦計画を次々と自分の故国オーストリアに通報していたとあります(p167)。

これは、彼女がオーストリアに送った手紙により明らかになっているそうですが、当時のフランスでは明らかではありませんでした(p167)。

罪を立証できるだけの証拠がなかったのです。

マリー・アントワネットはそれを知り、裁判で無実を主張して生き残りをはかったそうです。あまりにも酷いですね。

作戦計画を敵側に漏らされたら、戦地の兵士たちはたまったものではありません。死罪に値する重罪とありますが(p167)、これは今も昔も同じでしょう。

筆者が描き出すマリー・アントワネットの人物像は、良いところは何もないように思えます。

マリー・アントワネットは裁判で、外国との通謀や敵国に作戦計画を漏らしたことなど、自分にかけられた容疑のすべてを否定します(p196)。

実際には容疑の殆どが事実だったのですから、彼女は大嘘をついていたことになります。

筆者は、マリー・アントワネットは一切を否認し続ければ、すべてがなかったことになるかのような錯覚を抱いていたのではと考えます(p198)。

現実感をかき、夢の中に生きているような人間なら、ありえることでしょうね。

自分の行動や言動が周囲の人にどのような影響を及ぼし、いずれは自分にはねかえってくるかを思考、予測できない人はいます。軽薄とは、そういう人柄のことなのでしょう。




旧特権階級の人間-嫌な奴(p168)




筆者はパリを訪れた際、友人から旧特権階級の人間評価を聞いたそうです。一言でいって、すべからく嫌な奴とのこと。

嫌な奴とは、自分だけが偉いと思い込み、けちで利益に聡く、道徳心や博愛精神など微塵も持っていないということだそうです(p168 )。

マリー・アントワネットとその周囲の人間たちも、そういうタイプだったのかもしれません。

現在の北朝鮮で、金正恩とその周囲に侍っている高級幹部らもそういう人たちなのでしょう。

それだけでは権力を維持できませんから、長年帝王の座にあった金日成や金正日は周囲の人物をよく観察していたのでしょう。

ブルボン王朝には、秘密警察のような組織はなかったのかもしれません。


























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