時間旅行者は、まがいもの(紛い物)の神なのか?
紛い物とは、真実のものと区別がつかないような偽物のことです。精巧な偽宝石、偽のブランド品は紛い物ですが、人間にも紛い物がいるのでしょうか?
時間旅行のできる人物なら、歴史を変えられるから神のごとき存在なのでしょうか。時間旅行ができても限界があるのなら、紛い物の神です。
この小説には、叔母((黒井)と甥(平田)の関係にある2人の時間旅行者が出てきます。架空の事件である「蒲生邸事件」は昭和11年2月26日に起きたことになっています。
青年将校らが起こしたクーデターだった2・26事件の日です。高橋是清蔵相らが殺害されています。現代っ子の主人公は、平田により昭和11年2月26日に時間旅行してしまいます。
時間旅行者は歴史の大きな流れを変えることはできない
彼らは「歴史が頓着しない個々の小さなパズルの断片」を変えることはできますが、歴史の大きな流れを変えることはできません(同書p220-222)。
時間旅行者平田によれば人間は歴史の流れにとってはただの部品、取り換え可能なパーツです。個々の部品の生き死にがどうあれ歴史は自分の目指すところに流れます。
古来から哲学者や宗教家は、自分が歴史の中でどんな存在なのかを問いかけてきました。歴史はちっぽけな自分の言動がどうあれ、流れていきます。
人間は皆、ちっぽけな存在でしかない。ちっぽけな自分が何をやっても、何も変わらないのではないか?そもそも変える必要があるのか?こんな問いかけをしてきたはずです。
人間を大きな視点から見守り、導く神は存在するのか?哲学者や宗教家はそれぞれ答えを出してきました。
この小説の「歴史」とは、人を導く存在ともいえそうです。
時間旅行者の周辺は薄暗くなっている―人に愛されない。
時間旅行者である黒井と平田は、光にとっては異分子ですから光の恩恵を受けることができません。時間旅行者の周囲では光が本来の力をそがれてしまうので、時間旅行者は暗く歪んでみえます(同書p99)。
この描写は、時間旅行者の宿命を暗示しています。時間旅行者は例外なく「暗く」、気味悪い雰囲気をもち、人に愛されない(同書p98)。早死になので子孫を残せません。
時間旅行能力を持つ黒井と平田の叔母・甥は、「歴史」ないしは「神」からなぜそんな能力を与えられたのでしょうか。
答えはわかりません。それでも、黒井と平田の二人は、自分なりのの生き方、死に方を見出し生涯を終えていきました。どちらも、死を覚悟してそれぞれの選択をしました。
宿命を背負いつつも、自分なりの生き方、死に方を選択した二人が印象的です。
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