「これまでの中東の仕組みを、大きく揺さぶっているのは、キリスト教国に対する敵意よりも、イスラムの二大宗派である主流のスンニー派と、傍系のシーア派による、血で血を洗う抗争である」(同書p3より抜粋)-
これが現実なら、中東、そして欧州は大変なことになってしまいます。加瀬英明氏はサウジアラビアとイランの対立激化の可能性を示唆しているのでしょうか。
スンニー派、シーア派と言っても普通の日本人には何のことなのか不明です。イスラム社会は実にわかりにくい。
しかし、最近各地で生じているISによるテロは重大です。勿論テロをイスラム教徒全体が支持していることなどありえない。テロはイスラムの教えとは無関係と考えている方が多数派でしょう。
それではISの主張すべてがイスラム教と無関係なのでしょうか?イスラム原理主義という言葉があります。仏の右派政治家Marine Le Pen(国民戦線)はイスラム原理主義を強く批判しています。
IS(イスラム国)はイスラム原理主義者の集団なのでしょうか?イランの故ホメイニ師はイスラム原理主義者だったのでしょうか?そもそも、イスラム原理主義の定義は何でしょうか?
これらの疑問への答えは容易ではありません。ともあれ、私たちなりにイスラム社会を理解するために多少の知的努力を心がけたいものです。
この本の序章から5章までは37年くらい前に行われた対談ですが、古さを感じさせません。
この本には極端化、単純化のし過ぎではないかと思えてくる部分もありますが、興味深く感じた点を列挙しておきます。以下は山本七平氏の発言の要約です。
イスラム教では、砂漠を動いて略奪する人間のほうが土地を耕す人間より立派である(山本七平)
第一に、イスラム教では、いちばん下層のだらしない人間、とされているのは労働する人間である。砂漠を動いて略奪するほうが、土地を耕す人間よりも立派である。
これがイスラム社会ではいちばん大きな問題である(p74)。
第二に、アラブの歴史家ヒッティの言によればアラブの不幸は農耕時代を経ないでいきなり都市に入ってしまったことだ。これがあとあとまでイスラムと中東に決定的な影響を与えた(p80)。
第三に、アラブ社会の問題点は支配者が無限に富を支配したがることである。物を生産していくという農民的意識が希薄なので、どんどん搾取、収奪して使ってしまう傾向がある。
第四に、イスラム社会では神とは契約の対象であり、契約とは基本的に神との契約しかなく人と人の間に契約はない。神との契約の内容が各人同じだから、お前とおれとの間に約束が成り立つ(p147)。
第五に、中東の人には日本の転びキリシタンが書いた南蛮誓詞、「デウスに誓って神を信じません」は理解できない。
日本人は「和を以て貴しとなす」(以和為貴)
第一の人間観が現代イスラム教徒全体の共通認識とは思えません。イスラム教徒と言っても、インドネシア、中国回族、中東では大きく異なっているはずです。
しかし、第二の点、アラブには農耕時代がなく欧州とアジアを結ぶ隊商交易で栄えてきた民族であることが、決定的な影響を与えたという指摘はわかります。
隊商を襲って財を得る人が相当数いたのかもしれません。オアシスの周囲には多少の農地があったはずですが、オアシス農業で養える人口は少ない。
先祖代々、農業に従事してきた民族と先祖代々、隊商交易に従事してきた民族、あるいはモンゴル人のように放牧で暮らしてきた民族では基本的な人間観が異なります。
各民族の人間観は、それぞれが交わしてきた言葉により形成されます。農耕民族の日本人は、「和を以て貴しとなす」「一所懸命」という人間観を保持してきました。
日本人は地道に田畑を耕し、品種改良により農業生産を拡大してきました。子々孫々の繁栄を八百万の神々に祈ってきました。
日本人には他地域を攻撃して財と富を得るという発想はできにくい。
戦国時代には生き延びるため他国(他地域)の略奪を行った大名が少なからずいましたが、この時代は例外的です。その後の江戸時代は約260年続きました。
アラブにも、理想とする人間観を表現する言葉があるはずです。それは、略奪を正当化しているのでしょうか?ジハード(聖戦)という語はそんな意味ではないはずです。
第四の、「神との契約」という考え方の理解は難しい。日本人にとって、神様はどこにでもいる存在ですから、近くにいるであろう神様に今後の自分の生き方を誓うのは当然です。
イスラム教は今日に至るまで、聖俗を区別することなく、政治から、衣服、娯楽、食生活をはじめとして、生活の隅々の些事にいたるまで、人々の生活のすべてを支配している(加瀬英明、同書p251より)
外国に住んでいるイスラム教徒が上述のように生きていこうとすると、当地で相当な反発を生んでしまいそうです。仏、独では人口の5~6%がイスラム教徒です。
「郷に入っては郷に従え」という発想は、先祖代々隊商交易で暮らしてきたアラブの人々の価値観には合わないのかもしれません。
「郷」すなわち各地域には独自の歴史と法律があるからよそ者はそれを尊重すべきだ、という発想は所領を重視する農耕民族の発想に近い。
相当数のイスラム教徒がすでに定住している欧州諸国では、基督教徒とイスラム教徒の融和を模索せねばならないでしょう。
加瀬英明氏は中東の今後について、次のように語ります。現在の米国が中東に本格的に軍事介入するなど、極めて考えにくい。ISに対しても米国は空爆以外に何もやれそうにない。
その隙を狙ってロシアやイランが勢力圏と影響力を拡大していくのでしょうか。
これから、第一次世界大戦後にヨーロッパ列強によって一方的に引かれた、国境線が消滅していって、新しい中東が出現することとなろう(同書p283)。
イラクはシーア派、スンニ派、クルド族の三つの国に別れよう。シリアもアサド政権のアラウィ派(シーア派の分派)、スンニー派による三つに分裂しよう。
リビアが3つか4つ、サウジアラビアは90%のスンニ派と、油田地帯に住む10%のシーア派の二つの国に分かれるだろうか(同書p283)。
加瀬氏は大胆に予想しています。中東各地で内戦ないしは局地戦が勃発してしまいかねないということでしょう。そのとき、原油市場にはどんな影響があるのでしょうか。
予測は困難ですが、経済の持続的成長のための必要条件は平和と治安の維持です。
当たり前のことですが、戦争で人命が失われ、機械や工場が破壊されてしまえば経済活動ができなくなってしまいます。
戦争が勃発していなくても、治安が乱れて契約の着実な施行が保障されていない社会では経済活動が停滞してしまいます。
略奪する人間のほうが生産する人間より立派だ、という人間観が支配的になってしまえば、治安が極度に悪化してしまいます。暴力団が国家と社会に侵食していくとそうなります。
中東の混乱が深まれば、大量の難民が発生して欧州社会の安定を脅かしかねません。ではどうするべきなのか?かなりの難問です。
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