2018年9月2日日曜日

林直道教授の「経済学 下 帝国主義の理論」(昭和45年初版、新日本新書)より思う。科学的社会主義の経済学入門書とは何だったのか。

「資本主義の基本矛盾とは、生産が社会的性質をもつにもかかわらず、その生産が利潤獲得という私的資本主義的形態にしばられていること、この生産の社会的性質と取得の資本主義的形態が互いに相いれず、矛盾しあっていることを言います」(同書p43より)。


この本の表紙には、「帝国主義と資本主義の全般的危機の理論を下巻に収めた、科学的社会主義の経済学入門書」と記してあります。

科学的社会主義の経済学という表現は、日本共産党独特のものです。

「正統派」あるいは「講座派」のマルクス主義経済学ということもあります。日本のマルクス経済学には、いくつかの流れがありました。

他に、「労農派」や「宇野派」「市民派」「レギュラシオン派」などがあります。

上記は、エンゲルスの「空想から科学へ」での資本主義の基本的矛盾に関する記述に依拠していると考えられます。

財の生産にはたくさんの労働者が参加しています。これを生産の社会的性質といいます。

しかし完成物は生産手段(機械、工場)の所有者である資本家のものになる。これが取得の資本主義的形態です。

エンゲルスによれば、資本家は生産手段を大量に保有していますが、労働者は自分の労働力以外には何も持たない。資本家と労働者は対立しています。

この対立をなくすためには、労働者はプロレタリア革命により国家権力を掌握し、生産手段を国有財産に転化せねばなりません。

社会的な生産手段を公共の財産にかえ、生産をあらかじめ決められた計画に従って行えば、社会的生産の無政府性が消滅し、景気の波や失業がなくなります。

私見では、「科学的社会主義の経済学」、「講座派」の最も中心的なメッセージはこれです。不況の解決策は、プロレタリア革命から生産手段の国有化ということです。

労働者が生産したものを、労働者全体で所有すれば良い、そのためには生産手段を国有化すれば良いのだという話です。

マルクス経済学の他の派の中心的メッセージを、私はあまり存じません。宇野派の場合、労働力が商品になっていることだ、という文章をどこかで見た記憶がありますが。

エンゲルスの見解、「講座派」に依拠すれば、ソ連、中国、東欧、ベトナムやキューバでは革命で生産手段を国有化し、資本主義の基本的矛盾が解消されたことになります。

社会主義諸国では企業が国有化され、基本的に計画経済で運営されていました。

マルクス主義経済学の理論では、これで経済は着実に成長し、人々の生活は年々良くなります。

科学的社会主義の経済学、「講座派」の理論に依拠し、林直道教授がソ連など社会主義国と、革命をどのように説明したかを以下、検討します。

林直道教授による革命理論と一国社会主義建設の理論―トロツキーはロシア労働者階級が農民との同盟をかため、社会主義建設に成功したことを認められなかった―


林直道教授は革命と社会主義建設について、次のように述べています。

「一般的にいうならば、革命は、帝国主義の諸矛盾の集中点=世界帝国主義の『鎖の弱い環』となった国において、そしてそれらの国がしっかりしたプロレタリアートの前衛党をもち、革命の主体的条件に成功した場合に、さきにおこるのです」(同書p197-198より)。

林直道教授はこの視点から二次大戦後、中国、朝鮮、ベトナム、キューバなど資本主義が十分に発達していなかったところで革命を成し遂げることができたの次の二点によると説明しています。

第一に、これらの国々が世界帝国主義の矛盾の結節点であったこと。

第二に、これらの国の労働者階級の主体的力量がすぐれていたこと。

林直道教授によれば、先進諸国に帝国主義の矛盾が集中し、それらの国が優れたプロレタリアートの隊列を持つならば、独占資本主義国において革命は勝利します。

この場合には極めて高度な物質的基礎をもつ社会主義が生まれます(同書p198)。

林直道教授によれば、このような一国社会主義の勝利の可能性を否定したのがレオン・トロツキー(1879-1940)です。

トロツキーは労働者階級が農民の革命的エネルギーを汲みだす可能性を認めることができませえんでした。

トロツキーはロシアのような後進性の強い国では欧州で革命が成功し、その援助を受けなければ社会主義は勝利できないと主張しました。

現実にロシアの労働者階級が農民との同盟を固め、社会主義建設に成功し、レーニン、スターリンの正しさと自らの理論的破産が明らかになると、ソ連を次のように批判しはじめました。

「いつわりの社会主義」「堕落した労働者官僚国家」「スターリニズム全体主義体制」

トロツキーは完全な反革命陰謀家になったと、林直道教授は断言しています(同書p198- 199)。

「科学的社会主義の経済学」「講座派」の理論からは、一国で社会主義が建設できるというレーニン、スターリンの理論が全面的に正しい。

エンゲルスが定義した資本主義の基本矛盾を解消するためには、生産手段の国有化と中央計画機構により経済全体を計画により運営し、無駄のない生産と配分をするしかない。

生産の無政府性を解消するために、中央計画当局が全ての財の生産と配分、価格を決定することになります。

実際にソ連で立派に社会主義が建設できたのだから、科学的社会主義の正しさは実践により証明されたという結論以外、「科学的社会主義の経済学」では出ようがない。

一昔前は、「科学的社会主義の経済学」「講座派」の方々はこんな調子で説明していたのでしょう。

この本が出版されてからおよそ20年後に、東欧社会主義そしてソ連が崩壊します。宮本顕治氏ら日本共産党員は、この事態に「万歳」を叫びます。

林直道教授はソ連崩壊のとき、周囲の日本共産党員とともに万歳を叫んだのでしょうか。

それでは林直道教授はトロツキーと同様の完全な反革命陰謀家になったと、この本の読者に言われなかったのでしょうか。

林直道教授が本書で引用しているトロツキーのソ連批判と、現在の日本共産党によるソ連批判はよく似ています。

林直道教授はスターリンのソ連を絶賛した


林直道教授は、スターリンの時代のソ連を次のように語っています。

「社会主義ソ連では、資本主義諸国とは反対に、政治、経済の安定はいっそう強化されました。

1921年から実施された新経済政策(ネップ)の成果を基礎として、1925-29年の社会主義工業化がすすめられました。

また、1928年からはじまる最初の国民経済発展5か年計画は、4年間で期限前に遂行されました。

社会主義の工業基盤が創出され、ソ連は農・工業国から、すすんだ工・農業国に転化しました。」(同書p227より)。

上記は、どう読んでも絶賛です。

林直道教授によれば、スターリンはレーニンが示した一国での社会主義の道を立派に実践し、5か年計画を遂行してソ連を発展させました。

林直道教授がこの本を刊行した昭和45年には、ソ連軍が日本兵にシベリアで奴隷労働を強制したことは明らかになっていました。

フルシチョフによるスターリン批判は、1956年(昭和31年)ですから、大量殺人が行われたことも明らかになっていました。

マルクス主義経済学、講座派の方々は、スターリンによる大量殺人や政治犯、日本兵士への労働強制を「反革命は労働により矯正されるべきだ」とでも受け止めたのでしょうか。

政治犯や日本兵士に奴隷のごとき労働を強制すれば、賃金を払わずに工業の基盤となる道路や鉄道を建設できます。

政治犯、日本兵士には僅かな食糧とみすぼらしい衣服を与えればそれでおしまいです。シベリアからの逃亡はほとんど不可能ですから。

これが搾取でなくて、何が搾取なのでしょうか。賃金が事実上ゼロなら、搾取率は無限大になりそうです。

林直道教授が、ソ連社会について真面目に研究したとは私にはどうしても思えないのです。

スターリンを強く批判したロイ・メドベージェフの著作も、林直道教授は無視したのでしょうか。

林直道教授はソ連共産党の教科書や宣伝を信じこみ、それらをそのままこの本に書いただけではなかったのでしょうか。

元はと言えば、エンゲルスの「資本主義の基本矛盾」という考え方が出鱈目だったのです。

これを信じてしまうと、とんでもない言論活動をすることになってしまう。

林直道教授は、ハンガリー事件を米帝国主義による社会主義体制転覆の陰謀と明言した


林直道教授は、ハンガリー事件(1956年)を米帝国主義による社会主義体制転覆、破壊のための陰謀、反共、反社会主義の政策と明言しています(本書p236)。

林直道教授は、ハンガリーへのソ連軍の侵攻を社会主義体制を守るために必要不可欠と評価していたのでしょうか。

ソ連軍によるハンガリー人殺害は、「科学的社会主義の経済学」「講座派」では社会主義体制を守るためということで正当化されるのでしょうか。

革命をやって社会主義体制に入ると、何かの拍子にソ連軍により殺されることを労働者は覚悟せねばならないのでしょうか。

林直道教授の本を、三十数年前に一生懸命読んだ人間の一人として、可能なら林直道教授にいろいろお尋ねしてみたいと思っています。













2 件のコメント:

  1. 林直道教授はその本の後に著した本で「スターリンのソ連は自由と民主主義に欠けた誤った帝国主義だった」と語っていますよ。

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  2. お知らせ有難うございます。林直道教授はその後の本で、「経済学 下」でのスターリン礼賛やハンガリーへのソ連介入擁護は間違っていたと述べているのでしょうか。ソ連が帝国主義だった、と述べているのでしょうか?

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