2013年8月25日日曜日

神はその存在を一人の生涯を通じて証明する―遠藤周作「侍」(新潮文庫)より思う―

伊達政宗の命で太平洋と大西洋を渡った武士、支倉常長



「独眼竜政宗」を覚えていますか。もう30年くらい前でしょうか。隻眼の戦国武将、伊達政宗の生涯を扱ったNHKの大河ドラマです。

主演は渡辺謙。後藤久美子が、政宗の妻愛姫(めごひめ)の幼い頃を演じて脚光を浴びました。このドラマでは、政宗の家臣支倉常長のメキシコ派遣はそれほど扱われていなかったように思います。

遠藤周作「侍」(新潮文庫)は、伊達政宗の命でメキシコ、スペインからローマまで行った支倉常長と、同行したポーロ会の宣教師ベラスコの物語です。

長谷倉六右衛門という名前ですが、「侍」と一貫して表現されています。遠藤周作は、「侍」(さむらい)という呼び方を用いて、武士の世界観、人生観を描き出そうとしたのでしょう。

侍は寡黙で、自分に与えられた役目を着実にこなすような人物です。私たち日本人の祖先はこんな人ではないでしょうか。

侍は伊達藩所属の下級武士で、長谷倉本家の惣領です。藩の中では召出衆という地位にいます。十一年前、黒川という先祖代々の所領に変わって、谷戸という土地を与えられました。

侍の父、五郎左衛門は既に亡くなっています。侍の叔父は、黒川に戻ることを切望しています。谷戸は僅かな稲麦のほかは蕎麦と稗(ひえ)、大根しか取れないような貧しい地域です(p10)。

大きな戦(いくさ)があり、手柄をたてれば黒川への配置替えも可能かもしれませんが、伊達政宗が東北に覇権を確立した頃は既に天下は豊臣秀吉のものとなっていました。

物語は17世紀初頭。豊臣秀吉が死去し、関ヶ原のたたかいで徳川家康が勝利して「内府」と呼ばれるようになっていた時のことです。

独眼竜伊達政宗は内心では天下を狙っていたかもしれません。しかし、幕藩体制が成立しつつあったので、大きな戦争は生じにくくなっていました。



男なら野心を抱く―諸勢力間の抗争を緩和するために政(まつりごと)―




若い男性は正義感と野心を抱くものです。立身出世し、富と地位を手に入れたい。美しい女を自分のものにしたい。豊臣秀吉のような天下人、権力者になりたい等など。

野心は虚栄心から生じているのかもしれません。正義感と虚栄心は矛盾しますが、人の心の中には共存しているものです。

今の世の中はおかしい。自分の力で変えてやる。精一杯、体を張って世間と戦ってみせる。そんな気概こそ、若者にふさわしいものでしょう。

野心を成就するために、若い頃からいろいろ努力した結果、中年になれば自分ができること、できないことが分かってきます。

勿論、中高年になっても少しばかりの野心を抱いて、策をいろいろ凝らしている人はいくらでもいます。それまでの努力で築いた地位を保持するためにも、権謀術数は必要ですから。

いつの時代でも、権力と富をめぐる諸勢力間の抗争が絶えたためしはありません。正義感と野心を抱いた若者はいつの間にか、抗争に巻き込まれていくものなのでしょう。

抗争が極端化すれば、激しい内戦になってしまい、皆が被害をこうむってしまいますから、権力者は政(まつりごと)、政治を通じて人々の間の利害関係を調整します。

権力者が保持する武力が圧倒的であるならば、他の人々は権力者の意志、命令に従うしかありません。野心を抱いていた若者も、屈従を余儀なくされるのでしょう。



政を営む者、政に翻弄される者それぞれの宿命




権力者は強制するだけでなく、甘言を用いて家臣に命令を実行させる場合もあります。命令を実行することこそ、自分の利益になると家臣に思い込ませることができれば、家臣は必死に働くでしょう。

家臣にとって何の利益にもならないと権力者が熟知していても、家臣はそれを後になってわかるだけです。後になって権力者に制裁を加える仕組みがなければどうしようもありません。

命令の実行のために粉骨砕身した家臣の人生は、全くの徒労となります。それは家臣の宿命だったのでしょうか。

政を営む権力者としては、その程度のことで心を痛めていては権力を維持できないのです。これも権力者の宿命だったのかもしれません。

遠藤周作の「侍」のメッセージの一つは、政を営む者と、政に翻弄される者それぞれの宿命を描き、読者が自分の生き方を見つめ直すことではないでしょうか。



「父祖伝来の地に戻る」ために大海を渡る侍と、神の存在




侍は、ノベスパニヤ(現メキシコ)に伊達政宗の書状を届け、交易をできるようにすれば、旧領への復帰もありうると藩の上司で寄親である石田さまから示唆されました(p55)。


父祖伝来の地に戻ることは、亡父と叔父の宿願です。侍にはなぜそんな大役を自分が仰せつかることになったのか、理解できませんでしたが、藩命を拒否することなどありえません。

なぜ藩の上層部(御評定所)が、侍のような下級武士にこんな大役を与えたかは、徐々に明らかになっていきます。

白石さまという、藩の重臣だけを信じていた侍には、藩の上層部の政争など理解できませんでした。

政のために翻弄され、たった一度しかない人生を無為に終えてしまう人はいくらでもいるものです。

ちっぽけな存在、哀しく弱い存在でしかない人の人生を通してでも、神はその存在を証明するのでしょうか。

これは遠藤文学の一貫したテーマですね。「侍」でも、ポーロ会所属の宣教師ベラスコは「いかなる者の生涯にも、神が在ることを証するものがございます」と述べています(p121).

この物語には、それぞれの野望の実現のために努力するが、政に翻弄され無為に人生を終えることになってしまう人々が描かれています

そういう人々の人生に、神の存在が見いだせるものでしょうか。その人たちは宿命のため、哀しい最期を遂げてしまったのかもしれません。

侍はただ、役目を果たすためにノベスパニヤ(現メキシコ)からエスパニヤ(現スペイン)そしてローマまで行きます。

ローマに行く前に、侍は役目を果たすため、そして自分の使用人たちを日本に返すために、切支丹に帰依する決意をします(p305)。「お役目のためだ」と侍は自分に言い聞かせます(p309)。

しかし、お役目のために全力で尽した侍は全く報われませんでした。帰国までに、幕府と藩の基督教に対する政策が大きく変わっていたのです。

切支丹禁制に踏みきり、エスパニヤ(現スペイン)との通商を棄てたのです(p326)。それでも、侍一行はローマに行きます。



ノベスパニヤでの元修道士との出会い―人は生涯、共にいてくれるものを求める―




侍の長旅そして人生に何か意味があったとするならば、ノベスパニヤのテカリという村に住んでいた日本人の元修道士と出会い、基督教の教えに開眼したことではないでしょうか。

元修道士は肥前の生まれで、幼い頃父母をなくし、その地方で布教していた神父に拾われて召使となったのです。

マニラの神学校で修道士の資格を得ましたが、聖職者たちに嫌気がさし、水夫に誘われてノベスパニヤまで来たとのことです(p207)。

元修道士は南蛮人によるインディオの虐殺と略奪、破壊を目にしていました。その後ノベスパニヤに来た宣教師たちは、南蛮人による蛮行について素知らぬ顔をしていました。

この国のパードレさまたちの唇からはいつも美しい言葉だけが出る、と元修道士は批判します。

イエスはあの金殿玉楼のような教会にいるのではなく、みじめなインディオの中に生きていると元修道士は侍に語ります(p209)。

侍は切支丹になっても、基督教に常に疑問を持っていました。ひとたび死んだあとに蘇る、そんなことを信じられる筈はなかったとあります(p311)。

しかし侍は元修道士の言葉と生き方に強烈な印象を受けたことでしょう。侍は長旅を共にした与蔵に次のように語ります。あの男とは、十字架にかけられたイエスのことです(p446)。


人間の心のどこかには、生涯、共にいてくれるもの、裏切らぬもの、離れぬものを―たとえ、それが病ほうけた犬でもいい―求める願いがあるのだな。

あの男は人間にとってそのようなあわれな犬になってくれたのだ。


侍の人生に意味があったとするなら、このような考え方を知ったことではないでしょうか。侍は、「邪宗門に帰依した」ということで、「沙汰がある」と役人に言い渡されます。

恐らく、侍は切腹を申し付けられたのでしょう。侍が得た「恩賞」はこれでした。

侍が永年望んでいたことは成し遂げられなかったのですが、侍は最期に自分の生き方と世界に対する新たな見方を知ることができたのです。

神は侍の生涯を通じて、その存在を示したのでしょうか。

正直言って私にはまだ、わかりません。



烈しい生き方をした宣教師ベラスコ




一向に通辞(通訳)として同行したポーロ会の宣教師、ベラスコの人物像もとても魅力的です。烈しい生き方を望んだベラスコ。静かなる闘志を秘めた侍と対照的な人物像です。

神に全てを捧げた宣教師といえども、野心と欲望と虚栄心はあるはずです。この物語にはそれらが描かれています。

ベラスコについては、所感を改めて書きます。







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