2013年8月8日木曜日

イエスは「地上のメシヤ」であることを拒絶した―遠藤周作「イエスの生涯」(新潮文庫)より思う―

イエスが生きていた時代とユダヤ人の救い主、メシヤ信仰



「氏より育ち」と言います。生まれ育ちは人格や能力を形成する上でとても大事でしょう。

それでは聖人と呼ばれる人たちはどんな環境で育ち、その思想や行動を後世に残したのか。

これは歴史学の課題なのでしょうが、遠藤周作は文学者としての想像力を駆使してイエスの生涯を語ります。

遠藤周作「イエスの生涯」(新潮文庫)によれば、イエスはガリラヤのナザレという、ヨルダン川西方の地域で育ちました。

庶民たちの住家は白く石炭を塗った、窓もひとつしかない暗い穴蔵のようなものでした(p8)。

養父ヨゼフは大工でしたから、イエスも大工の仕事を習いました。

ガリラヤの大工の多くは巡回労働者でしたから、イエスも固定した店を持っていたのではなく、ナザレの町やその周りを求めに応じて歩きながら仕事をしたのでしょう(p8)。

ガリラヤの住民は基本的にユダヤ人であり、ユダヤ教の強い信奉者でした(p11)。ガリラヤはヨルダン川東部とともにローマ皇帝から地位を認められた王の支配下にありました。

ガリラヤ人はユダヤ教を堕落させるローマの風習や宗教に侮蔑感を持っていました。

ユダヤ人たちはいつの日にか、自分たちの民族的な神ヤウエが送ってくれるという救い主、メシヤへの深い待望を抱いていました(p14)。

メシヤはふたたびユダヤの国土と誇りを取り戻してくれる。ユダヤ人たちはこう信じていたのでしょう。

イエスが生きていた時代のこの地域(現在のイスラエル北部)は、そんな状況だったのです。


生き生きとしたイエスやそれをとりまく人間のイメージから歴史を語る―意味論的社会学―



私は歴史学者ではないので、遠藤周作によるイエスの生涯の解釈が史実と照らし合わせてどうであるのかはわかりません。

しかし、遠藤周作がこの作品で描こうとしたのは、イエスに関する史実そのものではなく、聖書から読み取れる「他者から見たイエス像」の解釈です(p48-49)。

「事実のイエスでなくても、真実のイエス像」(p49)と遠藤は述べています(p49)。

この部分から私は、井筒俊彦「イスラーム生誕」(中公文庫)を思い出しました。

イスラームの聖典コーランを対象として取り上げた、意味論的社会学あるいは文化の意味論的解釈学の一試論と井筒は自著を述べています(p9)。

意味論的社会学、文化の意味論的解釈学とは難しい言葉ですね。

私なりに言えばこれは、聖典や古典などのテキストを読み込み、そこに出てくる言葉や文章の意味内容を自分なりに解釈して、世界像を構築していく手法です。

人は言葉で世界と自分の周囲の人間関係、そしてその中での自分の位置と役割を把握します。

従って聖典や古典には、その時代の人々が世界と周囲の人間関係、その中での自分たちの位置と役割をどう把握していたかが記されています。

この手法による歴史と社会把握は、統計学などで検証することが難しいので、近年の社会科学では主流ではないかもしれませんが、興味深いものです。

遠藤周作の「イエスの生涯」は、井筒俊彦の「イスラーム生誕」と同様の、意味論的社会学の手法によっていると私は考えます。

以下、「イエスの生涯」が意味論的社会学の手法によっていると私が考える部分を抜書しておきます。


イエスが行ったという奇蹟の背後には―イエスを民族指導者としようとする群衆とそれを拒絶したイエス―



遠藤はイエスの行ったという奇蹟について、次のような解釈を提示しています(p76-78)。


イエスはガリラヤ伝道中の過越祭のとき、数個のパンと二匹の魚を5千以上にふやして人々に食べさせました。

過越祭は、ユダヤ人の民族感情が最も昂揚する祭りです。

征服者を追い払い、ユダヤを再興すると救い主が出現するのではないかという夢と、イエスの人気が結びついたときにこの出来事は生じました。

奇蹟物語の背後には、イエスを民族指導者としようとする群衆と、それを拒絶したイエスの関係が暗示されているのではないか。

遠藤によれば、イエスは「地上のメシヤ」であることを拒絶したのです。



「最後の晩餐」とは―自分を取り囲む群衆や巡礼者と袂を分かったイエス―




遠藤周作によれば、福音書に書かれている「最後の晩餐」の状況は、上述のガリラヤ山上で行われたという行為と同型になっています(p143)。

事実の「最後の晩餐」の雰囲気は、押し寄せた群衆が家をかこみ、彼等の主だった者も食堂を埋め、弟子たちと共にイエスの発言を聞くという形で行われたと遠藤は述べています(p143)。


イエスは自分をとり囲む群衆や巡礼者と袂を分たねばならぬ瞬間が来ることを覚悟されていました。

彼は愛のメシヤではあったが、民衆の期待するような政治的なメシヤとは全く関係がなかった。

自分を誤解している群衆、巡礼客とこの晩餐を最後にして、別れねばならぬ時が今、来たと思われた(p144)。


群衆はイエスの愛の教えが何もわかりませんでした。群衆の声を代表して、イスカリオテのユダがイエスに次のように反駁しただろう、と遠藤は述べています(p146)。

「師よ。あなたは愛ほど高いものはないと言われる。しかし人間は今日、効果あることが欲しいのです。現実に役にたつことしか願わぬのです。...」

イエスはユダに次のように答えます。

「行くがいい。そしてお前のしたいことをするがいい」


イエスのこの言葉は、有名ですね。私は基督教徒ではないので、聖書のどこにあるのかわかりません。


受難物語のイエス―愛だけが体をほとばしりながら、無力だったイエス




遠藤は、受難物語までのイエスと受難物語のイエス、力あるイエスと無力なるイエスの違いに注目しています(p186)。


受難物語はイエスの無力さを積極的に肯定しながら、その無力の意味を我々に問うている、と遠藤は述べています(p188)。

現実に無力で役にたたぬイエス。聖人の悲惨な結末の意味を考えようというメッセージは、遠藤の数々の著作に繰り返し出てきます。


十字架にかけられたイエスの最期の言葉と弟子たち




遠藤は、イエスは弟子たちの命と引きかえに処刑されたのであり、イエスは弟子たちが生きるための生贄の仔羊となったと考えます(p209)。

従ってイエスは、自分たちを憎み、怒りながら死ぬだろうと弟子たちは想像していました(p210)。

しかし十字架にかけられたイエスは弟子たちに、怒りの言葉ひとつさえ口に出しませんでした。

彼等の上に神の怒りがおりることを求めもせず、弟子たちの救いを神に願ってイエスは死んで行きました(p212)。


イエスのこの死に方が、弟子たちに基本的な価値転換を促したと遠藤は語ります(p214)。

私は聖書については全くの門外漢なので、遠藤の解釈が適切であるかどうかはわかりません。しかし、無力なイエスが人類の精神史を大きく変えたという見方は、胸に響きます。

「イエスの生涯」の最後で、遠藤は次のように語ります(p223)。


人間の条件は事実や実際だけでは規定されぬ。大事なことは人間の魂が欲した真実の世界である。


「人間の欲した魂の真実」を、聖書や古典を自分なりに読み込むことで探求すべきものなのでしょう。
























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