2014年3月5日水曜日

北朝鮮の体制の不安定性についての覚書―北朝鮮と旧ソ連、中国、ナチス・ドイツとの違いは外貨依存症と「贈り物政治」の有無―


北朝鮮の体制維持には「外貨稼ぎ」と幹部への「贈り物」が必須である。張成澤一派(反党反革命宗派分子)除去により、深刻な外貨不足



独裁体制とはどのように成立し、継続しているのでしょうか。

私は独裁者に対する人々の忠誠心と恐怖心及び、忠誠心を継続させる幹部に対する物資供与が要と考えています。

独裁者が人々を長年支配するためには、人々にとって支配されることが利益(便益)になっていなければならない。

独裁者は人々の利益を考慮して、人々に指令を出さねばならない。これを私は経済理論のモデルで表現しています(拙著「独裁体制の経済理論」、八千代出版2008年刊行)。

独裁体制については、大枠で言えば全体主義(Totalitarianism)と修正主義(Revisionalism)という見方があります。

全体主義とは、独裁者の命令通りに人民が行動しているという見方ですから、独裁体制を記述するためには独裁者の言葉をもっぱら分析、解釈すればよいということになります。

旧ソ連について全体主義の立場から見てきたのは、Richard PipesやDmitri Volkogonovがあげられるでしょう。ユン・チアンの「毛沢東」も全体主義的な著作と言えそうです。

修正主義とは、独裁体制の下でも一般国民には普通の生活や闇市場があり、幹部の間には多元的な利害調整の仕組みがあることに着目する見方です。

旧ソ連についていえば、Shelia Fitzpatrickが有名です。拙著は独裁体制下でも人民や幹部にそれなりの行動選択の余地があるという見方ですから、修正主義の流れに属することになるでしょう。


北朝鮮を全体主義の視点から把握するべきだろうか―全てが金正恩の意思通りに動いているのか―



北朝鮮をどう見るかという点についても、全体主義的な立場から見ている研究者がいます。

北朝鮮では金正恩の意思通りにすべてのことが進行しているといいう見方ですが、これは現実的でしょうか?

私見では、建前はどうあれ、金正恩を心から尊敬している人間は北朝鮮の高位幹部の中にはいない。労働新聞に頻出する「敬愛する最高司令官同志」という表現は、枕詞のようなものです。

今の金正恩には、心から頼れる腹心の部下のような人間が、労働党、朝鮮人民軍、政府の高位幹部の中にいない。腹心の部下と言えば妹の金ヨジュンだけではないでしょうか。

叔父の張成澤は、金正恩を幼少の頃から可愛がってくれたのですから、最も信頼できる人のはずでした。
しかし昨年12月13日の朝鮮中央通信報道によれば、張成澤は金正恩の除去を策していました。朝鮮中央通信には珍しく、真実の報道をしたのです。

自分を除去することを叔父の張成澤が策していたのですから、金正恩は衝撃を受けたことでしょう。この一点を見ても、北朝鮮は金正恩の思い通りに動いていない。

旧ソ連分析でも言われたことですが、全体主義的な見方だと一枚岩イメージを連想させやすく、不満、批判、抵抗などは全て萌芽のうちに排除されてしまい、内側からの改革はありえないということになります(塩川伸明「現存した社会主義」勁草書房1999年刊行、p152-153)。


金敬姫は「白頭血統」だから高位幹部は忠誠心を持っている。しかし金正恩には...


張成澤処刑の背景の一つは朝鮮人民軍や労働党組織指導部との利権争いでしょうが、それだけではない。

実際に張成澤は韓国にいる脱北者と連絡を取り、金正恩の排除を策していたようです。康明道氏(北朝鮮の首相カン成山の娘婿)は韓国のテレビ番組で年末、その旨語っていました。

張成澤を今のうちに除去しておかないと、彼の権力が大きくなりすぎ、実際に金正恩が排除ないしは「かかし」のように祀り上げるだけの存在になってしまうと、金正日の妹金敬姫が判断したから、張成澤は排除されたと康明道氏は語っていました。

金正恩にとって叔母の金敬姫は頼りになる人物ですが、体がかなり悪いことは間違いなさそうです。金正日の誕生日である2月15日の記念式典にも参列できないのですから。

金敬姫はまさに「白頭血統」そのものであり、北朝鮮の最高幹部は皆敬意を払っていると康明道氏は語ります。

呉克烈、朴奉柱、金永南ら高齢の幹部は皆、金敬姫には忠誠心を持っているようです。金敬姫は金日成の愛娘であり金正日の最愛の妹です。

金日成、金正日の生前の姿をよく覚えている大幹部たちは金敬姫に忠誠心を持つのでしょう。しかし金正恩の母親は元在日朝鮮人(帰国者)ですから、「白頭血統」とは距離があり忠誠の対象になりにくいのです。

金正恩はこれを熟知している。叔父を殺害した「最高司令官同志」には、腹心の部下ともいえる側近が高位幹部にいないのですから、日々の生活での精神的ストレスは相当なものがあることでしょう。

金正恩には周囲の人間が皆怪しく思えてくるときすらあるに違いない。


中国が金正恩の思い通りに動くはずがない



張成澤は中国との交易でかなりの外貨稼ぎをしていました。張成澤一派を全て除去すると、優れた外貨稼ぎ手がいなくなってしまいます。

ごく最近の北朝鮮は外貨収入がかなり減っているはずです。

中国が輸入代金の支払いを拒否してしまえば、外貨が全くと言っていいほど金正恩に入らなくなる。

「月刊朝鮮」2014年1月号掲載の金正友記者執筆記事によれば、中国は金正恩の口座を凍結しました。これが事実なら、中朝関係は相当悪化しているはずです。

昨年12月13日の朝鮮中央通信は、張成澤が中国に対し地下資源を安値で売ってしまったから反党反革命宗派分子である旨主張しました。

そうであるなら今後、北朝鮮の外貨稼ぎ担当者は中国に石炭や鉄鉱石を張成澤より高い価格で売らなければなりませんが、中国がそんな条件変更を受け入れるわけがない。

むしろ中国は北朝鮮の足元を見て、もっと安い価格や条件で資源を売れと要求してくるでしょう。中国から見れば、北朝鮮でなくモンゴル等から石炭や鉄鉱石を買っても良いのですから。

中朝関係からみても、北朝鮮社会は金正恩の思い通りに動いていないし、動かせない。北朝鮮は旧ソ連や中国、ドイツのような大国ではないのです。

北朝鮮には石油がないことも留意せねばなりません。

北朝鮮と旧ソ連、毛沢東期の中国やナチス・ドイツとの違い―「外貨稼ぎ」と「贈り物政治」が体制維持のために必須



北朝鮮の体制を維持するためには外貨稼ぎと「贈り物政治」が必須であるという点は、旧ソ連や毛沢東時代の中国、あるいはナチス・ドイツと大きく異なっています。

政治犯収容所の存在という点で共通していても、この点が決定的に異なっている。

外貨が入らなくなれば、金正恩の権力を支えている国家安全保衛部や朝鮮人民軍の特殊部隊、朝鮮労働党幹部に対し、金正恩が「贈り物」をできなくなる。

金正恩の権力は、国家安全保衛部や人民軍保衛司令部による住民、軍人に対する監視と抑圧に大きく依拠しています。

監視機関の忠誠心は金正恩からの外国高級物資の「贈り物」に支えられています。北朝鮮では外貨が入らなくなると、核心階層の生活も悪化していき、忠誠心が弱まります。


崔龍海監禁か?それなら幹部は皆、「反党反革命宗派分子」になりうる



最近、「自由北韓放送」が張成澤処刑後、権限を次第に握るようになっていた崔龍海が監禁されていると報じています。

朝鮮中央通信によれば、2月16日を最後にして以後崔龍海は金正恩に随行していません。

張成澤に多少なりとも関係を持っていた人物といえば、朝鮮労働党の幹部はほとんど全員でしょうし、朝鮮人民軍内にもかなりいたはずです。

彼らはいつ、「反党反革命宗派分子」というレッテルを貼られてもおかしくない。

さらに崔龍海まで「反党反革命宗派分子」ということになると、幹部は皆「反党反革命宗派分子」のようにみなされることがありえます。国家安全保衛部や人民軍保衛司令部も例外ではありえない。

過度の粛清は逆効果になりうる。金正恩に対する反感は、幹部の中でも相当高まっているのではないでしょうか。金敬姫が元気なら、金正恩を支えられたかもしれませんが、無理そうです。

3月9日に最高人民会議の代議員選挙があります。これに金敬姫と崔龍海が姿を見せなければ、金敬姫は深刻な病状で崔龍海は失脚と理解すべきでしょう。

崔龍海に近かったからいずれ国家安全保衛部や保衛司令部に逮捕されてしまうなら、博打をしようと考える人物が朝鮮人民軍内にいてもそうおかしくない。


中国国家安全部と内通している人間、「人民の敵」「民族反逆者」が高位幹部内に相当数いる



金正恩には厳重な警備態勢があるでしょうが、周囲の人物や家族にはさほどの警備はないかもしれません。国家安全保衛部や保衛司令部関係者、朝鮮人民軍幹部はそれを知っています。

金正男の動向も気になります。中国の国家安全部は、朝鮮族を通じて平壌の幹部内にかなりの情報網、協力者を作っているはずです。

高位幹部に中国の諜報機関と内通している人間が相当いてもおかしくないのです。北朝鮮の敵は韓国と米国だけではない。ロシアにも、朝鮮族は数十万人います。

北朝鮮の体制は、相当不安定であるとしか考えられません。

金正恩による一元的な支配体制、全体主義が完成しているなどとは到底考えられない。「人民の敵」「民族反逆者」が幹部にいくらでもいるのですから。


日本政府は「白頭血統」の虚偽をを対北朝鮮ラジオ放送で暴くべきだ―北朝鮮と「対話」するために―



日本政府は今こそ、「白頭血統」の虚偽を暴く対北朝鮮ラジオ放送を実施し、金正恩への忠誠心を弱体化させ、住民統制を弱めさせるべきです。

披拉致日本人救出のため、対北朝鮮政策の「対話」を金正恩への忠誠心を弱める内容にするべきなのです。

そんなことを放送したら北朝鮮が猛反発して対話が成立しないと思う方は、北朝鮮の体制、朝鮮民族にとって血統の重要性が理解できていない。

朝鮮民族は金日成民族だと宣伝する人たちなのです。

北朝鮮当局は猛反発し、あらゆる経路で放送を辞めろと脅迫してくるでしょう。その時、日本政府は「放送を辞めてほしいなら披拉致日本人を返せ」と言えば良い。これこそ「対話」なのです。

北朝鮮との「対話」とは暴力団関係者との「対話」とみるべきなのです。


資料・昨年12月13日朝鮮中央通信報道より抜粋


장성택은 석탄을 비롯한 귀중한 지하자원을 망탕 팔아먹도록 하여 심복들이 거간군들에게 속아 많은 빚을 지게 만들고 지난 5 빚을 갚는다고 하면서 라선경제무역지대의 토지를 50 기한으로 외국에 팔아먹는 매국행위도 서슴지 않았다.

張成澤は石炭をはじめとする貴重な地下資源を、部下に命じてブローカーに出鱈目に売り払わせた。その結果彼の腹心の部下はブローカーに騙されて巨額の借金をつくった。

去る5月、この借金を返すという口実で、羅津先峰経済貿易地帯の土地を50年の期間で外国に売り払うという売国行為をしでかした。

これに張成澤は何の良心の咎めも感じなかった。

He instructed his stooges to sell coal and other precious underground resources at random. Consequently, his confidants were saddled with huge debts, deceived by brokers.

Jang made no scruple of committing such act of treachery in May last as selling off the land of the Rason economic and trade zone to a foreign country for a period of five decades under the pretext of paying those debts.

 

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