2015年2月8日日曜日

Françoise Saganの「赤いワインに涙が...」所収「早くも一年」(朝吹登美子訳、新潮文庫。原題はMusiques de scènes)を読みました。

「あなたも知っている通り、あたしたちはよいお友達として別れたのですもの。それどころか...」「彼と一緒に暮らさなくなってからというもの、あたしはもう生きていないのも当然なの。...」(「早くも一年」より)


この本の出版は1981年です。
あとがきによれば、Saganは18歳で書いた「悲しみよ こんにちは」が大流行して以来、流行作家として常にもてはやされてきましたが様々な苦しい体験もしました。

九死に一生を得た自動車事故、療養中に苦痛を和らげるための麻薬による中毒、二度の離婚、倒産に近い差し押さえなどです。

この本は短編集ですが、Saganの人生経験を思わせるものもあります。

夫と離婚して一年経った女性が、彼と新妻も参加する親友主催のPartyに参加する


「早くも一年」は、夫リシャールと離婚して一年経ったジャスティーヌが、彼と新しい妻も参加する親友主催のPartyに出るときの心中を描いています。

ジャスティーヌは本音では、リシャールを忘れられない。

自分が生き返れるただ一つの希望はリシャールがもう一度自分を愛してくれるようになるという、ありえない可能性にかかっていると彼女の心の声はつぶやきます。

しかしジャスティーヌはそれをPartyを主催する親友ジュデェットには言えません。リシャールからジャスティーヌが受けた心の痛手はもう癒えているということが、皆の了解事項です。

かりにそうでないとしても、彼女はそういうふりをすべきであるということも皆の了解事項です。

ジャスティーヌは元夫に恨みをもって一年過ごしたと考えられないか-愛と憎しみはコインの裏表-


フランス人には、多数の友人を夫婦で招いて食事をともにし、機知のきいたおしゃべりをする習慣があるのでしょう。離婚しても、それぞれの友人との関係は変わりません。

元の夫婦がPartyで会うことも珍しくないのでしょう。そのとき、何でもないように友人として振舞わねばなりません。

日本人なら、よほどのことがない限り元夫婦をPartyで同席させないようにすると思います。

Saganの小説の魅力の一つは、登場人物の愛情に関する心中の呟きを詳細に描いているところです。

「早くも一年」は、一年前の同じ場所で、仲間たちの面前で夫リシャールに捨てられた女性ジャスティーヌの内心を描いています。

しかしジャスティーヌはリシャールに強い恨みを持ちつつ一年間過ごしたと考えるほうが現実的ではないでしょうか。

愛と憎しみはコインの裏表ではないでしょうか。

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