2013年7月21日日曜日

自分の愛に骰子を投げねばならぬ時―遠藤周作「父親」(集英社文庫)―より思う

「けじめ」を破ったものはその仕返しを覚悟せねばならん


娘が不倫関係に陥ってしまったら...これはどんな父親でも想像もしたくないことです。

遠藤周作「父親」(集英社文庫)は、戦中派でなにより人間としてのけじめ、節度を重んじる父親と不倫に走った娘の物語です。

東京新聞に昭和54年9月25日(1979年)から昭和55年5月8日(1980年)に連載されたとこの本の解説にあります(p488)。

主人公の石井菊次は56歳。慶応大学文学部社会学科卒業で、原宿の近くにある化粧品会社の商品開発部長を務めています。

菊次の長女の純子は、昭和54年頃に上智大学を卒業し、新宿西口にある会社で中高年のためのスタイリストをしています。

昭和54年(1979年)に23歳くらいとすると、現在は57歳くらいの女性ということになります。

純子は、父親の作った食品会社の社長をしている宗という、妻子ある35歳の男と不倫関係に陥ってしまいます。宗は純子と出逢ったとき、妻子と別居しており、純子に強引に結婚を申込みます(p150)。

宗は現在、69歳くらいですね。宗の長女は7歳くらいとありますから(p367)、現在41歳くらいということになります。

菊次は男と不倫関係になった純子を激しく非難します。自分のやっていることが、他の人をどんなに不幸にするのか考えたことがあるのか(p278)。

純子は家を出て、青山の裏にあるアパートの部屋を借ります。十畳ほどの、キッチン、バスつきの部屋です(p289 )。次の記述は、純子の一途さを思わせます。

女には一生のうち少なくとも自分の愛に骰子を投げねばならぬ時がある。それが今なのだ、と彼女は自分に言い聞かせる...(p 291)。

宗との恋にのめり込んでいく純子に対し、「けじめ」を破ったものはその仕返しを覚悟せねばならんと厳しく言い渡します(p318)。


人間には善魔というものがある




菊次は純子に、宗の二人の子供たちを不幸せにしてはいけないと諭します。善魔について、菊次は純子に説明します。

自分の考えだけが何時も正しいと信じている者、自分の思想や行動が決して間違っていないと信じる者、そしてそのために周りへの影響や迷惑に気づかぬ者、そのために他人を不幸にしているのに一向に無頓着な者 ―それを善魔という(p372)。

善魔という人間把握は、遠藤独特のものです。ある人の行為は、他人の心のふかい奥底に痕跡をのこさずには消えない。

そうであるなら正義感や激しい情熱から行った行為が、他人を不幸にしてしまうこともありうるということでしょう。


抑制力のない、身勝手な、臆病な男―純子は父に「サラッとできると思うの」―



宗は結局、戻るべき所に戻って行きます。宗は純子との別れを菊次に告げます。菊次は宗に対し、「あなたは抑制力のない、身勝手な、臆病な男」だと非難します。

純子は宗に捨てられたのですが、自分は後悔していない、本気で一人の男の人を愛したからと父に言います。

これからサラッとできると思うの、と純子は父に言いました。多分純子は、暫くすれば宗をきれいに忘れ去ることでしょう。今後、カメラマンの最上と恋に落ちて行くような気がします。

しかし宗は今後、長く純子の幻影を追い続けるのではないでしょうか。若い女性の後ろ姿を純子だと思ってしまうのですから。

純子が借りていたアパートでともに過ごした日々。純子が食事の支度をしている姿は、宗の心の片隅に長く残るのかもしれません。

再度、妻との関係がまずくなってしまうのかもしれません。今度は妻に一切発覚しないよう、宗は若い女性と関係を持つのかもしれません。


宗はなぜ別居していたのか



私がよくわからなかったのは、宗がなぜ奥さんと別居したのか、別居から離婚を決意した理由をなぜ純子が宗に問わなかったのかという点です。

純子は「どうしてあんな人が奥様と別居したのだろう」と心中で不思議に思っていますが(p50)、理由を宗に問いただしていないようです。

ひょっとしたら、若い女性がいて別居することになったのかもしれない。大学を卒業したばかりの純子でも、そのくらいの想像はできそうに思えます。

純子ばかりか、菊次も宗の別居理由について、ほとんど思考していないように私には思えます。別居理由の如何で、宗が実際に離婚するかどうか、ある程度見当がつくのではないでしょうか。

世慣れた菊次なら、それくらいの見通しをつけそうなものです。


純子がとることになる責任とは



菊次は純子に、「お前は責任をとっていない」と言い渡します。この責任とは、心配をかけた父母に対して謝罪しろ、などというものではないでしょう。

何らかの形で、社会的な制裁を受けることになるのでは...あるいは、純子が今後人生や社会に対して不信感を持ってしまい、別の形で社会的に制裁を受けるような行為をしでかしてしまうのではないか。

菊次はそれを心配しているのかもしれません。

純子が実在するとすれば、今は57歳です。小説の中の菊次より年上となりました。純子はどんな人生を送ったのでしょうか。幸せな結婚をできたでしょうか。

純子が宗のことを忘れていても、結婚相手が純子の過去をどう思うかは全くわかりません。過去の不倫を隠して純子は結婚したのでしょうか。

若い頃から、夫に重大な隠し事をして生きていくのは辛いですね。純子は「仕返し」を何らかの形で蒙ったのではないでしょうか。

純子は若い頃の不倫の「責任」を、何かの形でとっていることでしょう。今の純子なら、父の愛情のこもった言葉の意味が、わかるようになったかもしれません。












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