2014年8月30日土曜日

日曜日もやれやれ終わった、ママンはもう埋められてしまった。J’ai pensé que c’était toujours un dimanche de tiré, que maman était maintenant entrerée,(L'étranger 「異邦人」Albert Camus, 新潮文庫p27)

また私は勤めにかえるだろう。結局、何も変わったことはなかったのだ、と私は考えた。que j’allais reprendre mon travail et que, somme toute, il n’y avait rien de changé. It occurred to me that anyway one more Sunday was over, that Maman was buried now, that I was going back to work, and that, really, nothing had changed.


現代資本主義は、厳しい競争社会です。生業を確保し、それを維持していくだけでも大変な労力と精神力が必要です。

社会の中で自分の位置を確保し、それを続けるために皆必死なのです。そのうち身も心も消耗し、何もかも投げ出したくなってしまう気分になることは珍しくありません。

こんなことをやって一体何になるのだろう。つまらないことでしかない。

そんな気分になったとき、私はAlbert Camusの「異邦人」のいろいろな場面を思い浮かべます。

人は他人の死を実感できにくい―世界の優しい無関心(la tendre indifférence du monde, the gentle indifference of the world)


Albert Camusは人々が、それぞれが生きていくために毎日の仕事をひたすらこなして行く姿こそ、限りなく貴いと考えたのでしょう。

そこに、不条理(absurdité)を克服している人々がいると考えたのではないでしょうか。

各自は自分なりに夢や希望を持ちつつも、生業に励んでいます。そしていずれは死んでいくのです。

自分が死ぬのは嫌ですから、誰でもいろいろな抵抗をするものですが、死ぬときは誰でも一人です。他人は自分の死に無関心ですが、それは他人が薄情だからではありません。

人は他人の死を実感をもって受け止められないだけです。死んでいく自分も、かつては他人が死んでいくことに無関心だったのです。

人は誰しも、死ぬという宿命を背負っていることを直視すれば、生きていくと降りかかってくる様々な困難や心の苦しみを乗り越えられるのではないでしょうか。

様々な困難や心の苦しみを抱えつつも、生業に励んで生き抜く人々の姿こそ素晴らしい。「シーシュポスの神話」(Le mythe de Sisyphe)にも、そんな文章があります。

「異邦人」の主人公ムルソーの母親への想い―ママンはもう埋められてしまった―


Albert Camusの「異邦人」の最後に出てくる「世界の優しい無関心」を、主人公ムルソーは母親が亡くなった後に感じていたのでしょう。

母が亡くなっても、世間はでいつもと同じように物事が進行していくのです。自分も同じように過ごしていくしかありません。

母親が亡くなったことに心の痛み、空虚さを噛みしめつつ、以前と同じように生きていけばそれで良いのでしょう。それが母親の願いかもしれません。

「ママンはもう埋められてしまった」というムルソーの心中の呟きは、母親が亡くなってしまったことへの哀しみ、母親への愛の言葉です。

ムルソーはアルジェリアの街を限りなく愛していました。ムルソーが亡き母との思い出に耽りつつ眺めているアルジェリアの街の風景は、Camusの心の中にあったのでしょう。

下記はその一つです。ムルソーが「世界の優しい無関心」を感じているのではないでしょうか。

Les lampes de la rue se sont alors allumeés brusquement et ells ont fait pâlir les première étoiles qui montaient dans la nuit.
 
J’ai senti mes yeux se fatiguer à regarder les trottoirs avec leur chargement d’hommes et de lumière.
 
Les lampes faisaient luire le pavé mouillé, et les tramways, à intervalles réguliers, mettaient leurs reflets sur des cheveux brillants, un sourire ou un bracelet d’argent.
 
異邦人 窪田啓作訳 新潮文庫 pp.25
街灯がこのとき突然にともり、夜の中に上った、最初の星々を青ざめさせた。
 
こんな風に、歩道とその上の人影や光をながめることに、私は眼が疲れるのを感じた。街灯は粘つく舗道をきらめかせ、電車は、規則的な間隔をおいて、輝く髪や微笑や銀の腕輪の上に、光を映した。
 
The Stranger, by Mattew Ward, Vintage Books, pp. 24
 
Then the street lamps came on all of a sudden and made the first stars appearing in the night sky grow dim.
 
I felt my eyes getting tired from watching the street filled with so many people and lights.
 
The street lamps were making the pavement glisten, and the light from the streetcars would glint off someone’s shiny hair, or off a smile or a silver bracelet.

 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 

 
 
 
 
 
 
 

 



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