空が色づいてくるときや、暁のひかりが私の独房にしのびこんで来るとき、ママンの言葉はほんとうだと思った。Maman used to say that you can always find something to be happy about.
よりよく生きていこうとすれば常に、新しいことに挑戦せねばならないでしょう。さすれば必然的に、何らかの失敗や挫折を経験することになるのでしょう。
その時、自分の心の動揺を抑え、制御して次の道に向かわねばならない。人生は挑戦の連続ですから。
「異邦人」は「不条理」(absurdité)がテーマですが、小説の至る所に挫折や失敗を重ねて窮地に陥り、不幸な境遇となった人々へのCamusのメッセージが込められているように思います。
下記は「異邦人」第二部5より抜粋したものです。
フランス人民の名において広場で斬首刑を受けるムルソー
ムルソーは「フランス人民の名において広場で斬首刑をうけるのだ」と宣告されました。処刑の日を待つムルソーは独房で自問自答します。
ギロチンにかけられるとは具体的にどういう状況なのだろうか。特赦請願が受理され何とか刑の軽減がなされないだろうか。処刑人は夜明けにやってくる。一体彼らはいつ来るのか。
そんなムルソーの心に浮かぶのは、母がよくいっていたつぶやきでした。人間は全く不幸になることはない。
母親に対する愛と信頼から、ムルソーは母の言葉を思い起こした
この部分にも、ムルソーの母親に対する愛と信頼がにじみ出ています。葬儀の日に涙を見せなかったからと言って、母親への愛情に欠けていたわけではないのです。
ムルソーは誰にでも訪れる死が母親にも訪れたのだと虚心坦懐に受け入れていたのでしょう。「人間は全く不幸になることはない」とは含蓄のある言葉ですね。
挫折や失敗の真っ最中にあるとき、思い起こしたい言葉です。
「異邦人」に散りばめられている珠玉の言葉は、ふとしたきっかけから改善不能の状況に陥ってしまった人々に、心のあり方、自分の姿を見つめさせます。
死をまじかに控えた人なら、心に響く文章がいくつもあることでしょう。
今は健康な私たちも、いずれは何らかの形でそんなときを迎えるのです。
新たな道に挑戦し、成功する人もいれば挫折と失敗を重ね、限りなく不幸になってしまう人もいる。それでも最後は皆、同じ結末を迎えるのです。
下記は「異邦人」の該当部分です。
C’est à l’aube qu’ ils venaient, je le savais. En somme, j’ai occupé mes nuits à attendre cette aube. Je n’ai jamais aimé être surpris.
Quand il m’arrive quelque chose, je préfère être là.
C’ est pourquoi j’ai fini par ne plus dormir qu’un peu dans mes journées et, tout le long de mes nuits, j’ai attend patiemment que la lumière naisse sur la virtre du ciel.
Le plus difficile, c’était l’heure doureuse où je savais qu’ils opéraient d’ habitude. Passé minuit, j’attendais et je guettais.
Jamais mon oreille n’avait perçu tant de bruits, distingué de sons si ténus.
Je peux dire, d’ailleurs, que d’une certaine façon j’ai eu de la chance pendent tout cette période, puisque je n’ai jamais endendu de pas.
Maman disait souvent qu’on n’est jamais tout à fait malheureux.
Je l’approuvais dans ma prison, quand le ciel se colorait et qu’un nouveau jour glissant dans ma cellule. Parce qu’aussi bien, j’aurais pu entendre des pas et mon coœur aurait pu éclater,
Matthew Ward, Vintage Books, p113より。
They always came at dawn, I knew that. And so I spent my nights waiting for that dawn.
I’ve never liked being surprised. If something is going to happen to me, I want to be there.
That’s why I ended up sleeping only a little bit during the day and then, all night long, waited patiently for the first light to show on the pane of sky.
The hardest time was that uncertain hour when I knew they usually set to work. After midnight, I would wait and watch. My ears had never heard so many noises or picked up such small sounds.
One thing I can say, though, is that in a certain way I was lucky that whole time, since I never heard footsteps.
Maman used to say that you can always find something to be happy about.
In my prison, when the sky turned red and a new day slipped into my cell, I found out that she was right. Because I might just as easily have heard footsteps and my heart could have burst.
新潮文庫p116より抜粋
彼らがやって来るのは夜明けだ。私はそれを知っていた。結局、私の夜々はあの夜明けを待つことだけに過ごされた。私は驚かされることがきらいだった。
何かが起こるときには、身構えていたい。そういうわけで、私は昼間少ししか眠らず、夜は、夜もすがら暁のひかりが空のガラスのうえに生まれ出るのを、辛抱強く待った。
いちばん苦しいのは通常彼らのやって来ることを私の知っている、あのどうもあやしい時刻だった。真夜中を過ぎると、私は待ち構え、見張っていた。
私の耳がこれほど物音に敏感になり、これほど低いひびきを聞き分けたことはなかった。
のみならず、この間、決して足音が聞こえたことはなかったのだから、ある意味で私には運があった、ということができる。人間は全く不幸になることはない、とママンはよくいっていた。
空が色づいて来るときや、暁のひかりが私の独房にしのび込んで来るとき、ママンの言葉はほんとうだと思った。というのは、足音が聞こえたとしたら、私の心臓は破裂しただろうから。
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