2014年12月28日日曜日

Françoise Saganの「愛は束縛」(新潮文庫。河野万里子訳、原題La Laisse)を読みました。

彼女はぼくを愛したことなど一度もなかったのだ。ただぼくを、所有していただけなのだ。あの忘れてしまいたいような挫折の日々にやさしく慰めてくれたのも、ぼくの挫折が彼女にとっては都合がよかったからにすぎない。(新潮文庫p121)-


「愛は束縛」の原題La Laisseは、辞書をひいてみると犬をつないでおく紐のことです。犬は紐でつなぎとめておかないとどこかへ出ていってしまいかねません。

人の愛情関係もそうなのでしょうか。

人を愛するということは、その人のすべてを知り尽くし、その人の行動、服装、人付き合いなどすべてを自分の管理下におくことなのでしょうか。

財力のある男(女)が女(男)を愛したとき、財力という「紐」で相手をつなぎとめるようになってしまいかねません。相手方も心のどこかでそれを期待しているかもしれません。

犬は自分の領域内をにおいを嗅ぎながら歩き回り、空腹になれば主人のところに戻ってくるでしょう。

財力のない側もそうなるのでしょうか。しかし財力がなかった側がある日事業に成功したら、紐を自分で切ってしまうかもしれません。

売れない作曲家ヴァンサンは、資産家の娘ローランスと国立高等音楽院卒業後2,3年で結婚した


「愛は束縛」の主人公ヴァンサンは、Parisの国立高等音楽院( Conservatoire)のピアノ科を卒業して2,3年後に、資産家の娘ローランスと結婚しました。

結婚後7年、二人はローランスの父からの支援で裕福な暮らしをしてきました。

ヴァンサンが作曲した映画音楽「にわか雨」が当たり、ヴァンサンは百万ドルの大金を手にすることになりましたが、そのとき二人の間に隙間風が吹き始めます。

あらすじの説明はこのくらいにして、ヴァンサンの心に浮かぶ言葉の中で私の心に特に響いたものを書き留めておきます。

二人の間の幾多のベッドの物語も、今となってはもう何も変えることはできない。


「彼女は、ぼくの人生の最も輝かしい時期を奪ったのである。二人の間の幾多のベッドの物語も、今となってはもう何も変えることはできない。彼女は自分のためだけに、ぼくを愛した。彼女はぼくを識りはしないのだ」(p122)。

二人は二十代の中ごろから7年間共同生活をしたのですから、人生の最も輝かしい時期を一緒に過ごしたといえるでしょう。しかしその7年はヴァンサンの主体的な選択でもあったのです。

少し前にヴァンサンの頭の片隅で「先立つものを手にしたとたんにローランスと別れるのはまるで人間のくずだ」という声がしていました(p45)。

愛情とは冷めてしまうとそれまでのすべての言動がつまらなく、価値のないことだったように思えてきてしまうはかない感情なのかもしれません。

「二人の間の幾多のベッドの物語」など煙のようにヴァンサンの心中から消えてしまったようです。

ローランスの決めたベッドでの禁止項目を甘受していたヴァンサン


「ぼくはジャニーヌと、とても楽しく二時間過ごした。これまでローランスの決めたベッドでの禁止項目を甘受していたため、自由奔放にふるまうことによって生まれ出る刺激的な快楽の味を久しく忘れていたようだ。ぼくは恍惚となり、励ましのようなものさえ受け取った気がした」(p130)。

ジャニーヌとは娼婦です。ヴァンサンはローランスにベッドの上でさえ、「支配」されていたのかもしれません。ヴァンサンはローランスを忘れるためし、700フランで娼婦と寝たのでしょう。

「ローランスは頭はいいが、機知はない。

金づかいは荒いが、気前のいい鷹揚さはない、美しいが魅力はない、人を羨むが自らの願望はない、彼女は、人を中傷するが憎しみはもっていない、自尊心は強いが誇りはない。

親しげだがあたたかさがない、感受性は強いが傷つくことはない」p155)。

愛情が冷めてしまったヴァンサンにはローランスの長所が、同時に短所のように思えてきています。このときのヴァンサンの、ローランス論の結論は次です。

「そしてつまり、情熱はあるが、愛がないのだ」(p156)。

艶事には、炎のように燃え上がるローランス


真実のローランスは、ヴァンサンの心中の言葉のような人なのでしょうか。サガンの小説のヒロイン描写は男性の心をそそらせるものがあります。

「ベッドで、彼女より先にぼくの方から求めようとすると、物憂げに<もうあなたったら、それしか考えていないんだから>とつぶやき、その逆だと、消え入りそうな声で<ねえ、私のこと、もう愛していないの?>とささやくのだ。

そして-彼女の端正な容姿にふさわしい、古典的な表現を引くならー艶事には、炎のように燃え上がるのである」(p6)。

「長い黒髪に包まれた彫の深い顔立ち」で情熱的なローランスの姿、声と吐息も、別れを決意したヴァンサンの心中からは消えてしまったのでしょう。

ローランスの必死の慰留により、ヴァンサンは考えを改めます。

「彼女はぼくのことを少し愛しすぎているのだと思い続けてきたが、その<少し愛しすぎる>ということがどれほどの地獄であるかは、考えてもみなかった」(p232)。

しかしその翌日ローランスが投げかけた言葉が、破滅を呼んでしまいます。ローランスの支配欲にも似た愛情は、ヴァンサンを再び傷つける激しい言葉となってしまいました。

愛とは束縛なのでしょうか。サガンの小説は、主題を改めて最後におき、読者に考えさせることが多いようです。

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