2021年12月19日日曜日

小泉信三教授「エルフルト綱領の教訓」、梶川伸一教授の論考にみるロシア革命後の大飢饉(「共産主義批判の常識」昭和24年新潮社刊行、「ソヴェト=ロシアにおける赤色テロル」社会評論社刊行の解説)より思う

 左翼人士が礼賛するロシア革命とは何だったのでしょうか。

ソ連共産党流の史観、宣伝は大略次のようになっています。

ロシア革命後に帝国主義諸国の支援を受けた反革命軍が内乱を起こし、レーニンとボリシェヴィキは対応を余儀なくされました。

資本主義的搾取を廃止し、八時間労働制を確立した労働者の祖国ソ連邦を帝国主義者と反革命分子は破壊しようと戦争を起こしました。

従ってこの時期の社会的混乱は帝国主義諸国と反革命分子の責任です。

レーニンとボリシェヴィキは社会主義ソ連を守るために戦いました。

不破哲三さんのロシア革命論は概ね、こんな調子です。山口正之教授の「社会主義の崩壊と資本主義のゆくえ」(大月書店平成8年刊行)も同様です。

私は四十年ぐらい前、山口正之教授の一連の著作を一生懸命読みました。

山口正之教授はこの本で、1921年3月にソヴェト経済が極度の荒廃状態にあり、全体として19世紀後半の帝政ロシアの水準にまで後退していたと記しています(同書p188)。

ソ連共産党による上記のようなロシア革命宣伝を信じている左翼人士は今でも多いのです。

ボリシェヴィキによる穀物徴発と赤色テロル

近年のロシア革命研究では、ソ連共産党の宣伝は否定されています。

例えば、梶川伸一教授(金沢大)によるメリグリーノフ著「ソヴェト=ロシアにおける赤色テロル(1918~23)」(社会評論社刊行、平成22年)の解説をあげておきましょう。

ロシア革命後にボリシェヴィキにより行われた過酷な穀物徴発に反抗する農民や兵士の反乱が各地で起きています。

1921年3月(大正十年三月)のクロンシュタットの水兵反乱はよく知られています。

梶川伸一教授によれば穀物徴収は赤色テロルともいえる手法で行われました。

ボリシェヴィキにノルマとして課された穀物を出さない農民は富農と規定され、銃殺される場合もありました。

1920年8月下旬に発生したタムボフ県のアントーノフ蜂起は、ソヴェト=ロシア最大の農民蜂起でした。

その弾圧には赤色テロルが用いられました。1921年のソヴェト=ロシア全体が深刻な飢饉におおわれました。

近年のロシア革命研究を私なりに読みますと、レーニンによる社会主義の道とは、地主と貴族、富農の追放、処刑と飢饉による社会崩壊の道だったとしか言いようがありません。

社会崩壊については、長谷川穀「ロシア革命下 ペトログラードの市民生活」(中公新書平成元年刊行)が詳しい。

小泉信三教授は新経済政策の頃の大飢饉を指摘していたー不破哲三さんが内緒にしたい史実

ロシア革命後の大混乱と飢饉は、近年になってわかったことではありません。

小泉信三教授は上記論考で、1921年の大飢饉について餓死者の数は300~700万とも言われていると記しています。

飢えた親が幼児を生きながらヴォルガの河水に投ずるなどの地獄の光景を現出したことは、当時幾多の目撃者によって報告されたそうです。

察するに、新経済政策の時期に欧米の新聞が報道していたのでしょう。ロシア革命後の飢饉については、日本でも多少報道されていました。

小泉信三教授はどこかでこの報道に接していたのでしょう。

今の日本共産党には、レーニンがソ連を主導した時代に大飢饉があったという認識はありません。

日本共産党はスターリン以降、ソ連が変質したという史観を宣伝しています。

ソ連や中国、北朝鮮などの現実を把握するためには、公式報道、公式文献だけでは大きな限界があります。

レーニンの論考もよく読めば、凄まじい弾圧が行われたであろうことは察しがつくのですが。

共産主義者は歴史を隠蔽します。レーニンとボリシェヴィキによる、過酷な農民弾圧の史実を、不破哲三さんは何としても隠蔽したいのでしょうね。



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